第21話 願い望んだ景色
「何事だ!!!」
突如、謁見の間に飛び込んできたユーリに対してディバン陛下がかつてないほど怒りをあらわにする。
初めて見る形相に驚いたが、この驚きはすぐにより大きな驚きで上書きされた。
「重要な会議中大変申し訳ありません!! ですがっ、ですがどうか私のお話を聞いてはいただけませんでしょうかっ!!」
ここにいるのは三人の王族とその護衛、役職付きの重鎮、そして俺たち。
確かに俺たちも俺の名前で爵位を受け取ることになっているが、公爵家というのはこの国で王族の次に尊き身分だ。
そんな高貴な血筋のユーリが、平民が貴族に無礼を働いてしまったときのような姿勢で平伏しながらそう叫んだのだ。
「……ッ、急ぐのだ!」
さすがの陛下もユーリの尋常ではない様子に面くらったようで、不問として話すことを許可する。
「陛下のご慈悲に感謝を。あまり時間もかけられませんので、手短にお話します」
人違いを疑うほど丁寧な口調になったユーリが若干早口気味に語りだす。
「本日の朝のことです。屋敷が何やら騒がしく、部屋に来た者に話を聞いたところ父が倒れたということでした」
「なっ!?」
あまりの衝撃の連続に俺たちは声も出せず、従妹同士の関係である陛下は目を見開いてそう声を上げた。
「……残念ながら現在でも回復の見込みはなく……と、話はそれだけにとどまりません。これは目撃者の証言のため確証があるわけではないのですが……父を刺したのは兄であると……」
「ユーリよ! それを口にすることがどういうことか分かっているのか!!」
ディバン陛下は入って来たユーリを怒鳴りつけた時以上に激昂して、ユーリを糾弾する。
だが、それを受けてなおユーリは止まらなかった。
「分かっております陛下。ことが落ち着き兄が無実だった場合はこの首を断つ覚悟です」
ユーリの覚悟は本物だ。
するとユーリが俺の方を改めて向き直った。
「ロティス! 無理な頼みとは百も承知だ。だが、一度奴らの策謀に手を貸した私には分かる! ルシールの、おそらく兄の裏には魔族がいる! どうか、どうか兄を……ルシールを救ってはくれないか!!」
床と頭がぶつかるほどの勢いで頭を下げるユーリ。
俺はちらりと陛下を見た。
横目に見る陛下は混迷を極める状況に非常に苦心している様だった。
「ユー」
「待ってください!」
俺が口を開こうとしたところを今度はフィネレが遮る。
「ユーリさんのルシール公爵家の状況は理解しました。ですが、今からロティスさんをルシール公爵家へ向かわせるわけにはいかないのです」
それはその通りだ。
ユーリに遮られてしまったが、先ほどの口振りから察するにフィネレの星詠ではマーズの壊滅を止めるためには俺が必要。
それも時間的にかなりシビアという所だろう。
「そんなっ……」
ユーリが膝から崩れ落ちる。
この様子から見てもやはり、ルシール公爵家もかなりまずい状況に思える。
まずい、あまりにまずい状況だ。
もし、ユーリの言う通りルシール公爵家の裏に魔族がいた場合マーズを救えたとしても今度はルシール領が壊滅してしまう恐れだってある。
それにルシール領は治めているユーリの父が倒れ、後継のはずの兄の裏には魔族の影……ルシールの壊滅も冗談だと切って捨てるにはあまりに状況証拠が出すぎている。
……どうにかならないものか。
俺が、俺が二人いれば……。
やるせない状況に握る拳に力がこもる。
どちらかは壊滅させられる運命なのか?
そんな絶望が頭をよぎった時、俺の手は握る以上のやさしさで包まれた。
「え?」
横を振り向くと俺の手を包んでいたのはエモニの手。
目が合うと柔らかくはにかんで顔を俺によせ、耳元で「任せて」と呟き、エモニはおもむろに立ち上がった。
「私がルシール公爵家の方へ行きます」
!?
「え、エモニっ!?」
何を言い出すかと思えばそんなこと……と止めようと思って、言葉が、思考が止まった。
俺の横に立つエモニは間違いなくエモニなのに、いつもとどこか違うオーラのようなものを纏っている。
まるで勇者のような……。
「エモニさんが、ですか?」
ユーリは少し怪訝な目でエモニを見つめる。
そんなユーリを見て俺の脳はようやく動きを取り戻し始めた。
確かに、勇者魔法を自分の意思で扱えるエモニならば俺の代わりどころか俺以上の働きが期待できる。
だが、だがそれは俺には許容できない。
「待て、ダメだエモニ」
エモニにはかけたことのない強い語気でエモニを止めようとする。
だが、彼女の意思は固いようだった。
「大丈夫、大丈夫だよロティス」
俺をたしなめるようにやさしい口調のエモニ。
だが、どうしても俺はそれを認めることは出来ない。
だって、だってこのゲームは……。
「頼むよ……俺が守るから。頼むから俺の傍にいてくれ」
エモニを絶望させるために作られたようなゲームなのだから。
俺はここが謁見の間だということも忘れて、必死でエモニに縋りつく。
何十、何百、何千とデバッカーも涙目なほど俺はエモニを救おうとした。
それでも、それでも一度もエモニを絶望から救い出すことは出来なかった。
もう、俺はエモニの絶望に落ちた顔を見るわけにはいかないんだ。
「ふふっ、ロティスも泣くことあるんだね」
そう言いながら俺の頬へ手を伸ばし、零れてきた雫を拭うエモニ。
「心配は嬉しいよ。でも、誰かがやらなきゃだめなら私が行きたいの。私なら、できると思うから」
確信と決意に満ちた表情でそう言うエモニ。
その表情からは俺が何度も何度も何度も何度も脳裏に焼き付くほど見て来た絶望に染まってしまったエモニの面影は一片もなく、ただ純粋でまっすぐな希望だけが感じられる。
「ロティスのおかげだよ。ロティスが、みんなが、最高の仲間がずっと一緒に居てくれたから、私のことを守ってくれたから、私は一歩踏み出せる勇気が持てた」
ああ……ああ、まさかこれが……。
「今度は私がロティスの役に立つ番だよ。だって私――」
大きく息を吸って周囲にもしっかりと聞こえるような声量でエモニは言い放った。
「勇者だから!」
そこには誰もが想像したことのあるであろう、希望と勇気に満ち溢れ、その存在だけで周囲を照らしてしまうような本物の勇者が立っていた。
これが、このシーンが書きたかったんだ!!!
自画自賛みたいで申し訳ないのですが、正直書きながら泣きそうになりました。
本当の勇者覚醒イベント、ロティスこと魚谷誠が切望しながらもたどり着けなかった到達点。
最初は戦闘シーンだったりロティスが倒れたときに描こうという構想でしたが、こういう会話のシーンこそ、エモニが一番輝くと、そう思いました。
内気で嫉妬深くてヤンデレ気味なエモニが大好きなロティスのためにその道を照らす光になる。
最高の勇者で、最高のヒロインになってくれたと思います。
とは言え作中の問題は何一つ解決していませんので、まだまだ続きます。
これからも本作、救世主転生をよろしくお願いいたします!




