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第1章 異世界が生えた日とスープのはじまり


 俺の名前は八代 仁。浮ヶ原高校の二年生で、料理部の部長をしている。

 部長といっても実質ひとり部活だけど。いや、正確に言えば“ひとり”じゃない。幽霊だのスライムだの、わけのわからん連中と一緒に鍋をかき回してる。

 ……こう書くと、相当やばい光景に見えるかもしれない。

 でも、俺の高校はもっとやばい。


 三年前、校庭に異世界が“生えた”日から、全部ぶっ壊れた。物理的に地面からニョキッと出てきたんだ。最初は警察やら自衛隊やらが大騒ぎしてたが、キノコが爆発するわけでもなく、そこの空気が毒ガスでもなく、むしろ地元名産が増えるみたいなノリでスルーされ始めた。浮ヶ原高校の生徒たちは慣れが早い。最初の数日は大混乱だったのに、今じゃ「また変な魔法陣浮いてる」「購買にドラゴン並んでる」とか言いながら、いつもどおりに授業を受けている。


 俺も最初は騒いだクチだ。でも、三年間も続けばさすがに慣れる。学校がどんなにぶっ壊れても、人は腹が減る。だから俺は料理部の鍋に材料を放り込み、スープを作る。それが俺の“日常”になったんだ。


 今、校庭を見下ろすために屋上に来てる。錆びた柵にもたれかかりながら、大きくあくびをする。

 下を見ると……ピンク色に発光する巨大なキノコ型の異世界の端っこが、風に揺れている。あれ、けっこう揺れて大丈夫なんだろうか。


「……今日の献立、どうするかな」


 朝からずっと考えてる。料理部といっても活動は地味だし、会員募集もしてない。部員らしい部員なんていない。けど、材料はどんどん増える。購買や謎の冷蔵庫に、異世界食材が山ほど追加されるからだ。

 消化しきれないと腐るし、腐ったら腐ったでたぶん爆発する。

 ここでは腐敗と爆発がセットなんだ。なんでそうなるのか、誰も分かってない。


「しゃあない。今日もスープだ。材料ぶち込んで煮れば、たぶんなんとかなる」


 そうつぶやいて踵を返す。チャイムが鳴る前に部室に向かわないと、廊下が混雑してしまう。それにしても……あそこに見えてる生徒、魔法陣をスライド移動の足場にしてるんだけど、大丈夫なのか。

 俺は目の端でそんな異常を確認しながら、もう無視を決め込む。

 ツッコミが間に合わないなんて慣れてるさ。


 廊下に降りると、ふわりと空気が歪むポイントがある。そこは“時空のひずみ”なんて言われる場所だ。うっかり踏むと、一瞬だけ謎の異世界通路に飛ばされるらしい。

 「らしい」というのは、まだ踏んだことがないからだ。

 今日は足元に注意して……おっと、通り過ぎる。よし、セーフ。


「仁くん、よかったら昼ごはん一緒にどうだい」


 突然、天井の換気口から声が降ってくる。

 反射的に顔を上げると、そこにいるのは白い羽を広げた“天使系男子”――ミハエル。空中浮遊で移動中らしく、背中についた小さな羽がぱたぱたしてる。


「悪い、部室でスープ仕込む。そっちには行けそうにない」

「そうかい。だったら、後で顔だけ出してよ。僕も桜スープの味が恋しくてさ」


 悪びれもなく微笑むミハエル。後光が差してるように見えるのは気のせいじゃない。

 実際、彼の周囲には浄化だか聖なるだかのエフェクトが漂ってる。授業中に彼の席だけ“聖域”みたいに光ってることもある。まあ、浮ヶ原高校じゃ珍しくない。


「じゃ、またな」


 俺がそう言うと、ミハエルは優雅に手を振りながらふわりと上昇していく。

 なんか今日はいつにも増して優雅だな。……そう思ったら突然、頭上から「ごほっ!」というむせ声がして、彼は換気扇に羽を巻き込まれそうになって慌てて飛び去っていった。

 天使でも気をつけろよ、ここは危険地帯なんだから。


 ちょっと笑いながら、廊下の奥にある料理部の部室へ足を進める。

 扉は文化部棟の一番端。歴史ある学校らしく木製でギシギシと軋む。重そうに見えて意外と軽いのは、たぶん改造された影響だろうな。深呼吸してから扉を引く。


 部室の中は、いつもほのかにスープ臭がする。いや、いい匂いのときもあるけど、たまに魔界にんじんの苦い香りとか、よくわからん薬草の匂いも混じる。

 幸い、今朝はまだ鍋を火にかけてないから、そこまで香りはきつくない。


「……おはようございます」


 誰もいないはずなのに、一応挨拶する。俺は人間相手に言ってるわけじゃない。

 部室の奥に置かれた“異世界冷蔵庫”に、一応声をかけとくんだ。

 何しろ、こいつは勝手に素材を増殖させるし、ときには笑い声まで聞こえるオカルト家電。挨拶くらいしてもバチは当たらないだろう。


 それにしても妙にひんやりしてる。冷蔵庫のせいか? 空気が冷たいというか、まるで霊気のような……って、おい。


「うっしー! いるなら返事しろよ!」


 返事の代わりに、冷蔵庫の扉がギイィと開き、白っぽいもやが漂う。その奥からぬっと現れるのは、牛島マサト――俺の先輩であり、幽霊部員。いや、文字通りの幽霊だ。

 二年前にスライム料理で中毒を起こして、そのまま幽体離脱して戻らなくなった、という伝説を作った男。


「なんや、仁か。最近冷蔵庫の中の居心地が良くてなぁ」

「お前は毎日そこで寝泊まりしてるのか……ほんと成仏しろよ」

「まだまだ落ち着かんねん。知らんけど、ここお化け的には快適やねん」


 ハイテンションな関西弁が部室に響く。物理的にはどこにも存在しないはずの声が、確かに聞こえてる。いつもの光景だ。深く考えちゃいけない。

 冷蔵庫を軽く閉めつつ、俺は空になっているガスコンロに鍋を置く。そろそろ仕込むか。


 今日のメニューは“桜スープ”。異世界桜の花びらをベースに、魔界にんじんやら何やら適当に入れるスープだ。外見はほんのりピンク色。味は、日によって全然違う。多分、同じレシピでも気候や魔力の流れが影響するんだろうな。


「さてと。まずは桜花エッセンス、これは薄めないと死ぬ可能性があるから、慎重に測って……」


 独り言をブツブツ言いながら、細心の注意で計量する。

 俺自身、毒耐性があるわけじゃない。だからこそ、慎重にならないと事故る。

 いったん鍋に入れてから、魔界にんじんをザクザク切る。

 デカい包丁を振りかざして、フッと鼻歌が出るくらい集中モードになるんだよな。こういうときだけは自分でも引くレベルの集中力を発揮してしまう。


「ぷっぷくぷー、ノリノリやね仁。今日の味はどうなるんやろか」

「知らん。少なくとも爆発だけは回避したい」


 牛島先輩は楽しそうだけど、爆発はシャレにならない。

 ここ数週間で何度かやらかして、部室の壁に穴を開けた。修理費は保険と謎の補助金でなんとかなるからいいが、さすがに気が咎める。


 そこへ、唐突にドアがギィィと開く。

 振り返らなくても分かる。毎日無言でやって来る、あの無所属少女だ。


「……お邪魔」


 案の定、ユウリ=メルク=アステリオ。

 異世界の王族らしいが、今はただの転校生っぽい格好をしてる。腕組みでつんとした顔つき。俺が何も言わないうちに、彼女はひょいっとイスに腰を下ろす。

 あたかも“ここは自分の席”とでも言わんばかりに。


「今日のスープ、死なないやつ?」

「昨日よりはマシだと思うけどな。一応ベーコンも入れてる」

「ふーん。まあ、一口は飲んでやる」


 毎度こんな調子だ。部員じゃないくせに勝手に入ってくるし、一口だけ味見をしてはどっか行く。

 毒見役にはありがたい……いや、毒見にしては態度がでかいが。


「ユウリちゃん来たら、部屋が華やかになるなあ」


 牛島先輩が嬉しそうに笑う。“生きてる男”ならもっと嬉しそうにするんだろうな。なんせ彼は幽霊だが。

 ユウリは牛島先輩が見えてるのか微妙な様子だけど、彼の関西弁はしっかり聞こえてるらしい。返事はしないが、無視もしてない。


「……って、あれ? 購買部、爆発してへん?」


  突然、遠くからゴォンという鈍い衝撃音が聞こえてきた。窓の外を見下ろすと、校舎の一階にある購買部のシャッターから白煙が立ち昇ってる。いつもの光景だ。たぶん根古屋トメさんが爆発系のパンをまた開発したんだろう。


「購買、なんであんなに元気なんだ。今日も火竜あんパンか?」


 俺が呆れ気味に言うと、ユウリは肩をすくめる。


「行ってみる? ただし爆発に巻き込まれても知らないよ」

「遠慮しとく。こっちはこっちで鍋が危ないんだ」

「ふふ。まあ、せいぜい頑張りなよ」


 ユウリがふっと笑う。いつも毒舌だけど、たまにこういうふうに柔らかい表情をする。

 ……何か言い返そうとしたけど、言葉に詰まった。とりあえず鍋をかき回すことに集中しよう。

 慣れない褒め言葉を投げられると、むず痒い。


 だんだん桜色のスープがいい感じに煮立ってきた。ピンク色の泡がぷくぷくと浮かび、その隙間からベーコンの脂がいい香りを放っている。火は強めでも今のところ爆発の兆候なし。ありがたい。


「ぷにゅっ!」


 突然、足元からぷよぷよした感触が飛びついてきた。

 小さくて桜色をしたスライム――トロロ=ノ=スライミィだ。

 こいつは部室の“マスコット”であり、味見担当でもある。と言っても、語彙は「ぷにゅ」と「まっず!」くらいしか持ってないから、微妙にコミュニケーションが取れない。だが味覚だけは本物らしい。


「トロロも、いいタイミングで来たな。ちょっとスープの匂い嗅いでくれ」

「ぷにゅっ!」


 トロロは鍋のふちをぴょんぴょん跳ねまわり、香りをチェックする。それから小さく震えながら「ぷにゅ、ぷにゅ…」と不思議な声を出す。

 どうやら評価は悪くないらしい。殺傷能力は低そうだ。


「今日は当たりっぽいわね」


 ユウリが俺の背後から少し覗き込む。俺はゆっくりかき混ぜながら、ふっと笑う。

 こういう“変な空間”が、まったく騒ぎにならず日常として流れてることが、自分でもおかしくて仕方ない。


 そんなとき、ドアがバタンと開く音。入ってきたのは光をまとったミハエル。

 さっき天井裏に突っかかってたのに、もう到着したのかよ。


「仁くんのスープ、どんな感じ?」

「試すか? さっき完成したばっかだ」

「ぜひ! これで楽園気分を味わいたいね」


 ミハエルはあっさりした笑みを浮かべて、カバンからスプーンを取り出す。

 ユウリが半分呆れ顔で横にずれる。さっそくミハエルはスープをすくって飲むと、にこりと目を細める。


「うん、楽園の味がする。やっぱり桜スープはいいね」

「お前、毎回それしか言わないだろ。飽きないのか」

「真実だからね」


 ありがたいのか、怪しいのか。ユウリは「舌がおかしいんじゃないの」とぼやく。

 でも、ミハエルのあまりの微笑ましさに毒を吐く気も失せる。天使っぽいオーラがすごいんだよな、本当に。


 そうして鍋の前でワイワイしていると、俺はふと鍋の表面に映った自分の顔を見つめる。

 三年前は、こんな自分を想像したこともなかった。“異世界が生えた”日。あのときはみんなで叫んで、教師も警察も慌ててた。それが今じゃこうだ。


「……こんな世界だろうと、俺はメシを作る。それが俺の戦いだ」


 小声でそう呟くと、何気なくミハエルやユウリの視線がこちらに向く。別に誰かに聞かせたかったわけじゃない。でも、言葉にしないと落ち着かない。料理は誰かに食べてもらって初めて意味がある。

 戦闘能力が皆無の俺には、それくらいしかできないんだから。


「何ブツブツ言ってるの。変な呪文ならやめてよ、巻き添えは勘弁」


 ユウリがわざとらしく顔をしかめる。だけど口元には微かに笑み。俺は「うるせぇ」と返しながら、ひとまず火を止める。


「さて、今日の桜スープ、一口試すか?」

「まあ、死なない程度なら」


 こういう軽口のやり取りが、今の俺たちにとっての“普通”なんだろうな。異世界がどうだろうが、胃袋は常に正直だから。もっとも、ユウリは王族らしいけど、そこをあまり気にした素振りはない。むしろ一番自由にこの部室に出入りしてるし。


「牛島先輩、あんたも飲む?」

「ワイは幽体やから直接は無理やけど、香りでエネルギー吸収はできるねん。ちょいといただくわ」


 そう言って牛島先輩は鼻歌まじりにフワフワと鍋に近づく。幽霊のくせに鼻は効くらしい。ほんとに何なんだろう、この学校。天使や幽霊だけじゃなく、ドラゴンみたいなのもいたりするし。校庭にでかい爪痕が残ってたりするのも日常茶飯事だ。


 ああ、食べ物の話で思い出した。

 購買部が爆発したばかりってことは、今回はどんなパンが飛び出したんだろうか。校内放送が始まるかもしれないと思った矢先――やっぱりスピーカーからガガガとノイズが響く。


『購買部よりお知らせします。本日の新作“火竜パン”は一時販売停止となりました。再起動まで購買は閉鎖しますので、ご了承ください』


 部室が一瞬しん…と静まる。けれど次の瞬間にはユウリが笑いをこぼし、牛島先輩は「またやらかしたんやな~」と呑気にうなずく。俺も思わず苦笑いするしかない。


「よし、じゃあ部活終了までにこのスープをじっくり煮込んでおこう。昼休みにも飲みたい奴が来るかもしれんし」


そう宣言して、俺は蓋を閉める。雑談でもしながらアクを取っていけば、爆発のリスクも減らせるはずだ。地味だけど大切な作業だ。


 ――日が傾きかけたころ、部活の“片付け”を終える。

 昼休みに数人の物好きが来てスープを試していったけど、死人は出なかった。よし、合格。これでひと安心だ。ユウリも牛島先輩も満足そうに雑談していたし、ミハエルはいつの間にか消えていたけど、その後どうしたんだろう。空を飛んで帰ったのか。


「じゃ、私もう帰る」


 ユウリは手にカバンを持ち、ふわりと髪を揺らして立ち上がる。何の躊躇もなく出ていこうとするから、思わず声をかける。


「お前、ほんとに部員じゃないのにな」

「別に入りたいわけじゃないし。でも……あんたが作るスープがまずくなったら、文句言うからね」

「そこは“おいしい”とか感想くれよ」


 彼女は鼻で笑いながら部室を出ていく。背中が見えなくなるまで、俺はその場に突っ立っていた。

 どこか不思議な感覚があるんだよな。ユウリは毒舌でやる気ない風を装ってるけど、実はちょっとだけ“落ち着いている”ようにも見える。それがどうにも気になる。


 牛島先輩も「ワイ、冷蔵庫に戻るわ。お先~」なんて言い残して、ひょいと扉の向こうへ消えた(正確には冷蔵庫の中に消えた)。

 だから部室にはもう俺だけだ。換気扇の音がかすかに鳴っている。


「ふう……今日は平和だったな」


 心の中でつぶやきながら、俺はすこし窓を開ける。夕方の風がひゅっと入り込み、桜スープのほんのり甘い香りを部室中に広げた。

 空にはオレンジ色の夕陽が射している。

 疲れはするが、不思議と悪い気分じゃない。


 部室を後にして廊下を歩いていると、突然、視界の端に見覚えのある男が立っていた。

 久遠アラタ。風紀委員だ。元々は俺のクラスメイトで、昔はちょっとだけ仲良くやってた気がする。

 でも今は完全に風紀側の人間で、異世界素材の取り締まりに血走ってるらしい。


「……まだあんなことやってるのか」

 アラタは小声でそう言う。俺は足を止めて、薄暗い廊下の中で彼と向き合う。


「お前こそ、風紀委員なんて柄じゃないだろ。どうだ、たまには飯食いに来るか?」


 さらっと誘ってみるが、彼は冷たい瞳で俺を見返すだけ。昔は同じクラスで一緒にバカやった仲だった。それがいまはこのザマだ。異世界のせいで気が狂う人間は多い。

 俺と同じように“何か”を抱えてるのかもしれない。


「……俺はもう、あんな日常に戻るつもりはない。悪いが、誘いは遠慮する」

 それだけ言い捨て、アラタは背筋を伸ばして歩き去っていく。

 靴音が規則正しい。彼にとっての正しさと、俺の料理部の活動は相容れないらしい。

 なんだか釈然としない。


「まあ、別に無理強いしたいわけじゃないけどな」


 そう呟いて、肩をすくめる。また明日も一日、スープを煮るだけだ。アラタがどんなに突っ張ろうと、ユウリがどんなに毒舌でも、牛島先輩が幽霊でも、ミハエルが天使でも。俺は俺のやり方で、“普通に”飯を作っていく。

 それがこの異常な学園で、俺ができる最大の抵抗というか……生き方みたいなもんだろう。


 校舎を出ると、門のほうから「購買の火竜パンが灰になりました」という悲鳴混じりの笑い声が聞こえてくる。遠くでは魔法陣が点滅してるし、誰かがホウキみたいなのに乗って空を飛んでるのも見える。


「よし、帰るか」


 誰にともなくつぶやいて、俺はスマホをポケットに突っ込み、校門の外へ足を運ぶ。

 夕陽を背にして歩くと、鼻先にはまだ桜スープの香りが残ってる気がする。あの淡いピンク色、意外とクセになるんだよな。


 明日のメニューをどうするか考えながら、俺はゆっくりと通学路をたどる。

 校庭に突き立ったあの異世界キノコが、ずっと背後で揺れている。でも気にしない。誰も気にしてない。


 ――世界がいくらおかしくなっても、腹は減る。

 ああ、そうだ。明日は“雷魚とユニコーンハーブの煮込み”ってやつを試そうか。微妙に危険な素材だけど、上手くやればきっとおいしいスープになるはず。トロロは悲鳴あげるかもしれないが、そこをなんとか……。


 ツッコミを入れる暇もないほど狂った学園だけど、いろんな意味で“腹を満たす”場所だと信じてるから。飲めば死ぬかもしれないスープでも、うまくやれば美味しくなる。

 これは俺の勝手な思い込みかもしれない。だけどもう、戻る気も変わる気もないんだよな。


 ――ああ、そういえば、ユウリのやつ、今日のスープをどう評価したっけ? ふと思い返すと、彼女は珍しく最後にちょっと笑ってくれていた気がする。

 あれは「おいしかった」って意味だろうか。奴の性格を考えるとどうせ口には出さないだろうけど、まあ、そういうところも“普通”に思えてしまうから困る。


 そうやって、俺は夕闇が迫る道を歩いていく。頭の中には次のメニューのことと、今日の部室の光景がずっとぐるぐるしてる。これでいい。俺はただ、誰かの腹を満たすスープを作っていたい。

 それこそが、この異常な学校で俺が生き残る術なんだから。まったく、変な話だろ?


 だけど不思議と悪くない。桜の花びらが散っていくような淡い香りを、俺の鼻がかすかに覚えている。この香りだけは、最初に作ったときから一度も嫌じゃなかった。


 ……まあ、明日も適当に頑張るか。

 何が起きても腹は減るんだし。俺の戦いは“鍋の前”にある。

 そう思いながら、俺は桜スープの余韻をほんのり感じたまま、家へと足を進める。


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