魔王編㉚
一触即発──
だが、相手はインスーラのみ、怪しい魔法を使う奴だが、五対一なら断然有利だ。
その矢先、扉が勢いよく開き、鋭い声が響く。
「インスーラ様っ、大変です! 幹部の方々がドルガス様を解放し、魔王様の元へ向かわれました!」
伝令に来た魔族の顔は蒼白だった。
インスーラの眉がぎしりと動く。
「……奴らめ、早まりおって」
低く唸る声。そのまま俺たちを見向きもせず、すたすたと廊下へ向かう。
「おい、俺たちのことは放っておいていいのかよ?」
思わず声を投げたが、インスーラは振り返らずに言い捨てた。
「どこへなりとも行け。貴様が居ない方が都合が良い」
その背中が遠ざかっていく。
「なんだよ……」と呟いたが、聞こえるはずもなかった。
すぐ後ろで、クレアが冷静に促す。
「逃がしてくれるらしい。……電次郎殿、ここは離れましょう」
「ちっ、ひと暴れしてやろうと思ってたのによぉ」
「ミカ様の命令だ。退くぞ」
サンダルはクレアの言葉に頷き、俺の腕をぐいと引っ張る。
だが。
「おっさん……魔王様が……」
袖を掴んだシービーの瞳が、不安で揺れていた。
ルクスの身が危ない。俺がここに残っても大したことはできないかもしれない。
……それでも。
「すまねぇ、みんな。ちょっとだけ待っててくれないか」
そう言って俺は腕を振りほどき、足をルクスが居る玉座の間へと向けた。
「おいっ」
「電次郎さんっ」
「ハハハッ、そうこなくちゃな」
みんな付いて来てくれているみたいだ……きっと俺を助けに来てくれたんだろう……だけど、色々知ってしまったからには放っておけない。
「みんな、頼むから待っててくれ」
俺は振り向き、そう叫んだ。
「みずくせぇこと言うんじゃねぇ、ひと暴れしたいと思ってたところだ」
相変わらずのサンダル……だけど一番心強い。
「少しでも力になれるなら行きます」
ジェダくん……なんでここに居るんだろう? オークに変身してたみたいだし。
「ライオネット先生も居るんですよね?」
ステラ……先生を探しにきたのか?
「電次郎殿、結婚の話を詳しく聞かせてもらおうか?」
クレアの気迫が一番凄い気がする……なんで?
「……わかったよ。みんな力を貸しくれ」
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玉座の間は修羅場と化していた。
黒曜石の床に、魔王を守ろうとした魔物たちが数体倒れている。その体は炭のように黒く焼け、マナの気配すら残っていない。
「魔法防御が機能しません! あの兵器を止める術がない……魔王様、逃げてください!」
そう叫んだ魔物の声が、光に呑まれて消えた。
ドルガスの持つ兵器──改造された電子レンジの筐体から、再び禍々しい光線が放たれている。
「ひゃははは! 見たかこれが! 人も魔も、等しくマナを消し去る究極の兵器よ!」
バンボルトも隣で高笑いを上げ、幹部連中が狂ったように叫んでいた。
俺の足はすくみそうになる。
「くそっ、俺の電子レンジを人殺しの道具に使うんじゃねぇ……だけど、どうすりゃいいんだ。魔法でも防げない……たぶんあの光線は電力がエネルギーだ……どうやって止める!」
そのとき。
「絶縁体です!」
背後から飛び込んできた声に振り向く。
ステラだった。顔は蒼白だが、目だけは必死にこちらを見据えている。
「電次郎さんが言っていたじゃないですか……電気を通さない物質! ガラス、絶縁体!」
ハッとした。
なるほど……絶縁体か。
なら……!
「やれるかもしれねぇ……!」
俺は空間に手を突っ込み、電子レンジを召喚した。
ズシリと手に馴染む黒い箱。だが今日は、加熱じゃなく防御に使う。
レンジ本体と扉を分離し、ガラスの扉だけを掴む。
「おいおい電次郎、まさかそれで止める気か?」
サンダルが呆れ声を漏らす。
「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
俺は魔王ルクスの前に飛び出し、ガラス扉を掲げた。
ルクスが目を見開き、小さく「電次郎……」と呟いた。
構わずに俺は叫ぶ。
「かかってこいよ、ドルガス!」
「ほざけ、人間風情がぁぁ!」
ドルガスが兵器を最大出力で起動する。
耳をつんざく轟音と共に、光の奔流が俺たちへ押し寄せた。
「うおおおおおっ!」
ガラス扉に光線がぶつかり、バチバチと火花が散り、床石が震えた。
ダメ……か?
死を覚悟した瞬間、光線は、ガラスの表面で乱反射し、やがて掻き消えていた。
「……止まった?」
信じられねぇ。けど、確かにレンジの扉が守ってくれたんだ。
「バカなぁぁぁぁ!」
ドルガスの絶叫が響き渡る。幹部たちも愕然とし、ざわめきが走った。
俺は荒い息を吐きながら、振り返った。
ルクスが静かに俺を見つめていた。その瞳に映るのは、ほんのわずかな驚きと──安堵だった。
「大丈夫か?」
「魔王様っ」
シービーがルクスに飛び付いた。
「ありがとう」
ルクスはそう言ってシービーを抱きしめた。
シービーの奴、なんか生き返ってから素直になったよな。
前は、ルクスの前でかしこまってばかりだったのに。
なんだか、本当の親子みたいだ。




