厄災編⑧
ジェダとサンダルが帰って来たのは翌日の事だった。
「……戻ったか」
王様の低い声に、サンダルは膝を折り報告を始める。
「ドラゴンの里と魔王領の中間地点。蠢く巨大な闇の物体を確認しました。あれが“厄災の獣”で間違いないでしょう」
サンダルは城の外に居る異形が、この城よりも大きくなった存在だと付け加えた。
……そんなバケモン、どうやって止めるんだよ。
俺の心配は、ジェダくんの言葉で露になった。
「俺の仲間にも会いました。みんなで応戦したけど、どんな魔法も刃も通じなかった。竜の炎ですら、奴の皮膚を揺らしもしなかった」
広間に息を呑む音が響く。
俺は背筋が冷えるのを感じた。魔法が効かない相手。あれだけ誇り高いサンダルが声を震わせるほどの存在……。
「それだけではない……」
サンダルが続けた。
「ここだけじゃなかった。学園都市エルグラッドでも結界が縮み始めている。西の同盟国も同じだ。恐らく世界中で……同じ現象が起きている」
その言葉で、王の顔から血の気が引いた。
姫様は思わず口元を押さえ、ミカは眉を寄せて黙り込んだ。
学園が……ライミ、スイラン、トレス……他のクラスメイトや先生たちは大丈夫だろうか……それに他の国でも、って……。
俺は拳を握った。だが頭の中は真っ白だった。
どうやって立ち向かえっていうんだ。
魔法が効かない? ドラゴン族すら通じない? 人間に何ができる……?
「魔王様のもとへ戻らなきゃ……」
低く、震えるシービー声が響いた。
小さな身体を精一杯に伸ばし、潤んだ瞳で王を見据えている。
「無謀だ。魔王城に辿り着く前に死ぬぞ」
サンダルの声は、立ち上がり苛立っている様に見える。
「で、でも……魔王様は、あたいの……無謀でも、一人でも帰るからな」
シービーは瞳を潤ませて強がった。
俺は、震えるシービーの肩に手を乗せて「待ってろ、俺も行く」と呟いた。
サンダルや、ドラゴン族でも止められないバケモノ……俺が行ってどうこうできる問題じゃないのは分かっているが、それでもここで立ち止まっているよりはマシだ。
「すまないジェダくん、俺とシービーを……」
そう言いかけた時だった。
「魔法が効かないのなら……」
エネッタの声だった。
何かに気付いたような、そんな明るい声色でジェダくんを見た。
「そうか、アレなら」
ジェダくんも同じ考えを思いついたのだろうか?
「おじさま、学園での戦い、覚えておられますか?」
「学園での……?」
「魔力を吸収するゴーレムに、電次郎さんが放った攻撃です。ほとんど魔力を込めずに撃ちましたよね」
ゴーレム? あの時の感覚が蘇る。
スタンガンを使った攻撃……そういえば、ほとんど魔力を込めずに放った攻撃だったな、確かにゴーレムは“超電磁砲”で沈んだ。
「魔法ではなく……電力で攻撃したというのか?」
隣でミカちゃんが小さく呟いた。驚きと戸惑いが混じる声だった。
「なるほど、エネルギーだと考えれば、攻撃への転用も可能か……」
ミカちゃんは怪訝な顔をした。
俺も電化製品を攻撃手段にはしたくなかった。
けど、誰かを守る為には必要なんだ。
「……試す価値はありそうじゃな」
王様が俺の肩に手を乗せ、城の外で蠢く異形に視線をやった。
俺は深呼吸し、空間からスタンガンやバッテリーパックを取り出した。学園でゴーレムを撃ち抜いた“あの方法”を再現する。
だが一人の力じゃ足りない。あのときも仲間が魔力を通して助けてくれた。
「ミカちゃん、サンダル、クレア、ジェダ、エネッタ……そして王様。少しだけでいい、力を貸してほしい」
皆が頷いた。迷いはなかった。
俺はスタンガンを複数並べて配線を繋ぎ、バッテリーに接続する。銃身代わりの金属筒を中央に据え、放電を一点に集中させる仕組みだ。
「この中に、手を重ねてください」
俺が指示すると、ミカが最初に手を置き、続けてサンダル、クレア、ジェダ、エネッタ、そして王様も静かに掌を重ねた。
「ほんの少しでいい。力を絞り取るつもりはない。ただ、電気と繋げる“導線”になってくれ」
俺の言葉に皆が頷いた。緊張が空気を張りつめる。
スイッチを入れると、唸るような音が響いた。スタンガンが青白く火花を散らし、魔力が脈動のように伝わってきた。
……重くはない。むしろ驚くほど滑らかだ。
「奴等を活性化させぬよう、魔力は少量でじゃぞ……」ミカが息を呑む。
俺も頷いた。この方法は、ほんの僅かな魔力が加わるだけで、電力が何倍にも増幅されることが分かっている。
「行くぞッ!」
俺は銃身を異形の群れに向け、引き金代わりのスイッチを押し込んだ。
轟音。
白熱の光条が一直線に走り、夜明け前の闇を切り裂いた。
群れの中央にいた異形が、悲鳴を上げる間もなく消し飛ぶ。残滓は煙にさえならず、影ごと焼き払われた。
地面が震え、風が巻き起こる。皆が目を見開いた。
「効いた……!」クレアが叫ぶ。
「確かに通じる、すげぇぞ」サンダルが驚き俺の背中を叩いた。
王様も静かに頷いた。
だが、安堵は束の間だった。消えた影の背後から、新たな異形が這い出してくる。穴を埋めるように、次から次へと。
「くっ、きりがねぇ……!」俺は奥歯を噛み締めた。
「けれど……」ミカちゃんが息を整え、群れを見据える。
「本体を絶てば、これらも消える可能性はある……」
ジェダが低く唸る。
「つまり、奴の巣に切り込むしかない」
俺は超電磁砲の銃身を見下ろした。
仲間と繋がり、少量の魔力を借りるだけで、ここまでの威力を引き出せる。──この力なら、獣の本体に届くかもしれない。
「なら決まりだ」俺は息を吐き、皆を振り返った。
「城の外で群れと遊んでる暇はねぇ。本体をぶっ倒しに行く。……魔王城まで」
皆の瞳に決意が宿る。恐怖は消えない。けど、前に進むしかない。
異形がまた群れを成し、結界を蝕む音が遠くで響く。
その中心で蠢く“厄災の獣”。
そこに全てをぶつけるため、俺たちは再び立ち上がった。
 




