魔王編㉝
「ぐっ……!」
クレアの苦悶の声が耳に届いた。彼女の剣先は鈍り、額には汗が滲んでいる。
サンダルも息を荒げ、振るう大剣が重たそうだ。あの馬鹿力でさえも、幹部どもの無尽蔵な魔法攻撃を受けきれなくなってきている。
「くそ……これじゃ埒があかねぇ」
俺は歯を食いしばりながら、電子レンジの扉を盾に魔弾を防いだ。だが、衝撃が腕を通じて痺れる。扉が割れたら、それで終わりだ。
横目で見ると、ステラの結界はすでにヒビだらけだった。
「はぁっ……くっ……!」
小柄な体で必死に耐えてるが、声が震えてる。あと数発持ちこたえられるかどうかも怪しい。
ジェダもオークの姿を保ったまま、息を荒げて前に立ち続けている。肩で呼吸しながら魔弾を叩き落としていたが、その動きは目に見えて鈍っていた。
「電次郎さん……長くは……!」
ステラの声はか細い。俺の胸がぎゅっと締めつけられる。
……これじゃあ駄目だ。
ただ守ってるだけじゃ、誰かが倒れる。犠牲になる魔物がどんどん増えてる。床にはすでに、魔王を庇って力尽きた連中が何体も転がっている。
「どうすりゃいい……!」
俺は頭を抱えたくなる。だがそんな暇すらない。次の光線が飛んでくる、扉で受け止める、痺れる、倒れそうになる。繰り返しだ。
この乱戦を終わらせるには……
その瞬間、ふと昔のことを思い出した。
近所の工場に修理に呼ばれた、あのバカでかい機械……。
人間よりもでけぇ羽根が唸りをあげて、作業場の埃を全部吹き飛ばす。あの轟音、暴風……。
──そうだ、アレなら!
取り出せるか?
いや……
「……やるしかねぇ」
俺は息を吸い込み、震える手を宙に伸ばした。
「来いっ!」
空間から現れたのは、鈍色の巨体だった。
ゴウン、と玉座の間の床が震える。幅二メートルはあろうかという鉄製の筐体に、ぐるぐる回転する巨大なファン。産業用送風機──熱気むんむんの工場に風を送り込む怪物だ。
「な、なんだ……?」
幹部どもの顔が一斉にこちらを向いた。
バンボルトが鼻で笑う。
「はっ、なんだよそれは。ぶかっこうな鉄の塊じゃないか」
「……笑っていられるのも今の内だぜ」
俺は低く吐き捨てる。
「出力によっては、人気をも吹き飛ばす代物だ……それに俺の力が加われば!」
俺は全身の力を込めて、電力を流し込んだ。
次の瞬間──
ゴォォォォォォッ‼
鼓膜を破るような轟音が玉座の間に響き渡る。
暴風が一気に広がり、幹部たちのローブをはためかせ、床の瓦礫や血の匂いまで吹き飛ばした。
「ぐぉっ!?」
「馬鹿な、立っていられん……!」
幹部どもが次々と膝をつき、足を踏ん張るのがやっとになる。
「くっ、詠唱が……!」
骸骨が杖を掲げようとしたが、口にした呪文は風にかき消される。
魔力の粒子そのものが暴風に散らされ、魔法の形を成す前に空気へ霧散していた。
「……マナが……消える……!?」
幹部たちが叫ぶ。
俺は叫び返した。
「こりゃいいぜ、魔法もマナもまとめて全部吹き飛ばせっ」
俺の髪もシービーの銀髪もめちゃくちゃに舞い上がる。
クレアが驚きの声を上げた。
「これほどの風圧……風の魔法でも見たことがないぞ」
ステラの結界が揺れ、風に削られながらも、その顔には驚きと喜びが浮かんでいた。
「電次郎さん……! これなら……!」
幹部どもはもはや、まともに詠唱もできず、暴風に煽られて互いにぶつかり合っていた。
それでも、ドルガスはなお兵器を構えようと踏みとどまる。
「ぬ、ぬかすなああっ!」
奴の声も風に掻き消され、まともに届かない。
「これで……全部めちゃくちゃにしてやる!」
俺は産業用送風機にさらに電力を叩き込み、暴風を極限まで高めた。
魔王城の玉座の間が、嵐そのものに変わる。




