第15話 時すでに……
洞窟に足を踏み入れるも、やはりおかしな気配どころか魔物の気配すらも感じられなかった。
だが、得も言われぬような重い空気が漂いっているようでそれが一番不気味に感じられた。
「ほんと、何も感じないこの空気がこんなに不気味に感じられるとはね……」
洞窟内では俺たちの声と足音が聞こえるばかりで、たまに聞こえる音は尖った岩の先から下たる水滴の音程度だ。
「ねえ、ミリアさん。ギルドが依頼を受け入れるときに独自に調査とかってしないの?」
前回の銀翼の件があってか、中でもひと際警戒心を強めているエモニがミリアに質問する。
「そうね……普通の依頼ならギルドが調査したり、コントラクターが自分の名前を賭けて依頼を出すことが多いわ。月の街とかの規模になると調査員がいないこともあるからある程度は依頼者の信頼による部分が大きくなる感じね」
なるほど。
ギルドに提出される依頼はそう言うバックボーンがあるのか。
絶望勇者はどの依頼も一度しか受けられなかったが、他のゲームだと依頼やクエストなどは当たり前のように据え置きだったからな……。
と、俺はまた知らなかった絶望勇者の裏設定を聞いて感心していたのだが、エモニは別の部分が気になったようだ。
「普通の依頼って? 今回みたいな指名依頼は違うってこと?」
「ええ、そうよ。特に貴族からの指名依頼にはギルドが口を出しにくいわ。でも、ルシール公爵家ほどの大貴族がそんな杜撰な調査で依頼を出したりはしないと思うのだけど……」
「でも、あのユーリは魔族にいいように使われていたでしょ? 最後こそ和解したけど、月の街出発前のあの感じが親子共通だったら……」
そう言いエモニは最悪を想定してしまったのか身体を震わせた。
それを聞いたミリアも黙り込んでしまう。
確かに……言われてみれば、今回の指名依頼も急だったよな。
しかも、俺たちの専属受付になってくれたミナさんは新しい職場に来たばかり。
工作するには最適の条件が整っていると見ることもできるのではないだろうか。
「ふむ、これは嵌められたかもしれぬな」
一人、洞窟内に入ってからはずっと黙っていたユメがぽつりと口を開く。
「何か感じたのか? ユメ?」
「いや、何も感じぬ。じゃが、さすがにこれだけ洞窟内に入って来て魔物どころか生物の気配が一切感じられないのは明らかにおかしいのじゃ。さきほどまでは飢えたオークどもが周辺環境を根絶やしにしたのやも……と考えておったのじゃが、ここにはそもそもの痕跡が存在せぬ」
そう話すユメの表情はいつになく真剣だった。
どころか、若干の怒りさえ感じさせるような気迫がある。
「ユメ……他に何か気が付いたことはあるか?」
俺がそう言いかけたときだった。
全身を舐め回されるような不快な魔力を帯びた風が洞窟の奥から流れてくる。
「……なんだっ!?」
ユメ以外の全員が即座に戦闘態勢に入る。
「ユメ?」
その場に立ち止まってしまったユメに視線を向けるとその両手はわなわなと震えていた。
「まさか、このようなことが……。皆、ここは退くのじゃっ!この先におるのはハイオークなぞではない」
「ユメちゃん? じゃあ、一体何が?」
「すまぬ、ロティス、エモニ、ミリア。今は話をしている場合ではないのじゃ! 入口へ走れ!」
そう言うや否や、両隣の俺とエモニの手を引いて、ユメは今歩いてきた方向へ全力で走り出す。
「ちょ、おい! ユメ!? いったい何がどうしたって言うんだ?」
「ロティス、今はユメちゃんに従いましょう。エモニちゃんも行くわよ!」
こうして状況が理解できないまま、俺たちは来た道を全力で駆け戻り始めた。
◇◇◇
「ギルドマスター、ミナです」
「ああ、ミナくん。入ってくれ」
ロティスたちを依頼に送り出して数時間、ロティスたちの専属受付であるミナは出先から戻って来たリーシアギルドマスターに呼び出された。
「失礼いたします」
いかにも高級そうな装丁のギルドマスターの執務室にこれまた高貴そうな金髪のエルフギルドマスターは同じ女性であるミナの目から見ても、絶世の美しさを放っていた。
「まあ、掛けてくれ。少し聞きたいことがあるんだ」
「? はい、失礼します」
ミナは言われた通りにローテーブルの前に置かれたソファに腰かけると、リーシアも対面に移動して来て、前のめりな姿勢になった。
「あ、あのギルドマスター? 私は何の用で呼ばれたのでしょうか?」
「おっと、そうだったね。ちょうど仕事を片付けて帰って来てみれば王城からロティスくんたちはどこだという連絡がひっきりなしに届いていてね。今から一緒に彼らの自宅に行かないか?」
なんだか、自分の作品の出来を聞きに行く研究者のような顔でリーシアは話す。
「? ギルドマスター、王城からの連絡にはもう私が対応しましたよ? ルシール公爵家からの指名依頼に出ていると……」
不思議そうな顔で言うミナの言葉を聞くや否や、リーシアは机を叩き割らんばかりの勢いで立ち上がった。
「指名依頼? それもルシール公爵家からの指名依頼だって!?」
「!? は、はいっ」
突然放たれた恐怖すら感じさせる気迫に、もう十年近く受付嬢としてコントラクターと接してきたミナも思わずすくみ上ってしまった。
「ちょっと待ってくれミナくん。私はそんな依頼を聞いていないのだが? いったいどこから回って来たんだい?」
その言葉にミナも状況を察したのか表情を変える。
「今朝、私の机に届いていました。ギルドマスターの証明印が押されていたので、てっきりご存知だとばかり……」
「私の証明印? ……その依頼書を見せてはくれないか?」
「はいっ! すぐに持って参ります!」
失礼にならない程度の速さで執務室を出ていくミナの背中を見ながらリーシアが呟く。
「慌てて入るものの、すぐに対応しようとする姿勢……あの様子じゃミナくんは違いそうだね。一体今度は何が起こっているというんだ、あの子たちの周りで……」
リーシアはため息をつきつつ、王城と即座に連絡を取ることができる通信の魔具を手に取った。
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