厄災編⑮
夜が明けるまで、俺たちは実験を繰り返した。
プラズマは何度も発生したが、散布しても反応はない。
石化した人々は微動だにせず、風のように冷たい沈黙の中で立ち尽くしていた。
ブラウン管、電子レンジ、掃除機、蛍光灯。
出しては壊し、出しては燃やし、焦げた金属の山ができた。
俺はその山の中に座り込み、指先を黒く汚しながら呟く。
「……何も動かねぇ。どうして上手くいかないんだ」
「世界のマナが消滅したせいかもしれないわね」ライオネットの声が低く響く。
「この星そのものがステラの言う“絶縁体”になっているのかも……エネルギーが循環していない」
その言葉に、俺の中で何かが折れた。
いくら電圧を上げても、何も変わらない。
どんな家電を出しても、光は一瞬で消える。
「俺の世界なら、電気はどこにでもあった。でも、ここじゃ違う……」
吐き捨てるように言うと、沈黙が落ちた。
冷たい夜風が、壊れたトースターの隙間を鳴らす。
その時、シービーが小さくつぶやいた。
「なぁ、おっさんの“家電召喚”って、どうやってるんだ?」
俺は顔を上げた。
「どうって……普通に、出してるだけだろ」
「でも、マナが消えたのに、なんで出せるの? 魔法みたいだけど、マナは使ってないよな?」
ライオネットも視線を上げ、家電の山を見渡す。
「……確かに。これだけの質量を“無”から生み出すのは、物理的に不可能だわ。あなたの力は、“生み出す”のではなく、“引き寄せている”のではないかしら」
「引き寄せる……?」
彼女は地面に指で図を描く。二つの円。
一つはこの“マナのない世界”。もう一つは、俺がいた“電子の世界”。
「あなたの召喚は、量子的な“穴”を開けているのかもしれない。二つの世界を一瞬だけ繋ぐトンネル。その中を、電子の揺らぎが行き来しているのよ」
俺は息を呑んだ。
「つまり、俺が家電を出すたびに……元の世界と、この世界が繋がってるってことか?」
「理論上は、そうなるわ」
ライオネットの瞳が微かに震える。
「もし、あなたの世界に“電子”という粒子が無尽蔵に漂っているのなら……それをこちら側に“呼び寄せる”ことができれば、石化した人々を蘇らせられるかもしれない」
「……電子を、呼び寄せる?」
俺は焦げたブラウン管を見つめた。
そこに、親父の背中が重なる気がした。
「流れを守れ。止まったら死ぬんだ」──あの声が蘇る。
「家電を召喚するみたいに、“電子だけ”を呼び寄せるの。あなたの世界にある電子を、こちらに直接流し込む。その流動性を利用して、プラズマに“加速”を与えるのよ」
「加速……?」
「そう。粒子が自由に動くほど、束縛を失って広がる。もし電子の流れが空間全体に拡散したら……プラズマを超える“何か”になるかもしれない」
その言葉に、俺の心臓が鳴った。
──プラズマ以上の状態。
電子が自由になり、世界を満たす。
それはつまり、マナのないこの世界に、
新しい“流れ”を生み出すということだ。
「……電子の流れが、世界を覆う……」
ライオネットの目が光を帯びた。
「もし成功すれば、電子がこの星の空気と混ざって、“新しい命の素”になるかもしれない」
シービーが不安げに眉を寄せる。
「でも、もし失敗したら?」
「最悪、家電召喚の仕組みが壊れる。異世界との繋がりそのものを消費することになるわ」
家電を失う。
この世界での俺の全てを失うことになる。
それでも──
「やるしかねぇだろ」
俺は立ち上がり、焦げついた金属の匂いの中で息を吸った。
「俺の世界の電子が、まだ流れてるなら……それをここに呼ぶ。それでみんなが助かるなら、迷う理由なんてねぇ」
ライオネットが微笑んだ。
「無茶を言う人ね」
「電気屋はいつだって無茶をしてきた。止まった流れを、もう一度繋ぐ。それが俺の仕事だ」
夜が明けはじめた。
空が白み、冷えた空気が三人の頬を刺す。
石化した街の中で、ひとつだけ、壊れかけたブラウン管が光を放った。
「行くぞ」
──電子を呼び寄せろ。
──俺が世界を、繋ぐ!




