第16話 蜘蛛の巣
敵の姿も見ないまま、ひたすらに走ってようやく入口が見えて来た。
「ユメ、このまま洞窟の外に出るか?」
「うむ、ペースを落とさず走るのじゃ!」
もうあと数歩で洞窟から出られる、そう思った時――
「皆止まって!」
ミリアが突然叫び、勢いを殺すために踵を地面に突き立てるようにして急ブレーキをかける。
「ミリア? いったいどうし……」
その様子に一歩遅れて俺が振り返ろうとした時、妙な違和感を洞窟の入口から感じた。
俺の感じた違和感には皆も気が付いたようで、ミリアの言葉通りに入口ギリギリで停止する。
「これは……? 障壁?」
ゆっくりと入口に近づいてみると、そこまで寄ってようやく見えるほどごく薄い障壁が洞窟の入口を塞ぐように展開されていた。
俺がそう言うと、ブレーキの衝撃でえぐれた地面の土塊を拾い上げたエモニが障壁に向けてそれを投げる。
「でも、この障壁、土は何の抵抗もなく通り過ぎたよ?」
「……これは一定以上の魔力を持つ者を弾く障壁じゃ」
エモニの確認で確信したという様子のユメが重々しげにそう言う。
「ユメ、どういうことだ? つまり俺たちは今……」
「うむ、その通りじゃ。ワシらはどうやらここに閉じ込められてしまったようじゃ」
「「「……!」」」
「……一旦落ち着こう。ユメ、さっき何かに気が付いたみたいだったけど何だったんだ?」
ここでパニックになってはダメだ。
まずは落ち着いて情報を整理すべき、と即座に判断した俺は障壁のことは一旦横に置いて、先に気になっていたことをユメに聞いた。
「うむ、先のあの不快な魔力を皆も感じたじゃろう? あれは不死者や生き死体の放つ魔力じゃ」
「……不死者や生き死体? なんでそんなものがここに?」
不死者と言えばこのゲームにも不死者王ネビロスと言う魔将がいたはずだが……。
「それは分からぬ。じゃが、あれと真っ向から向き合うのは非常に厄介じゃ……じゃから洞窟を出て全員で火属性魔法を洞窟内に打ち込んだ後、この洞窟を埋めてしまおうと思ったのじゃが……」
「入口が塞がっていたと……」
「うむ、その通りじゃ」
思考が高速で回り始める。
やはりルシール公爵家からの指名依頼は罠だったのか?
ミナさんが俺たちを嵌めたとは思えないが、あのリーシアさんの目を掻い潜ってそんなことができるものか?
「ねぇ、ロティス……どうする?」
不安そうな表情をしたエモニが控えめに服の裾をつかんで聞いてくる。
「ユメの言う不死者とやらを倒すしかないだろうな……」
「そうね……早く倒してここから脱出するべきだと思うわ」
俺の言葉に先ほどから思案顔で何かをずっと考えているようなミリアも賛同する。
「うむ……。あまり気ノリはしないがそれしかないのう」
「ユメちゃん。不死者の弱点とかはないの?」
「弱点のう……残念ながら弱点はない。それ以上に彼奴らには物理的な手段での攻撃はほとんど意味をなさぬのじゃ」
なるほど。
ユメが早々に撤退の指示を出したのはそう言う理由か。
俺たちは全員が一流の魔法使いとそん色ないレベルで魔法を扱えることに間違いはない。
だが、それでも一番の破壊力、攻撃力を持つのはエモニの勇者魔法を除けば俺の刀術なのだ。
俺たちを脱出させないような結界を張り、あのレベルの魔力を持つ相手にそれが通用しないとなると……確かに相手にしたくない。
「じゃあ、今回は全員で魔法を使って戦うしかないな」
「うむ……いくらワシやミリアを使ったロティスでも不死者をやり合うには分が悪いと言わざるを得ぬからの」
「でも今回は皆いるし、大丈夫だよねロティス?」
「ああ、大丈夫だ。よし、行くぞ!」
そう声をかけ、改めて洞窟の奥へと走り出す。
エモニとユメはやる気になっている様子だったが、ミリアはまだ何か心配事がありそうな表情をしていた。
◇◇◇
先ほど撤退を決めたあたりを超えるとあの不快な魔力がどんどんと強くなってきた。
「これは……相当な大物が居そうだが、なんでこんなところに引きこもってるんだ?」
「うむ、それが分からぬな。一体どういうことのなのか」
これほどの大物がこんなただの洞窟に引きこもる様な理由はあるのだろうか?
仮に魔将クラスならば……とそこまで考えて、一つの可能性が思い浮かんだ。
「……この相手も閉じ込められたんじゃないか?」
「ふむ……それは確かにあり得るかもしれぬ。あの入口の障壁がどういったものかはわからぬが、ワシらが入るときには作動していなかった。この相手が同じような状況になった可能性も十分に考えられる」
「きっとそうね。これは一刻を争う状況かもしれないわ」
ユメの考察を聞いたミリアがずっと思案顔だった表情を確信めいたものに変えて、そう言った。
「どういうことミリアさん?」
「詳しい経緯は分からないけど多分……今、王都の方ではフィネレ王女がダンジョンブレイクの未来を見ているんじゃないかしら?」
「「「!!」」」
言われてみれば確かに、最近の嵐の前の静けさのような穏やかな日々。
突然届いたというルシール公爵家からの指名依頼。
何かの作為を感じるなという方が難しいような偶然が重なっている。
ミリアはこの違和感をさっきから感じていたのだろう。
「きっと、敵は私たちが動くのを待っていたのよ。だからギリギリまでフィネレ王女の星詠にも映らず、私たちは出発してしまった」
フィネレ王女の星詠は近いうちに起こる出来事を予知する能力。
俺たちが動かない限り怒らない未来ならば、事前に予知することは出来ないという訳か。
「やられたな……おそらく、ブレイクするダンジョンは前に言っていたマーズのダンジョンだろうが……それが見えなくなっていたってことはダンジョンブレイクを操作できる存在がいるってことだよな」
「そういえば、マーズのダンジョンってクラス3以下のコントラクターじゃないと入れないんだよね?」
ふとエモニがそんなことを言う。
「……! まさか!」
「うむ、間違いないのう。おそらくそのマーズとやらのダンジョンと先ほどの障壁は似たようなものなのじゃろう」
つながりは見えて来た。
だが、俺たちの行動は先読みされ、蜘蛛の巣に捉えられてしまっているかのような、そんな不安が心に積もっていく。
「とりあえず急ごう。なんにせよまずはここから脱出しないと始まらない」
「うん! そうだよね! 大丈夫、大丈夫!」
いつもは真っ先に不安がるエモニも今回はみんな揃っているおかげか、このような事態に慣れて来たのか、不安を表に見せないように振舞っている。
こんな状況だが、俺はエモニの変化に少し嬉しくなってしまった。




