第17話 死んだ不死者
不快な瘴気に向かって進んで行く。
深くなればなるほど、瘴気は濃くなり息苦しくなっていく。
「参ったな……この環境下で物理攻撃が効かない相手とは」
「そうね……これでは咄嗟の詠唱は苦しいわ」
戦闘魔法の行使には詠唱が必要。
これは勇者であるエモニでも、俺たちの魔法の師匠であるミリアでも、そもそも刀なユメでも覆せないこの世界の法則のようなものだ。
どれだけ魔力が大きかろうと、この世界の人間が詠唱無しで使うことが出来る魔法の規模は火魔法で例えるなら着火マン程度だ。
「それでもやるしかないのじゃ。今は一刻も早い脱出と現状確認が最優先じゃろう」
「ああ、そうだな。……それに、そろそろ臨戦態勢を取っていた方が良さそうだ」
俺の言葉で全員が意識を完全に戦闘モードへと切り替える。
敵の気配がもう既にそこまで感じられる距離。
無駄口も余計な足音や物音もたてない、かつてないまでの全員の全力に空気はこれ以上ないほど張り詰めていた。
◇◇◇
「………………」
洞窟の最奥、ソレはただそこに在った。
おそらく生前は力強い魔力を宿していたであろう瞳ももう、何の色も持たない。
不死王、魔将ネビロスはそこで――死んでいる。
◇◇◇
「ロティスっ! あれは……!」
一番最初にそれを見つけたのは、やはり感知能力に優れたユメだった。
「……あれが、不死者か。不死者という割にはだいぶ死んでいそうだが」
凄まじく不快な魔力が漂ってこそいるが、明らかにこいつは生きていない。
不死者のデフォルトがこうなのか?
どちらかというとゾンビとか動く死体とかそっちの類に見えるのだが……。
「これ、どうすればいいの? 死んでる相手って倒せるの?」
「そうねぇ……」
エモニの疑問は俺も全く同じに思っていたことだ。
こいつ……物理どころか魔法も効くのか?
だが、ゆっくりと思考している時間はなかった。
「……! 皆、警戒するのじゃ! ヤツが動こうとしておるっ!」
即座に跳び退き、再びの臨戦態勢。
「……***!」
そしてユメの忠告通り、不死者は聞き取れない声で叫びながら俺へ突っ込んできた。
「ぐぅっ……」
不死者とは思えない程の素早い動き。
咄嗟に二刀を抜刀し、刀を交差させて受け止めるも、まるで入口に施された障壁を斬りつけたときのような感触と衝撃が腕に走った。
「ロティスっ! 早く離れてっ!」
しびれる腕を気力で動かし、体勢に構わず横っ飛びで離れる。
「よし、今じゃ!」
俺が離れたことを確認するとユメの合図で三人が魔法を発動させた。
「「「土属性上位魔法〈テルース〉!!!」」」
三方向から不死者を閉じ込めるように放たれた土属性魔法。
三人とも相当の魔力を込めた一撃だった。
――だが
「*******!?!」
不死者はその腕の一振りで巨石を払いのけ、まるで何事もなかったかのように俺へ追撃を仕掛けてくる。
「ロティスっ!」
エモニの悲痛な叫びが洞窟内に木霊する。
こいつは出し惜しみしている場合じゃない。
「救世主!」
俺に与えられたこの世界でも過去に使用者が一人しかいないと言われるこの力。
正真正銘俺の切り札であり、奥の手だ。
強化された全身をフルに使い、手をばねにして崩れた態勢を整える。
「良かった……」
エモニが安堵の声を漏らす。
その声を聞きながら不死者と俺たちはじりじりと間合いを測りながら、次の攻勢の機を窺い合う。
「***」
「どうするのじゃ? このままでは埒が明かぬぞ」
距離を保ちながら、打開の策を考える。
「でも、上位魔法以上にこの相手に効果がある魔法なんてあるの?」
エモニの呟きにミリアとユメが顔をしかめる。
上位魔法以上の魔法……実際には存在はしているのだ。
だが、ミリアとユメのあの表情を見る限り、二人とも戦闘で十分に使うレベルには達していないのだろう。
そもそも上位魔法をポンポン使える俺たちが規格外(中でも勇者のエモニは別格)なだけで、その上など各国の歴史に英雄として名を残すほどの存在で使えるかどうかという代物なのだ。
俺の魔法の腕も良く見積もってミリアと同程度と言ったところ。
ぶっつけ本番では何が起こるかわからない。
だが、一つだけ可能性がある。
救世主だ。
この力は俺の力と聖魔法の力を高めてくれる力がおそらくある。
いつも救世主を使うときは魔法ではなく刀術を使っていたため、これは推論に過ぎないが……試してみる価値はある。
「俺がやる」
覚悟を決めて名乗り出る。
「ロティス……」
「いくらあなたでもそれは……」
エモニとミリアが不安そうな顔で俺へ視線を向けた。
上位魔法のさらに上――極限魔法。
それには難易度だけでない壁が存在するのだ。
それが消費魔力のランダム性。
「絶望勇者」の世界において極限魔法を使うキャラは何人か存在する。
だが、エモニを除いてその使用者全員が極限魔法の使用後にその膨大な消費魔力に体が耐えられず死亡するのだ。
……本当に血も涙もないゲームだが、今はどうでもいい。
だが、そうは言っても消費魔力はランダム。
ゲーム内でのエモニは大した魔力を消費せずに極限魔法を乱発したりできる。
よって今の俺に必要なのは運。
救世主の力を利用して、極限魔法を構築し、あとは運に任せる。
おそらくこの不死者を倒す方法はそれしかない。
「……ロティス、分かっているのか?」
ユメがかつてないほどに真剣な表情でこちらを見てくる。
おそらくエモニは極限魔法の存在を知らないのだろう。
もし知っていたら、俺の死の可能性をトリガーに勇者覚醒を暴発させていそうだからな……。
だからこそ、このユメの問いに俺は不安を見せるわけにはいかなかった。
「ああ、問題ない。皆、一瞬でいい。あいつの足止めを頼めるか?」
「……うむ、引き受けたのじゃ」
「任せて!」
「……分かったわ」
ロティスを見守ることに決めたユメ。
極限魔法を知らず、ロティスに頼られたことでやる気を出したエモニ。
すべてを理解し、複雑な表情を浮かべるミリア。
三者三様の顔色だが、思うことは同じだった。
(ロティスに何かあったら……もう……)
そんな三人の心情を理解してか、ただ極限魔法に集中するためになのか、かつてのどの瞬間よりも必死の形相を浮かべながら、ロティスは魔法を紡ぎだした。