魔王編㉟
♦-/-/-//-/-魔王城/--/-/-/--/♦
ゴウゴウと唸る工場扇が、反乱軍の魔物たちを押しとどめていた。
強風に、巨体のオーガすら膝を折る。
放たれる魔法も風に押し流されるように消えていく。
「いけるぞコレ、完全に相手の動きを封じ込めている」
「けどよ、おっさん。この後どうすんだ?」
ルクスの傍でシービーが冷静に呟いた。
この後……。確かに、今は工場扇のおかげで相手は身動き取れないが、決定打にはなっていない。
すぐさま次の打開策を講じて来るかもしれないし、想定外の出力で動いている工場扇が熱で壊れてしまうかも……いや、壊れたら、また新しい物を取り出せばいいんだけど。
そのとき、冷たい声が割り込んだ。
「これ以上、魔物同士で争うのは無意味だ」
振り返ると、インスーラが片腕を上げて立っていた。
眼鏡の奥の瞳は氷のように澄んでいて、風に乱れる黒髪も意に介さない。
「我らは血の気の多い魔物、衝突は避けがたい……だが、だからこそここで収めねばならん。命を賭すに値する戦いは、別にあるはずだ」
インスーラは、真っ直ぐに相手方を見据えて、声を荒げてそう言った。
まさかこいつが、この場を収める立場を取るなんて……でも、部外者の言葉よりも聞いてくれるかもしれない……なんだか良いところを持っていかれたような気もするけど、ここは見守るのもありか。
ルクスに視線を移すと、彼女もまた小さく頷いた。
俺は、ゆっくりと工場扇への電力供給を弱めた。
でも、気を抜くのは危険だ。そよ風のままにていつでも最大出力を出せるようにスタンバっておこう。
「あん? なんだよ、もう終わりか?」
サンダルが不満そうに呟いた。
「お前もだいぶ疲労がきているだろう? ここは当事者同士に任せてみよう」
クレアが額の汗拭って、サンダルの肩に手を添えた。
「俺様は、まだやれるっての……」
そうは言ったが、サンダルはバスターブレードを地面に突き立て、小さく体を預けた。
ステラもジェダくんも、大きく息を吐いた。
──そのときだった。
「……資料だけでは足りない」
乾いた女の声が背筋を走らせた。
柱の陰から現れたのは、ライオネットだった。
長いパーマがそよ風に踊り、紅い唇が不敵に歪む。
「研究の最後のピースには、その魔道具が必要だ」
視線の先には、ドルガスが居た。
ライオネットはフラフラとおぼつかない足で、ドルガスに掴みかかった。
その顔は狂気に満ちていて、とても正気には見えない。
「なんじゃ! お主、また行方を眩ませたと思っておったが……」
ドルガスの顔が一気に引き攣る。
あんな顔で迫られたら、流石のやつでもビビるか。
「それを渡せば、この場から消えてやるっ」
ライオネットは、ドルガスの持つ改造電子レンジに手を掛けた。
「なっ、これは唯一の成功機じゃ、まだ渡せん」
電子レンジを必死に抱え込むドルガス──改造に成功したのは、持っているやつだけか……あんな殺人兵器を量産されたら、大変なことになるぞ。
「私が……私ならばソレをさらに素晴らしい兵器に変えてあげられる。黙って渡せ」
ライオネットの声は、冷酷でありながらどこか陶酔めいていた。
「ふざけるなっ、これはワシのじゃ、お前になど扱えぬわ」
ドルガスは必死にライオネットを振り払おうともがく。
周囲も息を呑み、見守るしかない。
インスーラですら、眉をひそめて一歩退いた。
「渡せぇぇぇぇ」
「来るなぁぁぁっ!」
ドルガスが絶叫し、電子レンジを振り回した。
次の瞬間、レンジが起動したのか、眩い光が放たれて、思わず目が眩む。
「先生っ!!」
悲鳴が聞こえた。
ステラだ。彼女がライオネットに駆け寄っている。
まさか、レンジの光線がライオネットに当たってしまったのか?
ライオネットは膝を折り、その場で崩れ落ちてしまった。
「……なんだい、こんな所まで来て……」
ステラの姿を確認したライオネットが掠れた声で喋っているが、よく聞こえない。
「もうお前に教えることはなにもないよ……どことなりへと行きな……」
「先生……私は、知っています。先生が電力を使ってしたいこと……それに、私はただ……先生と一緒に居たいだけ……」
ステラが叫び、涙を流し、必死にライオネットの体を支えようとする。
「……嫌いだよ、勘のいい子はね……」




