第2章 侵食系購買バトル、開幕ッ!!
朝から購買部の爆発音が響きわたるなんて、もうちょっとは刺激を抑えてほしいんだが。
教室にいながらも窓の外で立ちのぼる煙に気づくと、俺はため息しか出ない。いつもの校内放送がスピーカーから流れてくる。
「購買部、新作パン試作中につき爆発処理を実施中。生徒は立ち入り禁止」
教室中が苦笑いと「またかよ」の囁きでざわつく。浮ヶ原高校じゃ、購買の爆発ぐらいじゃ誰もパニックを起こさない。むしろ「今日はどんなパンが火を噴いたんだろう」と興味津々で昼休みを待つやつすらいる始末だ。
けどこの非常識が最近、生徒会や風紀委員の目に留まってきてるらしい。爆発を繰り返してたらそりゃ問題になるか。
チャイムが鳴り、授業が終わる。昼休みだ。俺はノートを片づけて素早く立ち上がる。友達づきあいも悪くはないけど、昼のうちに料理部の部室へ行っておかないと、いろいろ間に合わない。
今日はなんとしてでも、“安全なパンケーキ”を完成させたいからな。
廊下を進んでいると、横から軽く肩をたたかれた。
振り向けば天使のオーラを纏ったミハエルが、相変わらずやわらかな笑みを浮かべている。
「仁くん、購買部が大変みたいだね。火竜シリーズがまた火を噴いたとか」
「ああ、さっきどでかい音がした。購買の窓が割れたらしいぜ」
「それで今日は何を作るんだい?」
「パンケーキ。いや、パンじゃないから“購買部と関係ないです”っていう体裁。とにかく安全重視でやる」
「楽しみだね。じゃあ僕も手伝うよ」
相変わらずノリがいい天使だ。助かるけど、彼が手伝うと大抵どこかで神々しい光が噴き出して、かえって騒動が拡大する危険もある。ま、いざとなったら止めるしかないか。
そう考えつつも俺は「ありがとな」と礼を言う。
部室へ向かう途中、渡り廊下の手前でユウリと出くわす。彼女は今日も気だるそうな表情で、でも目だけはしっかりこちらを捉えている。
「ふーん、今日はパンケーキ? 珍しく可愛いもの作るじゃん」
「購買があんなんだから、こっちで少しはマトモなものを出せばいいかなと思って」
「はいはい。なら味見させてよ。あたしのスープ枠が奪われると困るんだけど」
「スープのリクエストは夜でもいいだろ。とりあえず今日は粉物に集中したい」
そう言うと、ユウリは「仕方ないか」とあっさり折れて俺たちと一緒に部室へ向かう。彼女がなんだかんだ毎日顔を出すのは、きっと退屈しないからなんだろう。
口では文句を言いつつも、俺のやることを見てるあたり、割と楽しんでるようにしか見えない。
部室のドアを開けると、既に牛島先輩が空中でのんびり浮かんでいた。といっても幽霊だから、椅子に座るどころか床を踏む必要もない。冷蔵庫から顔を出すかと思えば、たまに天井近くでボーッとしている。
「おー、仁やん。なんや楽しそうな顔してるやんけ」
「購買が閉鎖気味だから、こっちに人が来るかもな。混雑が予想されるし、準備急ぐぞ」
「ラジャー。ワイは物理的な手伝いは無理やけど、応援だけはするでー」
牛島先輩のヘルプは基本的に声援だけだが、にぎやかになるからありがたい。
さっそく調理台に材料を並べる。普通の小麦粉もあるにはあるが、一部は異世界産“フワリウム粉”を混ぜたほうがふわふわ感が増すらしい。もちろん使い方を誤れば膨張しすぎて吹き飛ぶ可能性もある。そこが怖いんだよな。
「ミハエル、悪いけどこの粉に浄化のオーラをちょっとだけ当ててくれ。変な呪いが残ってると嫌だから」
「了解。じゃ、光を注ぎ込むね」
ミハエルが軽く手をかざすと、粉からほんのり輝く粒子が宙に舞う。ユウリが鼻をひそめる。
「相変わらず神々しいっていうか、たまに目がチカチカするんだけど」
「文句言うなよ、こいつらがいるから爆発が少しは減るんだ」
そうやって調合した粉をボウルに入れ、卵と牛乳を合わせる。これも魔牛乳なんてものを使ったら危なそうだから、ごく普通のパック牛乳を使う。さすがにわけのわからん魔界牛の乳なんか使ってたら死者が出るかもしれないし。
「で、パンケーキになんでそこまで力入れてんの?」
ユウリが横で不思議そうに見つめているので、正直に答える。
「購買部の爆発パンがさ、さすがに生徒会とか風紀委員から本格的にマークされてるんだよ。そこに俺たち料理部も巻き添えで“危険な食材を扱う怪しい部活”扱いされかけてる。だったらここは手軽で安全なパンケーキを出して、うちは問題ないですよアピールしようと思ってさ」
「へえ。それで人気が出たら購買に勝っちゃうかもね?」
「勝つとか負けるとか、そういうのはどうでもいいんだよ。……ただ、俺は腹を満たしたいだけだ」
そう言いながらも、心のどこかで購買部との“勝負”を意識してる自分がいる。
購買の爆発パンが話題をさらう中、こっちは“死なないパンケーキ”で地味に支持を集めたい。まるで商売敵みたいだが、向こうには根古屋トメという化け物ババアがいるからな。あの人のテンションと技術力は侮れない。
そうこうしているうちに生地が完成。火加減にだけは気を使いつつ、油を引いたホットプレートでこんがり焼き色をつける。甘い香りが部室に漂い始めると、自然と笑顔になってくる。
ユウリも思わずくんくんと鼻を鳴らす。
「うわ、普通にいい匂い。マジで普通だわ」
「“普通”って言うな。こっちだってがんばってんだ」
「けど……悪くない匂いね」
ユウリが小声でそんなことを言っていると、背後の扉がドカンと開いた。
そこに立っていたのは、やたら鋭い眼光の男。嫌なタイミングで来たな、久遠アラタ――風紀委員だ。
「料理部、異世界食材を使ってるな? 安全性は証明できるのか?」
開口一番それかよ。げんなりしつつも俺は返す。
「一部だけだ。ほとんど人間界の材料を使ってるし、チェックはしてる」
「まさか火竜の粉とか混ぜてないだろうな」
「混ぜるか。爆発するのは購買部だけで十分だ」
アラタはじろじろと部室の中を見回し、ホットプレートの温度や生地の具合まで念入りに確認してくる。昔はそんなに細かいタイプじゃなかったのに、風紀委員になった途端に融通が利かなくなってしまった。俺がイラつきつつも生地を裏返そうとすると、アラタは唐突にシニカルな笑みを浮かべる。
「……まあ、パンケーキならそこまで問題にはならないだろうが、もし妙な魔法効果がついたら風紀に報告させてもらう」
「お前、食べてみるか? 現物確認が一番だろ」
「いらん。……そうだ、購買部が異世界素材の制限をくらったからな。今、購買が営業停止状態に近い。お前らも下手に余計な素材を使ったら同じ目に遭うぞ」
それだけ言い残すと、アラタは警告めいた視線を投げて廊下へ出ていく。足音が遠ざかるのを聞きながら、ユウリが呆れたようにため息をつく。
「昔はあんたと仲良かったんでしょ? あんなに冷たくなっちゃって」
「余計なお世話だよ。あいつにも考えがあるんだろうし」
無理やり気持ちを立て直してパンケーキを焼き続ける。イチゴジャムをかければ彩りもいい。甘い匂いがますます広がって、トロロがぷにゅぷにゅ跳ね回っている。たぶん「うまそう」って意味なんだろう。
いいよな、言葉がなくても美味いものは美味いって分かるんだから。
そのとき、廊下のほうで騒がしい声が響いてきた。どうやら購買が再開されたらしい。というか、根古屋トメが何かを売り歩いているんだろう。
あのババア、制限されたらされたで裏技を使うに決まってる。
「ちょっと様子見に行くか?」
ユウリがドアを開けて顔を出し、俺もそれに続く。部室の前の廊下に、小さな行列ができていた。
購買部はシャッターを閉めているくせに、その横でトメが特設販売のように怪しげなパンを売りつけているところだった。
「はいはい、激辛パン風ドラゴンボール入り~。これは法の抜け道でな、異世界素材は極力控えめにしてるから大丈夫よ~。たぶん」
「たぶんって何だよ!?」
「気にしない気にしない。若いのは辛さに鍛えられなきゃ!」
周囲の生徒はあきれ半分、面白がり半分でそれを買っていく。
風紀委員が来たら即アウトだが、トメはその瞬発力で売り逃げるだろうな。やれやれ、これじゃ学校側が購買を制限したって意味がない。結局は爆発が減らないだろうに。
「……でも、あの列を見てみろ。皆、パンを求めてるんだ。食うためなら多少の危険も厭わないらしい」 俺がぼそりと漏らすと、ユウリは苦笑い。
「みんな飢えてんのね。まぁ、あたしだって腹が減ったら多少は冒険しても食べるけど」
「でも、危険度を下げられるなら下げたほうがいい。それが俺の仕事だと思うんだよ」
そうつぶやきつつ部室に戻り、焼きあがったパンケーキの山を見下ろす。ふわふわで甘い香りがそそる。これなら火を噴くこともないし、安全度は高いはず。
だったら、これを試してみる価値はあるだろう。
「なあユウリ、いっそ部室の前に売り出してみないか? 試作品だけど、一枚いくらって感じで」 「は? あたしが売るの?」
「オレひとりじゃ対応がきつい。せっかくならミハエルも呼び戻して、天使の笑顔で販売してもらおう。あんたは……その、客寄せとか?」
「まぁ暇だし、いいけど」
ユウリがあっさり承諾するのは意外だったが、ありがたい。
ミハエルもすぐ戻ってきてくれて、「わぁ、これがパンケーキかい? 僕も売り子になっていいの?」なんて目を輝かせている。
かくして部室前に即席で“料理部謹製パンケーキ出張所”が誕生した。
「いらっしゃいませー! 死なないパンケーキ、一枚100円ー! 爆発は一切なしー!」
冗談交じりに呼び込みを始めると、案の定、さっき購買に行っても買えなかった生徒たちが興味津々で集まってきた。
「え、これホントに爆発しないの?」「100円って安すぎじゃね?」「甘そうな匂い……」
みんな疑心暗鬼ながらも、パンケーキに惹かれて財布を取り出す。ミハエルの神々しい笑顔がさらに安心感を与えているのか、どんどん列が伸びていく。
「わあ、これホントに美味しい!」「なんかホッとする味だね」 口々にそんな感想が飛び交う。
ユウリは「おい、あんまり行列並んでもらうと邪魔なんだけど」とぼやきつつも、しっかりお金を受け取っている。トロロは鍋のそばでぷにゅぷにゅ喜び跳ねていた。
「ねえ、これって料理部が作ったの? 危なくない?」 という声に俺は答える。
「大丈夫さ。魔法で無理に膨らませたりしてないから。異世界素材は少しだけだけど、安全な範囲内。実績として死んだ人はいない」
「ほんと? ……じゃ、二枚買っていい?」
みんな背に腹は代えられないようだ。購買が爆発中止なら、ここで安全な昼食を買えるだけマシ。そうやって一気に売り切れかけたころ、今度は妙な気配が廊下の奥から近づいてきた。
見ると、根古屋トメがカッと目を見開いてこっちに歩いてくる。
「ちょっと若いの、こっちで勝手に商売してるんかいな?」
「トメさんも裏で勝手に売ってましたよね」
「細けぇことは気にしないの。せやけど、あんたのパンケーキ、なかなかの客数やないか。購買部に客が戻ってこんやん」
トメはギロッと睨むような顔をするが、すぐにニヤリと不敵に笑う。
「ま、いっぺん味見したる」と言ってパンケーキを手に取り、大きな口でかじった。すると、
「ふむ……なんやこれは。普通に美味い。爆発する気配ゼロ。でも血圧が上がるほどの刺激はないわねぇ」
「そりゃそうですよ。あえてマイルドにしてるんです」
トメはしばし無言で咀嚼し、ゴクリと飲み込むと、渋い顔で腕を組む。
「ほう、なるほど。確かにこれなら一般受けするやろな。……でもアンタ、ほんまにそれでええの? 辛味も癖も魔力のスリルもない、無難な料理ばっかりで」
「いいんですよ、俺が作りたいのは『誰でも食べられる飯』なんで」
そう言い切ると、トメは「ふーん」とだけ呟いて横を向いた。
なんだか不服そうにも見えるが、文句を言うでもなく立ち去っていく。ふと見送る背中が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
さらにしばらくして、噂を聞きつけた生徒が増えてきた。部室前は小さな祭り状態だ。
ユウリが「もう粉がなくなる! 追加は?」と急かしてくるから、俺はあわてて部室に戻って二次仕込みに入る。こうなるとお祭り騒ぎは止まらない。
牛島先輩も「売り上げ好調やなー! もう幽体離脱しそうやわ!」とはしゃいでる。いや、既に幽体だけども。トロロも「ぷにゅっぷにゅっ!」と楽しそうに床を跳ね回っている。
部室がいつも以上に活気づいてるのは、悪くない。
やがて昼休み終了のチャイムが鳴る頃には、焼き上げたパンケーキは全て売り切れた。部室のテーブルには小銭が積み上がり、まるで学園祭の模擬店を大成功させたような雰囲気だ。ユウリがどこか勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「すごいじゃん。今日だけでこんなに売れるなんてね」
「まぐれだよ。購買が爆発したから客が流れただけで」
「それでも誰も死んでないし、不満の声もない。結果オーライでしょ」
そう言われると、素直に嬉しくなる。アラタの風紀査察にも違反ポイントはなかったし、これで料理部が「危ない部活じゃない」って証明の足しになるかもしれない。
部室の外を見れば、ミハエルが「まだ残ってませんか?」と光を放ちながら名残惜しそうにしている。悪いがもう売り切れだ。
片付けを始めようとすると、廊下の向こうから足音が近づく。やれやれ、またアラタが来たかと身構えたら、案の定そうだった。ただ、いつもの険しい表情はやや和らいでいる。
「……どうやら大盛況だったみたいだな。パンケーキは違法素材なし、爆発なし。風紀的にも問題はないと認めざるを得ない」
「お前のその言い方、いちいち引っかかるけど……まあありがとな」
「感謝はいらん。……ただ、昔を思い出した。お前が作る料理で、人が集まって笑ってた光景を、少しだけ懐かしく感じた」
意外な言葉に、俺はわずかに胸がざわつく。
アラタは視線をそらして、「勘違いするなよ」と付け足すように言う。
「別に料理部を肯定するわけじゃないが、問題ない活動なら止めるつもりもない。だが危険食材を使ったら、すぐ取り締まるからな」
「ああ、分かったよ。こっちも校則は守るさ」
そのままアラタはくるりと踵を返し、廊下を去っていく。俺は追いかけるつもりもなく、ただ背中を見送った。きっとあいつなりに、ここを見直し始めている。
まあ、お互いに変な意地張らず、少しずつすり合わせできたらいいんだけどな。
ユウリがそんな様子をジッと眺めている。何か言いたげな顔をしてるが、そのまま黙っている。俺も気にしないフリをして洗い物に戻る。いろいろあったが、今日の部活は“大成功”と言えそうだ。
夕方になる頃には、パンケーキの話が校内ネットで話題になっていて、「料理部の新メニュー、うまかった」「購買に負けない勢い」なんて書き込みがチラホラ。
ミハエルは「これで僕も、おやつを確保できるね」と上機嫌だし、牛島先輩は「パンケーキ食う夢見そうや」なんて寝言を吐きながら冷蔵庫に消えていく。ユウリはスープじゃなかったからか、不満そうに「明日こそスープ作りなよ」とだけ言い残して去っていった。
片付けが終わり、そろそろ帰ろうかと部室のドアを閉める。購買部はすでにシャッターを下ろしていて、煙の痕跡だけが夕暮れに残っている。トメはあれで納得したのか、追加爆発は起きなかったようだ。
明日はどうなるか分からないが……ま、考えたって仕方ない。
「結局俺は飯を作る。購買も風紀委員も、どういう形でぶつかってくるにせよ、腹は減るからな」
誰もいない廊下でそう呟くと、しんとした空気が俺の言葉を吸い込んでいく。パンケーキはパンじゃないから“負ける”とか“勝つ”とかじゃない。けれども、こうしてみんなが安心して食べられるなら、その事実だけで俺は十分に誇れる気がする。
校舎を出ると、夕陽でオレンジ色に染まった空に、ピンク色の異世界キノコが見えている。あれがいまだに校庭に居座ってると思うと、やっぱりおかしな景色だ。
帰り道、ポケットの中でスマホが震える。
見れば、なぜかユウリからのメッセージだ。「パンケーキ、まあまあだった」とだけ書かれていた。俺は吹き出しそうになりながら、ちょっとだけ返事を打つ。
「次はもっとすごいの作るから待ってろ」――半分は本気、半分は照れ隠しだ。
明日の材料はちゃんと調達できるかな、とか、また風紀委員が口を出してくるかもとか、考えだしたらキリがない。けれども、不思議と足取りは軽い。笑いながら靴を鳴らし、校門を抜けていく。
俺の頭の中には、ほんのり甘いパンケーキの匂いが残っている。
面白い/続きが読みたい、と感じて頂けましたら、
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