王国編⑤
「おめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ……ただのおっさんがよぉ」
サンダルフォンって奴が顔を近づけて俺を睨んだ。
その言葉に、クレアは驚いて間に割って入る。
「まてまてサンダルフォン、電次郎と知り合いか?」
知らない人です。
「こいつはなぁ、最低な野郎なんだよ」
「いや、待て。初対面でそんな言い方はないだろ。自分で言うのもアレだが、最高ではないにしても、最低ではないぞ俺は」
「いいや、最低の誑し込み野郎だ」
「誑し込みってなんだよ、俺が誰を何時たらしこんだ? 表でろぉい」
どんなに屈強な相手だろうと、言い掛かりは許さんぞ。
「いい度胸だ。今、ここで、引導を渡してやる」
サンダルフォンは背中のバスターソードに手を掛けた。
……それの相手は、ちょっと……無理かな……一回謝るか。
いや、俺は間違っちゃいねぇ、やってやる。
そっちがバスターソードなら、こっちはスタンガンだ。最大出力でお見舞いしてやる……あの鋼の肉体に効くかは分からんが、特訓の成果を見せる時だ。
「やめろ二人とも、ここは神聖な騎士団訓練場だぞ。私怨で剣を交える場所ではない」
クレアの言う通りだ。ここではみんな一生懸命に自分を磨いている。
だけど、言い掛かりをつけてきたのはソイツだ。人を誑し込み野郎などと……たらしこみ? こいつまさか……俺とクレアが仲良くしてるのを見て、嫉妬してる? いや、そんなわけ──いやでも、あの目……まさか、本当に?
焦り始めたその時だった。
「うおーい、電のじぃ。朗報じゃ朗報じゃ」
軽やかな足音と共にミカが戻ってきた。
その瞬間──
「……!」
サンダルフォンの顔が真っ赤に染まり、咄嗟にクレアの後ろに隠れた。
なんだか、さっきまでの威勢も、怖いくらいの威圧感もない。どうしたんだコイツ。
ミカ様は小さな手を腰に当て、堂々と胸を張って言い放った。
「王より正式な許可が下りた。審議会を開く手はずが整ったぞ」
「ま、まじか!? やったぁぁああ!」
俺は反射的にミカ様を高々と抱き上げて、くるくると一回転──
「ぬ、ぬぬぬ……や、やめい! わしはそんな軽々しく──あっ、腰が……」
すぐさま地面に下ろすと、ミカ様は照れくさそうに咳払いをした。
その様子を見ていたサンダルフォンが、鬼の形相で俺を睨んでいる。
え? あ、こっち? まさかぁ。
俺は、ミカの頭をポンポンした。
「きえぇぇぇぇ」
クレアの後ろから、小さな奇声が聞こえてくる。
「なんじゃ、サンダル。帰ってきておったか、元気じゃったか?」
サンダルフォンを見つけたミカ様が声を掛けた。ってかサンダルって呼ばれてんのか。縮こまってるし、なんだか可愛く見えてきたぞ。
「ご、ご機嫌うるわしゅうございます。ミ、ミカ様……」
サンダルは、天を仰ぎながら応えた。
目も見れないってか?
「そいでじゃ電のじ。早速じゃが明日から審議会を開いてくれるそうじゃ」
「明日? 準備もなんもしてないけど……審議会ってどんなことやるんだ?」
「実技、面談、戦闘技能の三項目じゃ」
最初の二つはなんとなく分かるけど……。
「最後の戦闘技能って、いる?」
「なにをいうておる。ぬしの居た魔物もおらぬ平和な世界と一緒にするでない」
魔物はいなかったけど、平和かといわれると。
「自分の身も守れぬ奴に、国務は勤まらん。まぁといっても簡単な戦闘訓練じゃ、今のおぬしなら余裕じゃろ」
「そ、そうなの?」
なんか、そう言われると悪い気はしないな。結構頑張ったからな。
「まぁ悪いようにはせんよ。この大魔導士様が味方じゃからの。大船に乗ったつもりでおれ」
そう言ってミカ様は、クレアに目配せした気がした。
まぁ良くわからんが、チャレンジし甲斐はありそうだ。
明日に備えて、今日は早く寝るか。
「ありがとなミカ様。やらせてくれるからには、頑張るよ」
「おお、応援しておるぞ」
「電さんなら、大丈夫だ。わたしも応援してる」
クレアも親指を立てて背中を押してくれた。
なんだか照れるな……後ろで、ものすっごい形相の人居るけど……。
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ミカもその場を去り、サンダルフォンとクレアが残った。
電次郎の背中を睨みつけながらサンダルフォンが、クレアに呟いた。
「戦闘技能の相手は騎士団が選ぶんだよな」
「ああ、わたしがやろうと思う」
クレアはミカとの目論見を実行するため、手はずを整えていた。
「それじゃあ、不公平だろ」
「いや、別になにかを企んでいるわけじゃないからな」
クレアは目を泳がせる。
「ちょっくら団長に頼み込んでくる」
「え、あっ、ちょっと待ってくれ」
サンダルフォンは、呼び止めるクレアを気にも留めずに立ち去った。
「ミカちゃん……どうしよう……」
クレアは、思い立ち、ミカの後を追った。
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そして、審議会当日。
王都の中央庭園に設けられた仮設試験会場には、すでに多くの審査官たちが揃っていた。
魔導士、技術官僚、貴族、兵站担当。
玉座には王の姿。
そして、その傍らに佇むひと際豪勢なドレスを身に纏う姫の姿もあった。




