第18話 極限魔法
ただ、音だけの声を響かせながら、その不死者は暴れ回る。
どこか、苦しそうにも見えるその姿を、俺は少し離れた位置から薄く閉じた半眼で視界に捉えていた。
だが、本当にそれは視界に捉えているだけ。
いや、入っているだけと言ってしまってもいいだろう。
「ぐぅぅぅぅぅう……」
今まで扱ってきたどんな魔法、今まで対峙してきたどの魔法よりも強い力を持つ魔法が自分の腕の中でどんどん大きくなっていくのが分かる。
その圧力はあまりに強く、全力の救世主とこれまで培ってきた魔法制御力を持ってしても、ほんのわずかに集中を欠いてしまえば、すぐさま暴発してしまいそうな危うさを持っている。
「ミリアさんっ! そっち行くよ!」
「ええ、分かってるわ!」
みんなの戦闘音が懐かしい作業用のBGMのように俺の集中力を高めてくれる。
「エモニ! ヤツがロティスの方へ行こうとしておるっ!」
「大丈夫! ロティスは私が守るっ!」
俺を守りながらの戦闘。
普段は守る側にいるつもりの俺だが、守られるという感覚はやはり存外悪くない。
ミリアに背負われながらハイオークを倒したあの日が懐かしい。
「ユメちゃんっ!」
「問題ないのじゃ!」
それは半眼の俺にも分かるような明確な隙だった。
当たれば致命傷は免れないとも言える大振りの攻撃を間一髪のタイミングでユメが躱すことで出来た大きな隙。
そして、そのタイミングは絶好だった。
「「「ロティスっっ!!!」」」
みんなの信頼が、感情が伝わってくる。
本当に最高の仲間だ。
だから――絶対に失敗はしない。
むしろ――失敗する要素がなかった。
「土属性極限魔法〈ガイア〉」
俺が選んだのはこちらに来てから何かと世話になって来た土属性の魔法。
エモニに魔法を教えることで、きっとこの世界に俺が初めて影響を与えた魔法。
その極地を――今。
轟音と共に地面が揺れる。
これまでの岩の塊を生成してきた土属性魔法とは違い、この魔法は生命の大元である大地をも震わせる。
そして、不死者の足元の地面が裂けた。
そこに見えるのは底知れぬ闇。
その闇は不死者を飲み込んでいく、不死者はもがいているもののまるで足を掴まれたかのように抵抗虚しく落ちていく。
ガイアの、地の神の怒りに触れるような不死者という存在が、その神の如き魔法によって姿を消した。
「ロティスっ!」
極限魔法がその効力を終えるとまるで何事もなかったかのように大地は元の形状に戻って行く。
そして、それを見届けながら俺は――意識を手放した。
……消えゆく視界の中で先ほどの不死者らしき魔族が感謝を述べていたように感じたのは、俺の夢だったのだろうか。
◇◇◇
「ィスっ! ロティスっ!」
エモニの震える声が聞えて、微かに意識が覚醒してきた。
あぁ、また心配させちゃったか。
「エモニちゃん。気持ちは分かるけど落ち着きましょう。きっと魔力切れよ」
ミリアもエモニに言い聞かせているようで、自分自身を諭しているかのような言い草だ。
くそっ、これじゃあ恰好付かないな。
「うむ、そうじゃな。ロティスの救世主はただでさえ消耗が激しいと言うのに、こやつは涼しい顔でかの魔法を使って見せるせいでこの姿に慣れておらぬだけじゃ。本来ならあの魔法を使うたびにこうなってもおかしくはないのじゃ」
……そうだったのか。
どうやら物心ついたころから魔力を鍛えて来た甲斐はあったみたいだな。
ユメに関しては俺のことは心配していなさそうだ。
無論、信頼ゆえのものであることは……言うまでもないか。
だんだんと体に力が戻って来た。
重かった瞼が徐々に光を捉えていく。
「うっ……」
どのくらい意識を失っていたかは分からないが、どうやら洞窟内は脱出できたらしい。
そのせいで想定以上の光が目に差し込み、思わず呻き声のような声が漏れ出てしまう。
「「「ロティスっ!?」」」
今日の俺の失敗はきっとこれだろう。
先ほどまで余裕ありげな態度を見せていたユメでさえ酷い顔をしている。
「え、いや、皆、違うぞ? ちょっと眩しかっただけで……ちょ、ほんとに、大丈夫……」
俺の抵抗虚しく、少し開けた洞窟の入口あたりで一人の男が三人の見目麗しい女性に揉みくちゃにされる構図が完成してしまった。
「ロティスっロティスっ! ロティスロティスロティスロティスロティス」
エモニは壊れたおもちゃのように俺の名前を連呼し、
「大丈夫? どこが痛むの? いや、魔力切れってことは頭よね! ちょっと待って私がすぐに治してあげる」
ミリアは珍しく一人でから回って、その暴力的なまでの破壊力を持つ双丘で俺を窒息させようし、
「嘘じゃ! ワシも本当はずっと心配で……頼む! もう、一人虚しく佇むのは耐えられぬのじゃ!」
ユメはユメであの六階層に一人で閉じ込められていたことが実はトラウマになっていたらしく、先ほどの格好いい相棒ポジションの風格はどこ吹く風、半べそで俺の腹あたりに顔をうずめている。
「エモニ、ミリア、ユメ、大丈夫、大丈夫だから」
押し倒され押さえつけられてなお、辛うじて動く両の手を必死にみんなの背に回し、できる限り優しい声で伝え聞かせる。
「ほんとに?」
その声は誰のものか。
皆、各々の言葉で俺にその真偽を問う。
「ああ、ほんとだから。休ませてもらったおかげでこの通り、体調はもう大丈夫だ」
身体でもそれを示すようにその場で軽く飛び跳ねてみせる。
「よ、よかったぁ」
そう言って三人が胸をなでおろす。
……いつの間にかミリアとユメもエモニばりの重さを持ち始めてしまった気がしないでもない。
もちろん、もちろん死ぬ気はないし、エモニを笑顔にする決意に変わりはないのだが……。
もし、俺に何かがあったら……。
そこまで考えて、俺は激しく首を振った。
この思考は必要のない思考だ。
そう、そんな未来を訪れさせるわけにはいかないのだから。
だから、今もこうしている場合ではない。
「皆、心配をかけたのは悪かった。この埋め合わせは必ずさせてもらう。けど……」
「ええ、分かっているわ。一刻も早く王都に戻りましょう。ルシール公爵家のことも気になるけど、今はフィネラ王女の星詠の方が気になるわ」
「うむ、そうじゃの!」
「そうだったね! じゃあ、帰ろっか!」
そうして俺たちが歩き出そうとした時だった。
何とタイミングの良いことか、王家の紋を付けた馬車が馬を使いつぶしてしまうんじゃないかという勢いでこちらへ向かって来ていた。
中々の力作、結構渾身の一話になりました。
最近控えめだったヒロインたちの重さも出せて作者満足の一話です!




