第6章 生徒会長の逆襲!料理部、廃部査定会議!?
朝から嫌な胸騒ぎがしている。
理由は簡単だ。生徒会長・鳴神メグルが動いているらしい、という噂が校内を駆け巡っているからだ。彼女は“全校機能の最適化”を掲げて、不要と思われる部活動を片っ端から整理統合する方針を打ち出したという。
しかも、その対象にうちの料理部が含まれている……って、冗談だろ?
「おい、仁やん。今朝の校内掲示板見たか?」
部室の冷蔵庫からひょこっと顔を出した牛島先輩――幽体離脱中の幽霊部員が、半笑いで尋ねてくる。俺はしぶしぶ、鞄の中からさっき撮ったスマホ写真を取り出して再確認する。
そこには、でかでかと赤文字でこう書かれていた。
――【本日より、非戦力系クラブの整理統合を検討する。廃部査定対象:購買部(爆発多発)・箏曲部(謎の楽譜紛失多数)・料理部(活動実績 不明)……】――
「実績が不明、って。ふざけんな。毎日爆発止めてるのに」
俺は溜息を吐きながら、バタバタと廊下を駆け回る生徒たちの声を聞くともなしに耳を傾ける。
どうやら購買部にもメグルの監査の目が向いているようで、朝から根古屋トメさんがシャッターの前でカラフルな煙を上げて抗議しているらしい。
「『火竜パンが問題なら、次は水竜パンや!』とか言うてたで。あのババア、性懲りもなく爆発するやろな」
「購買部が“まっとうな商品”を作る日は来ないんだろうな」
牛島先輩とそんな会話をしていると、部室のドアがギイッと開いて、ユウリがイライラ顔で入ってきた。今日もお馴染みの無所属ヒロイン(?)姿だが、いつもより声にとげがある。
「ちょっと、あんたたち見た? 生徒会室前、すごい行列できてるんだけど。『活動実態を証明できないクラブは容赦なく廃部』って張り紙まで貼ってあるよ」
「見た。見たくなくても目に入る。要するに『非戦力系』とやらが整理対象なんだろ」
「風紀委員も張りついてるし、あんまり騒ぎを起こすとこっちが不利になりそう」
ユウリが腕を組んで眉をひそめる。めんどくさい。普段から爆発したり異世界勢が自由奔放に動いたりしてる学校だが、生徒会長が本気で動き出すとやっかいだ。
購買部だけならまだしも、料理部まで廃部候補だなんて。そりゃあ俺だって心中穏やかじゃない。
「だいたい、“活動実績が不明”ってどういうことだよ。毎日スープ作ってんのに」
「そりゃ書類上は、“スープを作った回数”なんて実績にならないでしょ? 意味不明な爆発止めてるのも非公式って扱いらしいよ」
ユウリの言うとおりだ。実際、俺たち料理部は大会に出るわけでもなく、レシピコンテストに応募してるわけでもない。ただ日々、毒かもしれない異世界食材を無難にスープ化して、爆発を減らしてるだけといえばそれまでだ。表彰状の一枚もないし、そもそも部員だって“正式”に登録しているのは俺ひとりに近い。そりゃ突っ込まれる。
「……でもな、俺たちがいなかったら購買部の被害ももっとひどいと思うんだが」 「わかる。けど、それを証明しろって話でしょ」
なんとも歯がゆい空気が部室を満たす。ふと棚を見ると、あの天使系男子・ミハエルがいない。
彼なら「僕もスープに救われてるよ!」とか無自覚に証言してくれそうなのに。仕方ない、いないもんはしょうがない。
「よし、ひとまず生徒会がどう動くか直に見に行くか。廃部査定会議ってのが開かれるらしいし」
「うん。何もしないで黙ってたら不利になるだけだし、あたしも付き合ってあげる」
ユウリと並んで部室を出る。牛島先輩は「ワイは霊体やから立ち会い難しいけど、陰ながら応援しとるで」と冷蔵庫に引っ込んでしまった。まあ、先輩が来ても書類上は存在しないんだし、役に立たないかもしれない。
手ぶらで廊下を進むと、途中ですれ違う生徒たちがヒソヒソ話をしているのが聞こえる。
「料理部、廃部になるかもってマジ?」
「購買部と一緒に消えそうだな。爆発誘発クラブ扱いとか」
「でも料理部のスープは、色んな意味で助かってるって話も聞くし。どうなるんだろう」
そんな声を背中に受けながら、生徒会室前に到着。そこには風紀委員のアラタが腕組みをして立っていた。昔のクラスメイトだったが、今は俺とまともに話してくれないことが多い。
でも今日は何やら複雑な表情で俺を迎える。
「……来たか。廃部査定会議、もう始まりそうだぞ。食い下がるなら用意しとけ」
「お前も、その会議に参加するのか?」
「風紀委員として動向を監視する立場だ。……正直、俺個人はお前らに潰れてほしくはないが、校則は絶対だからな」
ツンケンした口調だけど、嫌がらせというわけではないらしい。多少は気にかけてくれているのかもしれない。ユウリは小さく舌打ちしつつ「さっさと行こう」と扉を開ける。
俺は心の中で深呼吸をして、その後を追いかけた。
――生徒会室の中はピリッとした空気。奥の席で腕を組んでいるのは生徒会長・鳴神メグル。まるで理詰めの女帝。白い制服をピシッと着こなし、髪もきっちりまとめている。その目からは冷たい光が放たれていて、近づくだけで胃が痛くなりそうだ。隣には書記カグヤが書類を積み上げ、さらに購買部のトメが「火竜パンがどーのこーの!」とワーワー吠えている。
完全に修羅場だ。
「……次、料理部。部長の八代仁、入って」
カグヤの淡々とした声が響く。俺とユウリは「はい……」と返事して室内に進む。視線の先にはメグルの鋭い目。脇のテーブルにはアラタ、トメ、そしてなぜかミハエルまで座っている。
どうやら購買部と料理部の審査を同時にやるつもりか。
「え、ミハエル? いつの間にここに?」
「さっき廊下で引き止められちゃってね。『料理部に関わりあるなら証言しろ』って言われたんだ」
苦笑いするミハエルに「助かる」と小さく伝えた直後、メグルが静かに口を開く。
「料理部……いや、あなたたちは本当に部としての体を成しているの? 部員が一名、実績もなし、活動報告書は“スープを煮た”の繰り返し。しかも異世界素材を無許可で扱っているとか」
「待ってください、無許可ってわけじゃないですよ。生徒会書記のカグヤも“例外項目”で認めてるはずだし」
「ええ、一応“厳重注意下の特例処理”としては登録済みです」
カグヤが淡々と補足するが、メグルは書類をバサッと机に叩きつけた。
「特例が多すぎるのよ。この学校は異世界化が進んでるとはいえ、無駄に混沌が広がりすぎている。私は“ノイズ”を嫌うの。購買部の無謀な爆発パンもそう。料理部の曖昧な活動もそう。“非戦力系”を整理すれば、もっと秩序が保てるはず」
淡々と語る姿は容赦がない。鋭い眼光を向けられ、背筋がゾクッとする。だが俺も黙ってはいられない。
「ちょっと待ってください。俺たちの活動が曖昧っていうけど、スープを作って爆発を減らしてる実績はあるんです。購買で出た危険素材を、無難に仕立て直したりとか……そもそも人が死なずに済んでるんですよ?」 「ふふ、でもそれは証明できるかしら? “死なずに済んでる”という結果があっても、明確な数字や報告はないでしょう。実績がないのと同じ」
メグルの言い分もわからなくはないが、あまりにも冷徹すぎる。さすがに言葉に詰まっていると、購買部のトメが割り込んでくる。
「ちょっと会長さんや、うちの購買も危険爆発ばっかちゃうのよ! 若いのがスープで解毒してくれるおかげで、過去に死人は出とらん!」
「でも爆発は出てますよね? 昨日も火竜パンが学校の半分を燻製状態にしたとか」
「そ、それはまあ……しゃあないやないか!」
トメの言い訳にも説得力がなく、会話はかみ合わない。
ユウリが横から小声で「どうするの、これ?」と尋ねてくる。正直、俺も頭を抱えたくなる。
「風紀委員、あなたはどう思う? 料理部を廃部にする根拠は十分あると感じるかしら?」
メグルがアラタに話を振る。アラタはしばらく沈黙するが、やがて一歩前へ出て喋り始める。
「……確かに、校則や活動規約の観点からすれば、グレーが多すぎる部活ではある。だが、俺は何度か目撃しているんだ。購買が爆発しそうになったとき、八代がスープに素材を放り込んで毒性を抑えたことを。ミハエルやユウリが手伝って、結果的に生徒の被害を抑えた例も多い。証明できない部分は多いが、風紀委員としても彼らの存在が完全に無益だとは思わない」
「それは個人的見解? 風紀委員としての公式意見?」
食い下がるメグルに、アラタは苦い顔で首を振る。
「校則上はグレー、しかし実質的に学校を助けている部分はある。だから、現状では“どちらとも言えない”が俺の回答になる。廃部にして秩序を保つか、残して爆発対策のワンポイントになるか……微妙なんだ」
なんとも中途半端な意見だが、アラタとしては精一杯譲歩してくれているんだろう。メグルは不満そうな顔をしつつも、否定はしない。代わりにじろりとこちらを見て、机をトントンと叩く。
「なら、私に納得できる活動報告を出して。部として何をして、何を成し遂げているのか。その“有用性”を数字や書面で示しなさい。無理なら消えてもらう。いいわね?」
うっ……どう見ても詰みそうな展開だ。
俺が唇を噛んで何も言えないでいると、隣でユウリが「だったら今ここで証言してもらうよ!」と声を上げる。
「ミハエル。あんた、いつも仁のスープ飲んで“楽園の味がする”とか言ってるじゃん。ちゃんと説明しなさいよ、あのオーラとかがどんな効果があるか」
「え、僕? うーん、そうだね。食べると心が安らぐし、爆発時の傷を癒す力もある……かもしれない。僕が浄化のオーラを付与すると、スープが安全性を増すし、それで何度か誰かの腹痛を治したこともあるよね」
「その程度? もっと大袈裟に言いなさいよ!」
ユウリがミハエルの背中をバンバン叩いているが、本人は天然だからかイマイチ説得力に欠ける。メグルは冷徹な表情を崩さず、「証拠になるほどのデータがないわ」ときっぱり言い放つ。
「データ、データって……人の胃が満たされて、笑ってくれることがそんなに数字になるんですか?」
思わず声を荒らげる俺。だがメグルは微動だにしない。逆に冷たい眼差しを向けてくる。
「部活は学校の一部。好き勝手にやるだけならサークルでいい。『廃部』という言葉に拒否反応を示すなら、それなりの成果を示すのは当然でしょう? あなたは“腹を満たすことが全て”とでも言いたいのかもしれない。でもね、それは私にとっては“ノイズ”に過ぎないの」
「ノイズって……飯を作るのがノイズってことですか?」
「そうよ。ここは学びの場。戦力になるクラブ、学術に貢献するクラブ、何かしら目指すものがあるクラブが本来の姿。なのにあなたたちは毎日スープをかき回しているだけじゃない」
ぐさりと刺さる。確かに俺たちは戦うわけでもなく、大会に出るわけでもない。ひたすら異世界食材を煮込んで、安全なメシを提供している。それで誰かが救われるなら、それでいいと思ってきた。
でも、それが部活として認められないならどうすればいいんだろう。
言い返せず、唇を噛んで下を向くしかない。
「なら俺たちは、いったい何をすればいい? せめてチャンスをくれないんですか?」
「チャンスね。……いいでしょう。では最終判断は保留とするわ。今すぐ廃部とは言わない。でも、近いうちに開く“廃部査定会議”で、きちんとした報告と成果を示しなさい。そうでなければ容赦なく消えてもらう。いいわね?」
メグルが淡々と告げると、カグヤが横から「廃部審査は一週間後が期限です。再度資料を提出してください」とフォローする。まるで逃げ道を塞ぐような口調だ。
俺は心底悔しいが、「わかりました」と言うしかない。
これで今日のところは“保留”という形に収まるらしい。隣でユウリは腕を組んで苛立ちをこらえ、トメは「あたしもかいな……」とブツブツ呟きつつ購買部の審査シートに目を落とす。
「部活として認めてほしいなら、数字だって? バカらしい……」
部室に戻る廊下で思わず吐き捨てるように言うと、ユウリが小さく「うん、馬鹿みたいだね」と同意する。ミハエルは神妙な顔で「ごめんね、うまく言葉にできなかった」と申し訳なさそうだ。
いや、誰も悪くない。
全部が回らなくなってるこの学校が悪いのか、生徒会長が頑ななのか、原因は分からないけど。
「……まあ、即決で潰されなかっただけマシか? あと一週間、なんか報告書を作って出せばいいんだろうけど」
「数字で表すとか、無理があるわよね。あたしだって、スープに救われてるけど数値にはできないし」
「なら、どうする?」
ユウリの問いに答えられないまま、部室の扉を開ける。牛島先輩が浮かんで近づいてくる。
「どうやった? 廃部回避か?」
「うーん、保留。あと一週間は様子見らしい」
「そかそか、期限付きかいな。なんや、怪しげな逆転劇でも起きそうやな」
先輩は気楽に言うが、こっちは笑えない。メグルが言うように、俺たちの活動が“ノイズ”だと思われているなら、どんな言い分を並べたところで難しいかもしれない。
それでも、諦めるわけにはいかないんだ。俺はこの部屋でスープを作り続けるのが、自分の居場所だと思っているから。
「数字で表せないなら、せめて証言や事例を集めるしかないか。購買の爆弾パンから何人を守ったとか、異世界素材の解毒に貢献したとか……誰かにアンケートでも取ってみる?」
「意外と地味だけど、そういうのが一番手っ取り早いかもね。ミハエルやアラタ、あるいは転校生たちが協力してくれれば形になるかもしれない」
ユウリがそう提案してくれる。目の奥にはまだ怒りや苛立ちが残っているが、同時に諦めてはいない感じだ。こういうときの彼女は頼もしい。
「よし、資料を作るとして……めんどくせぇけど、やるしかない。あの生徒会長をギャフンと言わせるには、これしかないよな。お前も手伝ってくれるか?」
「言われなくても手伝うわよ。こんなバカみたいな理由で“あたしのスープ”が消えるのは嫌だから」
「おい、それ俺のスープだろ。まあいいけど」
少し笑ってから、俺は鍋のほうに目をやる。桜スープの香りが微かに漂っている。日々、この匂いに救われてるやつらがたくさんいる。部屋を覗きにくる生徒もいるし、ミハエルやユウリはもちろん、幽霊の牛島先輩だってなんだかんだで落ち着いている。
そんな温かな場所が、“ノイズだから”というだけで消されてたまるか。
「まあ……頭で考えてもしゃあない。とにかく俺は飯作るしかないわ。資料づくりは苦手だから、ユウリ頼むな」
「はいはい、わかった。あたしがまとめてやるよ」
そう言うと、ユウリは背伸びをしながら笑う。
ちょっと悔しそうな顔をしてるのは、たぶんメグルが苦手だからだろう。王族っていう肩書を持つ彼女でも、生徒会長には正面突破できないのがもどかしいのかもしれない。
牛島先輩は「書類でアピールできるなら、ワイもなんか協力したいけどなあ。なんせ幽霊やから文字書けへんし」と苦笑い。ミハエルも「僕でよければ、何か証人として語るよ」と神々しく微笑んでいる。
「よし、みんなで協力しよう。絶対に廃部なんてさせない。せっかく変な奴らが集まるいい場所なんだからさ」
「ほんと、バカでぶっ飛んでるけど……あたしたちには大事な場所だもんね」
こうして部室は再び落ち着きを取り戻す。外の廊下では購買部が爆発物らしきパンの材料をこっそり運んでいる音がするし、風紀委員のアラタが見回りをしているのも聞こえる。
メグルの掲げる“全校機能の最適化”が、これからどんな形で迫ってくるのかは分からない。下手をすれば、俺たち料理部は本当に消されてしまうかもしれない。
――でも、俺にはスープがある。腹が減る限り、人はメシを求める。その“当たり前”を守るために、泥臭い資料づくりくらいは頑張ってみる価値があるだろう。そう信じて、俺は鍋の蓋を開ける。
ほんのり立ち上る桜色の湯気が、胸に小さな勇気をくれる気がする。
「よし、まだ時間あるし、今日はもう一回スープを仕込むか。俺は飯を作ることしか能がないから、な」
「また桜スープ? ……ま、いいか。あたしも何か手伝うわ」
ユウリと視線を交わし、笑いあう。ここが“ノイズ”扱いだろうが、“非戦力系”だろうが、黙って引っ込む気はない。廊下からは爆音やら謎の叫びが聞こえるが、俺は気にせずコンロの火を点ける。
まずは今日のスープを作り上げて、それから先のことを考えればいい。メグルがどう出ようと、腹を満たすことに変わりはない。
そんなひとりごとを心で呟きながら、いつもより少しだけ丁寧に桜の花びらを洗い始める。
雲行きは怪しいが、俺は鍋の前で踏ん張るしかないんだ。
――料理部を、絶対に終わらせるわけにはいかない。
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