魔王編㊳
幹部たちの反乱は、とりあえずは収まった。
ああいった“力”が全てだと思っている魔物達を、上手く統率しているから、やっぱりルクスはスゲーやつなんだな……というか、俺がルクスと結婚したら、今度は俺がその役目を担わなきゃなんないのか……お断りもアリだな。
って、急に不安が押し寄せ、視線を泳がせると、クレア達が目に入った。
「そ、そういえばさ……」
俺はおずおずと口を開いた。
「クレアにサンダル、それにジェダまで……わざわざ魔王城なんかに来て、いったい何の用だったんだ?」
すっとぼけた調子で言ったつもりだが、内心は気が気じゃない。
みんな俺のことが心配で来てくれたんだと思うが……。
サンダルが苦笑混じりに鼻を鳴らした。
「なんの用だ、だと? こっちはお前を助けに来てやったんだぜ。命がけでな」
そして肩をすくめ、ため息をつく。
「けどよ……実際に来てみりゃ、お前、なんだか割と歓迎されてるように見えるんだが」
図星だ。
俺はルクスに庇われ、シービーや魔王の部下たちからもそれなりに扱われ……囚われの身というより、妙に客人扱いを受けている。
「そ、それは……まぁ、いろいろあってな」
と、ごまかそうとした瞬間、鋭い声が飛んできた。
「電次郎殿!」
クレアだった。顔を真っ赤にして、俺に詰め寄る。
「大丈夫か!? 拷問など受けていないか!? ご飯はちゃんと食べられているか!? ……いや、それは後回しだ!」
矢継ぎ早に質問してきた後、彼女はぐっと顔を寄せてきた。
「結婚とはどういうことだ!? 私がいるのに、どういうことだ!?」
「け、けっこん……!? いや、それはだな……というか、“私がいるのに”ってどういうことか、俺の方が聞きたいんだが?」
思わず声が裏返った。
「なんだ? お前らそんな関係だったのか?」とサンダルが軽蔑の眼差しを向ける。
「おい、おっさん、どういうことだよソレ。このねーちゃんと良い仲なのか?」
シービーも話に割り込んできた。
「ちょ、ちょっと待て、話が分からん。クレアは恩人だけど、そんな仲じゃ……」
「そんな……私はお前の家電を……いや、お前を主夫に……いや、とにかく、他の誰かと結婚されると困るんだが?」
泣きそうなクレア。
この人、こんなキャラだったっけ?
訳の分からない話しだけど、クレアの涙で、他の皆の俺を見る目が軽蔑の眼差しへと変わっていくのが分かった。
「魔王様って婚約者が居るのに、他の女にも手を出してたのかよ。おっさんサイテーだな」
シービーが揶揄う様に言った。こういうときのコイツはたちが悪い。
「はぁ? 魔王が婚約者? とんだ玉の輿じゃねぇーか、やりやがったなこのオヤジ」
サンダルが大声で笑いながら俺の肩を叩いた。
「いや、まぁ……」
色々問題はあるけど、男に二言はねぇ。
俺はルクスと魔王領を復興させてやるんだ。
「魔王と結婚っ?」
クレアが今までにないくらいの裏返った声で詰め寄ってきた。
「魔王ってあれか?」
クレアはルクスを指差して続けた
「あの胸か? 大きいのがいいのか? 私だって負けてないぞ」
「バカ言うなよ、そんなんじゃねぇ」
否定はしたが、ルクスのスタイルは正直言って最高だ……って、思っている場合じゃない。
「じゃあ、なんだ? 資産か? 地位か? 名誉か? そんな物、お前には似合わない。そうだろ?」
「そ、そうだけどよ。いや、そうじゃないって。話をややこしくしないでくれ」
「じゃあ、電次郎さん。早くここから出ましょう」
しびれを切らしたようにジェダくんが言った。
「ジェダくんっ、こんな所に学生が来ちゃダメだろ。優しい魔物も多いけど、危険だ」
「危険は承知です。でも、電次郎さんの力を貸して欲しいんです」
ジェダくんは、そう言うと何か聞いたことのない呪文を唱えた。
すると、一瞬のうちにジェダくんの体が2メートルくらいのドラゴンに変わった。
「は? えっ? ジェダくん?」
「ドラゴン族だとよ、大きさも自由自在だ。もっとデカくなれるぜコイツ。一度手合わせ願いてぇもんだ」
サンダルがバスターソードを握り、不敵に笑った。
「ど、ドラゴン族? ジェダくんが? って、あれ、このドラゴンってどこかで見たことあると思ったら。こっちに来るときとか、ドローンに映ってたドラゴンじゃ」
「ええ、ずっと見てましたよ。電次郎さんのこと」
ジェダくんだったドラゴンから、ジェダくんの声が聞こえてきた。
まったくもって意味が分からん。
けど、なんだか、めちゃくちゃワクワクする。
「ええい、みんな私の大事な話に割り込んでくるな」
クレアが顔を真っ赤にして、俺の腕を掴む。
俺は深くため息をついた。
「はぁ……お前ら、ほんとに俺を助けに来たのか? なんか、漫才しに来たみたいに見えるぞ」
俺がそう言い終えると。
──バンッ!
と、重い扉が勢いよく開かれた。
ルクスの部下らしき魔物が、血相を変えて駆け込んでくる。
「ま、魔王様っ、ご報告があります」
その異様な様子に、場の空気が一変した。
ルクスが目を細め、低い声で問う。
「……何があった」
部下は肩で息をしながら、必死に言葉を絞り出す。
「ボルトリア国……壊滅、との報せが!」
再会の喜びと、くだらない話で盛り上がっていたその場の空気が一変した。




