魔王編㉙
救護室のベッドに座ったシービーは、落ち着かない手つきで指先を見つめていた。
「なぁ、おっさん……試してみてもいいか?」
「ん? なにをだ」
「決まってんだろ、家電だよ」
そう言ってシービーは小さな掌を前に差し出した。俺は空間から電気ポットを取り出して目の前に置く。
「これ、前に湯を沸かすのに便利だって言ってただろ」
「……ああ」
シービーは一度深呼吸すると、目を閉じて魔力を込めるような仕草をした。……だが彼女からマナは一切感じられない。それでもポットのスイッチを押した瞬間──
「……え?」
シューッと音を立て、蒸気が噴き上がった。
「お、おい……今、動いたよな」
シービーが目を丸くする。
「いや、あのなシービー……」
そういえばシービーは自分で家電操作したことなかったな、俺が近くに居れば誰でも使えるってこと教えてなかったわ。
「なんだよっ期待させやがって」
膨れっ面も可愛い。
「すまんな。でも、俺の電力が漏れている範囲外に出れば、電子が宿ったお前なら一人でも家電を動かせる可能性はあるぞ」
「マジか……魔法か、家電か……」
シービーは悩んでいるようだ。もしかしたらマナを取り戻し、また魔法が使えるようになるかもしれない。家電は便利だけど、俺からしたら魔法のほうが魅力的なんだがな。
「やっぱ家電だろ」
即答だった。
「だって魔法って疲れんだよな、なんか命を削って使ってるっていうの? それに比べて家電はボタン一つでなんでもできんだろ? 迷う必要ないじゃん」
なるほど、一理ある。
「嬉しいぞシービー、お前も家電の素晴らしさが分かってきたようだな」
「なんか楽しくなってきた。さっそく試しにいこうぜ。おっさんから、どんくらい離れればいいんだ? 隣の部屋か?」
「おうよ、ってか体はもう大丈夫なのか? 無理すんなよ」
「マジで前よりも元気なんだよ。早く行こうぜ」
シービーはベッドから飛び起き、そそくさと病衣を脱ぎ捨てた。
あんだけ胸がどうとか騒いでいたくせに、まぁ元気なのは良いことだ。
「無駄だ」
救護室の穏やかな空気を一変させるような、低く冷たい声が響いた。
──声の主は、インスーラだ。
「お前、ここに何しに来た‼ シービーには指一本触れさせんぞ」
ドルガスの件があった後だ。幹部連中には警戒しないと……こいつは絶対に平和主義者じゃないと断言できるしな。
「下等な人間……お前の電力の漏れは、すでに魔王城を覆いつくしている。己の力も見極められぬ愚か者が! 魔王様は、なぜ貴様を……」
なんか、めちゃくちゃ悔しがっている顔だな……ルクスのために尽くしているのはシービーと同じか? いや、それよりも、俺の駄々洩れ電力って、そんな広範囲にまで広がっていたのかよ……こりゃミカちゃんに怒られるな。
一体全体どこまで漏れ続ける気だよ……まぁいろんなとこで家電が使われるかもしれないって考えると、有用だけど。
「マジか、魔王城の外まで行かないといけないってなると厄介だな。理性の効かない魔物が多いから、魔法が使えなくなったあたいなんて、すぐにボコボコにされちまう」
肩を落としたシービーは、そのままベッドに座り込んでしまった。
「まぁ城に居りゃ、どこでも家電使えるんだから良いだろうよ。それよりも、ただ嫌味を言いに来ただけじゃないよな?」
不機嫌そうに睨み続けているインスーラに、そう問いかけると、意外な人物の名前が出てきた。
「ステラ……とかいう若い研究者が捕らえられたそうだ。お前とライオネットの名前を出し、魔王様に貢献したいと申し出ている。心当たりはあるか?」
「ステラっ、なんであいつがここに? 魔王に貢献って……」
「ドルガスが投獄された際に、ライオネットが研究資料を盗み出して姿をくらませた。だから貴様に確認しにきたのだ」
ライオネット先生が……あの人、前から危険な思想を持ってるみたいだったからな。
俺の家電を悪用してなきゃいいけど。
「たぶん、俺の知り合いに間違いないだろう。会わせてくれ」
「いいだろう。妬ましいが、家電の研究は魔王様の最重要案件だ。なによりも優先する」
やけに素直な気がするな。ルクスに対する忠誠心が高いのか?
「ああ、お前もしかしてルクスのこと好きなのか?」
「はぁ?」
インスーラから、今まで聞いたことのない裏返り声が漏れ出た。
図星だな。




