最終話
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電子の雨が降り注いだ日から一年。
この世界は大きく変化した。
世界を満たしていたマナは姿を消し、魔法という当たり前の力は消え、代わりに電子が満ちている。
──魔法の消失は、希望と絶望の両方だった。
魔術で家事をこなし、治療を行い、作物を育てていた人々は、
突然“素手のみで生きる暮らし”を突きつけられた。
崩落した街、夜の暗闇、沈黙した魔道具、流れない水路。
世界中で、人々は川に列をつくり、水を汲んだ。
森で狩りをし、物々交換で日々をやり過ごした。
不便な生活を嘆く者も多かったが、魔法による圧倒的な力の差が無くなり、一個人の支配力が消えた平和な世界を喜ぶ者も少なからず居た。
混乱が続くかと思われたが、かつて恐怖の象徴として名を馳せた魔王城から始まり、世界に広がった噂が人々に希望を与えた。
──新たなエネルギーによる革命。
ライオネッタやステラの案により、かつて電次郎が召喚していた家電の数々が魔王城に集められ、研究開発が進められた。
家電を呼び出す力は失ったが、電力を放出する能力が残っていた電次郎は、家電を動かし、その仕組みを皆と共有した。
電子レンジ、炊飯器、掃除機。
ドローン、照明器具、扇風機。
加湿器、ポータブルバッテリー、電動工具……。
既に存在している完成品を分解しさえすれば、技術は手に入る。
ライオネットは狂気に近い集中力で回路を解析し、ステラは半月で半導体の原材を作り、魔王軍の技術班が金属加工と量産の基盤を整えた。
魔王城は、いつしか“世界初の電気研究都市”と呼ばれるようになった。
そこで、水力、風力、火力の発電機が次々に生み出された。
「これさえ作れりゃ、どこでも電化製品を動かせるだろ?」
電次郎が最初に提案したのは、驚くほど地味な装置だった。
――小型の手回し式発電機。
しかし、それこそが電化文明の心臓だった。
電子レンジがあっても、
作り方がわかっても、
電気がなければ何もできない。
ミカが笑って言った。
「おぬしの世界でも、最初はここから始まったのじゃろう?」
「まぁ、そうだな。火があれば飯が食えるのと一緒だ」
魔法がなくなり、ミカは初めて世界を歩けるようになった。
彼女はその自由を、迷うことなく電次郎の隣で使った。
二人は呼び寄せた学園の教師たち、
優秀な生徒たち、魔王軍の技術者たちと共に、
一から部品を作り、線を引き、回し、燃やし、調整し続けた。
半年も経つ頃には、
城下町に初めての“安定した明かり”が灯った。
人々は泣いて喜んだ。
明かりは夜を追い払い、
不安を遠ざけ、
未来を照らした。
電次郎はその未来を世界に届けるためにミカと共に旅に出る。
「電のじよ……うぬは何故わしを選んだ?」
ミカは照れくさそうに言った。
「絶対に世界を見せてやるって約束だったろ? それに、この発電機をほかの街や村に届けるついでだ」
電次郎は、真っ直ぐな眼でそう返した。
「しかし、ぬしにはもう心に決めた者が……」
「ん? ああ、ルクスか? ルクスは次の次だな、ミカちゃんとの旅が終わったらクレアだろ、それからシービー、あと姫様も行きたいって言ってたな。王様が許すかわからんけどな」
電次郎は指折り数えて、楽しそうに笑った。
「電のじ……それを無自覚でやっておるなら、あとで修羅場となろうぞ」
ミカは、冷ややかな視線を送ったが電次郎に届かなかった。
「……いや、そういうおぬしだからこそか……」
「ん? なんか言ったか?」
「いいや、先を急ごう。世界がぬしの力を待っておる」
「そんな大袈裟な」
そして、電気は魔王城から各国へと広がり、
世界は再び、“光のある文明”を取り戻していった。
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「おじちゃん……これ壊れちゃったみたいなんだ」
「お、どれどれ見せてみな」
「電子レンジだな、おじちゃんの得意分野だ。ここをちょちょっとな」
──バチンッ!!
しまった、余裕ぶっこいたら壮大に感電した。
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「……じろう……さん。……電次郎さん……」
誰か俺の名前を呼んでいる? ミカちゃんじゃない、ルクスでもシービーでも……なんだか遠い昔に聞いたような、懐かしい声……。
目を開くと、見覚えのある天井が目に入る。
「……」
「良かった。目を覚ましましたね」
声の主は、元居た世界の花屋の姉ちゃんだった。
「ここは?」
「あなたの家じゃないですか、大丈夫ですか? 転んで頭でも打つけました?」
「え……いや、そんなはずは……」
見回すと、確かに俺の家だ。現実世界の……。
俺はここで、この姉ちゃんの電子レンジを修理中に感電して……それで、異世界に……。
──夢? あれは全部、夢だったってのか?
「チャイムを鳴らしても反応が無いから、心配になって裏口から入ったんです」
裏口って……そういや、ばあちゃんの生け花の手入れに、よく入って来てたっけ。
日の光が、窓から差し込んでいる。
一晩中気絶していただけってこと?
「大丈夫そうで良かったです。それじゃあ私、もう帰りますね。あっ、渡した電子レンジの修理は終わっていますか? どこにあります?」
「ああ、そこに……」
感電したはずの壊れた電子レンジがどこにも見当たらない。
「もう、早めにお願いしますね。あれがないと不便なので。独り身の私の必需品なんですから……ほんと、はやく誰か、わたしを……」
花屋の姉ちゃんが、なにか言いたげに俺をチラチラと見てくる。
「悪い、直したらすぐに持って行くから。待っててくれ」
「……待ってますよ、いつまでも」
姉ちゃんが帰ってからも、しばらく動けなかった。
テレビを付けて、日付を確認すると一日しか経っていなかった。
異世界転生は、やっぱり夢だったのか……。
「家電で異世界を救うって……ガキみてぇな夢見やがって……しょうがねぇおっさんだぜ俺ぁ」
「ここで臨時ニュースです。家電量販店や物流センターから大量の電化製品が消えたとの被害届けが出されており。警視庁は大規模な犯罪グループによる盗難とみて捜査を始めたとのこと……しかし、過去例を見ない数の家電が一晩にして忽然と姿を消した事件は、多方面で様々な議論が上がっており、現場は混乱しています」
ニュースキャスターが、首を傾げながら淡々と言った。
……大量の家電が、一晩で消えた……。
「ここで続報です。消えた家電が壊れた状態で戻っている現場もあるとのこと……一体何が起こっているのでしょうか」
……これって、まさか。
俺は、何もない空間に手を伸ばした。
END
♦-/-/-//-/-あとがき/--/-/-/--/♦
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
流行の【おっさん】系の物語を考案中。
“昔ながらの電気屋のおっさんが転生して、家電で異世界を救う”
というバカみたいな発想が浮かんでしまい、
勢いのままプロットも作らずに書き始めました。
設定も世界観も無視して、
とにかく色々な家電を出して頑張る──
そんなコンセプトで始めたのですが、案の定途中で無理が出てきました。
それでも、電子という粒子の設定は書いていて自分でも勉強になりましたし、
何より面白かったです。
「電気を題材にした異世界ファンタジー」をここまで真剣に扱うとは、
書き始めたときの自分も想像していなかったと思います。
そしてシービー。
彼女は、魔王編に入ってから思いついたキャラなのですが、
一番好きなキャラになりました。
名前の由来は C.B──サーキットブレーカー。
“異常な電流を自動で切る安全装置”から取っていて、電次郎の安全装置的な役割になればと思い書きました。
こういったキャラを、もっと早く出しておけば良かったと反省しきりです。
他のキャラの掘り下げも不十分だったり、構成に粗があったり、
振り返れば「ああすればよかった、こうすればよかった」が山のようにあります。
でも、その全部が次に活かせると思っています。
実は、もうひとつ別の作品を“公募用”に書き始めてしまって、
そっちが楽しすぎて予定より完結が遅くなってしまいました。
これも反省しきりです。
公募作についてはWEBには上げませんが、
もし落選してしまったら、向き合い直してから投稿するつもりです。
そのときは、また読んでいただけると嬉しいです。
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら、電気屋のおっさんも本望です。




