不思議の扉
いつもの帰り道、そのあまり人通りの無い住宅地に歯が抜けたようにある空き地。その道路側に扉が唐突に置いてある。朝には無かったものだ、あったらすぐに気がついている。
扉はどこかの漫画の道具のように、ただそこにあった。扉は建物の中に入るためのものだ、建物も無い扉はただの開く壁だ。
ドアノブを握り開いてみる。当然向こう側は空き地だ。いきなり異世界や自宅に着いたりはしない。何回か開閉を繰り返す。しかし、何も変化は起きない。
疑問に思いつつも帰ろうとすると、後ろから人がやってくる。悪いことをしたわけではないが、急いで近くの曲がり道に隠れてしまう。
後ろからきた男も謎の扉に気がついたのか、興味深そうに眺めている。その男もドアを開け閉めしたり、扉の裏側に行ったりうろうろしている。ついに腕組みをして考え出す男を見て、笑いがこみ上げると同時に、さっきの自分を思い出し少し気恥ずかしくなる。
その男も諦めたのかこっちに向かって歩いてくる。男に見つからないように自分も帰路についた。
次の日、例の空き地に一人の老人が立っていた。昨日あったはずの扉も無くなっている。この老人なら扉について何か知っているのかもしれない、そう思い話しかけてみる。
「こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「あの、昨日ここに変な扉がありましたよね?」
「ほっほっほ、気がつきましたかあの扉に」
無邪気に笑う老人。やはり何か知っているみたいだ。
「あの扉、何のための扉か知っているんですか?」
「何のためと言われると何の意味の無いとしか言えませんね。あれはそのための扉です」
さっぱり意味がわからない。意味の無いことのための扉。それでは矛盾してしまう。
「実はですね。あれは疑問を生むための扉なんですよ」
「疑問のため?」
「そうです。現代はなんでもかんでも調べればすぐにわかってしまいます。ですが疑問に思ったり、そこから想像したりすることは楽しいものです。私はそのためにあの扉を置いたのです。現にあなたも私に話しかけるとき興味津々な顔をしていましたよ」
そういってうれしそうに笑う老人。まんまとこの老人の策略に、はまってしまったみたいだ。だがそこまで悪い気分はしなかった、久しぶりに童心に返ったみたいで楽しかったのは事実だからだ。
「そういえばここにあった扉はどこに行ったんですか?」
「それは、あなたの想像にお任せしましょう」
またうれしそうに去っていく老人。私も会社に向かうために歩き出す。いつもは退屈でつまらない通勤時間だが、今日は楽しくなりそうだった。