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第7章 スープ禁止令!?学園最後の食卓を守れ!


 正直、こんな“スープ禁止令”なんていうムチャクチャな命令が出るとは想像もしていなかった。

 廃部査定が保留になってホッとしたのも束の間、生徒会長・鳴神メグルの次なる手は「液状食品の全面停止」、別名“スープ禁止令”だという。

 朝一番、校内掲示板に大きく張り出されたその告知を見て、俺はほとんど目を疑った。


「……は? スープ禁止?」

  誰にともなくつぶやくと、横にいたユウリが容赦なく切り返してくる。

「マジだよ。廊下のあちこちに同じ張り紙がある。『異世界素材の漏出リスクを抑えるために、液状食品の提供を禁止します』だってさ」

「まったく、やってくれるな。生徒会長、どこまで本気でスープを目の敵にしてるんだか」


 もともと俺たち料理部は、異世界食材を地味に調理して“死なない”飯を提供するのが取り柄だった。桜スープはその象徴といえるメニュー。なのに、それが校則で禁止されるなんて笑い話にもほどがある。第一、「液状食品の提供禁止」って、なんなんだよ。シチューや味噌汁も全部アウトなのか?


 朝のホームルームが終わるや否や、校内放送が鳴り響く。

 『本日より、スープなど液状の食品を生徒が無認可で提供することを禁じます。違反者は生徒会条例に基づき、厳正に処分します。以上』

 厳正に処分……処分って何をするつもりなんだか。周囲のクラスメイトはざわついている。購買部のパンにスープが入っているわけじゃないとはいえ、あちらも爆発物扱いされてるし、メグルは本気で“食の危険源”を根絶やしにする気らしい。


「これ、実際どうなるんだろうね」

 天使系男子のミハエルが、神妙な顔をして俺に話しかけてくる。彼はいつも光をまとっていて、校内で“聖なる存在”みたいに扱われているが、今はさすがに笑っていない。

「どうなるも何も……大問題だよ。食堂のラーメンもダメだし、部活でスープどころじゃなくなる。そもそも我が料理部はスープが主力なんだぞ?」

「やっぱり対策を立てなきゃいけないよね。禁止令に黙って従うの? それとも抵抗するの?」

「抵抗するに決まってるだろ。スープを取り上げられたら、俺ら部室にいる意味がなくなる。……でも、具体的にはどうすりゃいいんだ?」


 頭を抱える俺に、横からユウリが素っ気なく助言する。

「抗議活動でもしたら? デモ行進とか、署名集めとか。あたしは手伝ってあげてもいいけど」

「デモ……って、まあ手っ取り早い方法ではあるけど、正面衝突する気満々だな」


 実際、風紀委員の久遠アラタも今回の禁止令には複雑らしい。連絡事項に書いてあったが、「液状食品が校内で取り締まられる以上、違反者は風紀委員が拘束する」という義務を負わされているとか。

 アラタは廊下ですれ違ったときに「……悪いが校則だからな」とだけ言って目を伏せた。

 あいつにとっても辛い仕事だろう。


 ――昼休み。普段なら部室に急いでスープを仕込むところだが、今日はまったく違う展開になっている。というのも、食堂がスープ類を一切出せなくなったことで「飯難民」が発生。購買は購買でトメが「水竜パンを作ってやるわ!」と叫びながら爆発準備をしているし、校内あちこちがパニックだ。

 そんなカオスな様子を見つつ、俺たち料理部員(+謎の協力者たち)は「廊下の隅」に集まり、緊急会議を始める。


「要は『液状食品を禁止』ってのが命取りなんだ。実質、うちの桜スープを潰すのが目的だろうし……どうにか裏をかかないと」

「スープを固形化したらセーフとか、そんな抜け道はないの?」

 ユウリが茶化すように言うが、それじゃスープじゃない。ミハエルは眉を下げて「あくまで“液状”がダメなら、ジェルとかムースとかに……」と提案するが、それもなんか違う。

 俺としては、あの桜スープのままで勝負したい。


「何か方法はないか……。そうだ、カグヤの“特例処理”とかを使えないかな? 部室限定でスープOKとか。前にもそういうのあったろ」

「生徒会長が全力で禁止令を敷いてる状況じゃ、その手は難しそう」

「うーん、やっぱり正面突破か」


 ユウリが腕を組んで唸る。そこへ、遠くから爆音が鳴った。購買のほうだ。トメがまた何かやらかしたかと思ったら、校内放送がざわついて「購買の火を鎮圧中、近寄らないでください」とアナウンスしている。

 やれやれ、あっちも負けずに混沌を加速させてる。もしかすると生徒たちがさらに飯難民化するだろうし、今こそ料理部が「安心・安全な飯」を作るべきじゃないのか。


「……よし、決めた。部室でスープをこっそり提供する。メグルの禁止令に従わないなら違反になるかもしれないけど、そもそもこんな理不尽な命令がまかり通るのがおかしい」

「まあ、確かに。黙って引っ込んでたら、向こうの思うツボだもんね」

ユウリがニヤリと笑う。ミハエルは「でも、見つかったら大変だよ?」と心配顔だが、「やらなきゃ腹を満たせないやつが大量に出るんだ。俺はそっちを優先する」と頑固に言い返す。


 こうして、俺たちは「スープ密造作戦」を決行することにした。

 名称からして不穏だが、要するにスープを部室でひっそり作って、希望者にだけ“極秘”で振る舞う。購買が爆発している以上、保健室行きの人が増えるかもしれないし、まともに昼飯を確保できない生徒も多いはず。その人たちのために、安全な桜スープを秘密裏に提供するのだ。

 いわゆる“地下食堂”みたいな感じかもしれない。


 午後の授業中、頭の片隅でずっと作戦を練る。

 放課後、なるべく人目につかないように部室へ行き、ドアに「部員以外立入禁止」って貼り紙をしておく。牛島先輩に冷蔵庫の食材を確認してもらい、ユウリは部室の外で見張り担当。ミハエルは「香りが漏れないように浄化のオーラで遮蔽する」という、どこかファンタジーな方法で協力してくれる。


「よし……火加減はどうだ? スライムを投入してないから爆発リスクは低いはず。桜花エッセンスと魔界にんじんも、しっかり下処理した。……よし、なんとかなる」

 誰にも気づかれないように、小さめの鍋でコトコト煮ていく。

 沸騰し始めると、桜のほんのり甘い香りが部室に立ちこめる。トロロ(桜色のスライム)が「ぷにゅ」とか言って嬉しそうに跳ねているが、声を出したらバレるので軽く制止。段々とスープがいい色になってくるころ、廊下でユウリがスッとドアを開けてヒソヒソ声で報告する。


「ねえ、食堂に行けなかったって生徒が何人か、ここへ来たいらしい。でも禁止令があるから表立っては動きにくいみたい」

「上等だ。呼んでこい。ついでに、数人単位なら対応できる」

「わかった。あたしもそれなりに気をつけるから、用意頼むよ」


 ユウリがスタスタ去ると、じきにこそこそと人影が3、4人ほど現れる。顔を隠すように入り込んできて、「えっ、ここでスープが飲めるって本当ですか?」と不安げな声を出す生徒もいる。

 俺はサッと頭を下げて声を落とす。


「例の禁止令には逆らってるから、あんまデカい声出すなよ。けど、死ぬよりはマシだろ?」

「う、うん……ありがとう。購買が燃えちゃって何も買えなくてさ」


 そんな彼らに小さな紙コップで桜スープを少しずつ渡す。正直、大量提供はできないが、一口でも落ち着くならいい。飲んだ生徒たちは「めっちゃホッとする……」「ああ、生き返る」なんて静かに感嘆の声を上げる。やっぱり腹を満たすのは最優先だろう。異世界だろうがなんだろうが、人間(+人外)が生きるには飯が要るんだよ。


 だが、こんな“密造スープ”がそう長くバレないはずもなく――しばらく経った頃、部室のドアがバン!と乱暴に開いた。そこに立っていたのは、風紀委員のアラタ。横には数名の風紀委員メンバーもいて、明らかに査察モードだ。

 俺は咄嗟に鍋を隠そうとするが、無駄に匂いは残っている。


「……やっぱりここか。匂いをたどったら、予想どおりだ」

「アラタ! お前、分かってて来たのか?」

「俺だってこんなことしたくない。でも校則で禁止されてる以上、見逃したら風紀委員の立場がない」


 きつい表情を崩さないアラタ。しかし、その瞳には苦悩が浮かんでいるようにも見える。

 彼は部室を見回し、生徒たちが紙コップを手にしているのを確認すると、小さく息を吐いた。


「みんな、解散しろ。スープ禁止令に反する行為だ。……悪いが、ここは一旦閉鎖させてもらうぞ」

「ちょっと待てよ! こんなの理不尽すぎるだろ。腹を空かせて死ぬのを見過ごせってのか?」

「校則だ。違反したら処分対象になる。それだけは変えられない」


 ギリギリと歯を噛みしめるアラタと、怒りをぶつけたい俺。静まり返った部室の中で、ピリピリした空気が漂う。ユウリは手を握りしめ、今にも怒鳴りそうだが、アラタの悲痛な表情を見て言葉を失っている。ミハエルが神々しいオーラを抑えながら申し訳なさそうに目を伏せ、牛島先輩は幽霊だからか怒りのやり場もない。


「……わかった。追い出すなら追い出せよ。でも、スープを作るのはやめられない。誰にも止められないからな」

 俺は低い声で言い放つ。アラタはそれに反論せず、「とにかく、今は解散だ」とだけ繰り返す。

 生徒たちも怖がって物陰に隠れるが、結局は出て行かざるを得ない。

 こうして一瞬にして“スープ密造部屋”があぶり出され、俺たちは強制的に活動停止を食らった。


 ――夕方。誰もいなくなった部室で、俺は小さく溜息をつく。ユウリも肩を落として「最悪だね」と呟く。結局、メグルのスープ禁止令は強行され、風紀委員による監視体制が一段と強化された。購買部でも液状カレーまんみたいな新作を出そうとしたところ、即バレて没収されたらしい。

 笑うしかない。

 このままじゃ本当に“学園最後の食卓”が奪われてしまう。


「こうなったら、もう公開でやるしかないんじゃない? こそこそすると余計に狙われるし」

 ユウリが苦々しい顔で言う。

「公開でやるって……全面対決になるだろ? あのメグル相手に?」

「でも、あいつは“数字”と“秩序”しか見てない。なら逆に、あたしたちがみんなの“声”を集めればワンチャンあるかも」

「声、か。……生徒全員がスープを求めてるって証明できれば、メグルも無視できないかもしれない」


 思わぬ方向に話が転ぶが、今のまま引き下がればスープは二度と作れない。

 だったら俺はメグルと真っ向勝負をするしかないのかもしれない。アラタだって内心ではこれを望んでないはずだし、購買部のトメもまた騒ぎを起こすだろうし。

 最後までスープを守り抜くには、多くの味方が必要だ。


「よし、わかった。生徒の声を集めよう。スープを禁止されたら困る理由とか、日々の食事がどれだけ大切かとか。それをできるだけ多く集めて、生徒会に突きつける」

「いいね。署名活動とか、SNSでアンケート取るとか、方法はいろいろある。あたしも加勢するわ」

「ありがとう。ミハエルや牛島先輩にも手伝ってもらって……って、牛島先輩はネット使えるのかな?」


 細かい疑問はあるが、そんな暇もない。明日からでも動きださなきゃ、禁止令がますます厳しくなるかもしれない。メグルと直接対話する機会を得るためにも、根拠となる“声”が必要なんだ。

 俺は鍋の前に立ち、空っぽになった鍋をそっと撫でる。


「スープを禁止されたままじゃ、腹の足しどころか、心まで枯れちまう」

 ぽつりと漏れる言葉に、ユウリが穏やかな表情でうなずく。


「そうだね。あたしだって、ここで飲む桜スープがどれだけ落ち着くか、分かってるつもりだし。……あんたが諦めないなら、あたしも止まる気はないよ」


 その言葉を聞いて、胸が少し温かくなる。禁止令は強い。でも、飯を求める意志はもっと強いはずだ。異世界が浸食して混沌としていても、みんなが普通にご飯を食べられる場所を守りたい。

 たかが一杯のスープかもしれないが、それが誰かの心を救うのを俺は知っている。


「……明日から、勝負だ。メグルがどれだけ校則を振りかざそうと、こっちは諦めない。学園最後の食卓なんて物騒な言葉、言わせてたまるか」


 顔を上げ、ユウリと目を合わせる。彼女もまた強い瞳で頷いてくれた。

 部室の外では購買の再爆発が起きているのか、遠くに「ぎゃあああ」という悲鳴がかすかに聞こえる。まったく、こんな世紀末じみた学園で食事を諦めろなんて無理がある。

 だったら俺は、最後の最後まで鍋の前に立つのみだ。


 ――結局この日は、スープをまともに出せないまま夜を迎えた。禁止令が出た以上、風紀委員も巡回が激しくて、下手に動くと捕まる危険が高い。だが本番はむしろ“明日”からだ。署名活動なり呼びかけなり、とにかく「スープが必要だ!」という声を集めよう。

 そうやって正面からメグルを説得するしか道はない。


 帰り道、部室を出るときにトロロ(桜色スライム)が「ぷにゅ……」としょんぼりした声を出す。桜スープが完成しないまま終わったから、きっとがっかりしてるんだろう。お前が飲める日が来るように頑張るから、少しだけ待っててくれ。そんなことを心の中で思いつつ、俺は扉をそっと閉める。


 階段を下りる途中で、アラタの背中を遠目に見つける。こちらに気づいたのか、一瞬だけ振り返って何か言いかけて……結局、何も言わずに去っていく。どうせなら「頑張れ」とでも言ってくれればいいのに、風紀委員としての責務があいつを縛っているのかもしれない。

 だけど、あいつがどうしようと、俺は行くしかない。学園最後の食卓を守るために。


 廊下の窓から夜空が見える。ピンク色に光る異世界のキノコが淡く輝いていて、あれを見るたびに「ああ、本当に世界がおかしくなってるんだな」って再認識する。でも、世界がどうなろうと腹は減る。なら、俺は飯を作り続けるだけ。スープが禁止されたからといって、簡単に諦めるわけにはいかないだろう。


「そういやユウリ、明日は何から始めるんだ? 署名かな。ネット拡散かな。それともデモ?」

「そりゃネットと生徒間署名を並行してやるのが最善でしょ。購買のトメも協力するって言ってたし、アラタには悪いけど風紀委員だって巻き込むよ」

「よし、じゃあ根回しとかやっとかないとな。SNSで“スープ禁止はおかしい”って声あげてくれる連中、絶対いるだろうし」

「やるしかないわね」


 軽いやりとりを交わすうちに、校門へたどり着く。周囲はもう薄暗いが、生徒たちのざわめきはまだ止まない。禁止令にショックを受けているやつもいれば、逆に「鍋なしとか天使のミハエルどうすんだろ」と興味を持つやつもいる。

 いずれにしろ、明日から大きく動き出すのは間違いない。


 俺は一度振り返り、遠くの校舎の窓を見上げる。

 あの中にメグルがいるのかもしれない。廃部査定だけでは飽き足らず、今度はスープそのものを根絶やしにしようとしてる彼女の心は、いったい何を求めているんだろう。

 ノイズを嫌うと言いつつ、実は何かを抱えているような気がしてならない。


「ま、そいつの事情は分からないけど……俺たちは“ノイズ”でもなんでもいい。飯が大切なことを、数字じゃなくて気持ちで示してやるよ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。ユウリはちらりと俺を見て、くすっと笑う。

 それから「まあ、この学校に来た理由を、あたしもやっと思い出したかもね」なんて言い出すが、真意は教えてくれない。彼女なりの覚悟があるんだろうか。


 ――明日こそ決戦。スープ禁止令に正面から立ち向かう日々が始まるだろう。禁じられたら逆に燃えてくるのが人間の性分だし、たとえ風紀委員に逮捕されようとも腹を満たす道を探すしかない。

 俺は再び強く拳を握って、遠くに揺れる異世界キノコを見据える。


「よし。がんばるか。学園の最後の食卓なんて言わせないために、明日は大騒ぎしてやるさ」


 そう決意し、ユウリと一緒に校門をくぐる。

 薄暗い街灯の下、桜スープの残り香がまだ鼻にかすかに残っている気がする。スープ禁止の嵐がどれだけ吹き荒れようと、俺の“食べさせたい”気持ちは止められない。たとえメグルや風紀委員とぶつかろうが、仲間と一緒にこの場所を守ってみせる。それが俺たち料理部の、最後じゃない戦いだ。

 次こそは堂々と――胸の奥でそう誓いつつ、夜の道をゆっくりと歩き始める。


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