第1章, 第1話：血と夢
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第1章 第1話「血と夢
辰川村の夜明けは、今日も平和な一日の始まりを予感させた。太陽は穏やかに昇り、風に舞う草の葉を照らしていた。山と鬱蒼とした森に囲まれた辰川は、久永カイとその家族が暮らす平和の楽園だった。まだ15歳の甲斐は夢いっぱいの少年だったが、田舎での質素な暮らしを続けるか、それとももっと大きなものを追い求めるかで悩んでいた。父親である久永春人は村の大黒柱であり、謙虚で、困っている人がいればいつでも助けようとする人だった。作物を植え、家族の世話をしながら日々を過ごし、彼を知るすべての人から慕われていた。
カイが目を覚ますと、朝食を呼ぶ父親の声が聞こえた。シンプルな日常だったが、そこには意味があった。父親である春人は最近、息子の不確かな将来を思い、物思いにふけっていた。しかしカイにとって、ハルトはただの農民ではなかった。武士のような力強さではなく、家族を守るというたゆまぬ義務から来る、穏やかで、ほとんど目に見えない強さだった。春人は、愛する人々の幸福のためなら、必要ならばすべてを犠牲にしても構わないという決意をもって、世界の重荷を静かに背負っていた。
彼の母、久永愛子は美しく優しい女性であったが、彼女の壊れやすい健康状態がいつもカイを心配させていた。彼は自分の夢を追いかけ、家族を置き去りにすることを恐れた。特に、彼女がいなくなることで父親に負担がかかることを知っていたからだ。愛子は肉体的な仕事があまりできず、カイは自分がいない間に何か悪いことが起きたらどうしようと常に考えていた。彼は、母が家と花畑に愛情を注ぎ、いつも家に彩りと活気をもたらしていることを知っていたので、手伝いをすることに責任を感じていた。
一家は質素だったが、幸せだった。カイは父親の農作業を手伝ったり、近くの山で薬草を採取するなど、年配の村人たちにちょっとした便宜を図ったりして過ごした。山での孤独なひとときは、カイの一番の宝物だった。彼はよく丘の上にある一本の桜の木の下に座り、将来の夢を見ていた。平穏な生活を続けるか、それとも何か大きなものを求めて飛び出すかというジレンマは、毎日のように彼につきまとっていた。カイは強くなりたい、世界に足跡を残す人間になりたい、その名を忘れ去られることのない人間になりたいと願っていた。
彼の村は平和で邪悪なものに触れることはなかったが、山の向こうの世界には危険と謎が隠されていることをカイは知っていた。彼は時間の変化を感じていた。夜が長くなり、寒くなり、闇が彼の平穏な生活を脅かしていた。
カイはいつものように、村の近くの小さな山の頂上にある一本の桜の木の下に座っていた。そこからいつも、オレンジと紫の色合いで空を彩る夕日が沈む地平線を眺めていた。しかし、その夜は何かが違った。夕闇が訪れ始めると同時に、急に気温が下がり、彼を包んだ。背筋が震え、カイは体が硬直するのを感じた。
村に戻ろうと立ち上がったとき、山々の隙間から普段とはまったく違う強烈な光が差し込んできた。カイはその道を数え切れないほど通ったが、そのようなものを見たことはなかった。彼の呼吸は速く重くなり、まるで見えない手が心臓を圧迫しているかのように胸が締め付けられた。恐怖は大きくなる影のように彼に忍び寄り、絶望は振り払うことができなかった。何かが間違っている、ひどく間違っている。
視界の一部を覆う最後の山に守られながらカイが村に近づくと、強烈な光が無視できなくなった。彼の感覚はかつてないほど輝いた。体が震え、背筋を容赦なく震えが走った。まるで周囲の世界が変わったかのように、何か暗いものが実体化したかのように。
村を通り過ぎる旅人たちの噂が、カイの脳裏にこだました。理解を超えたもの、未知の世界の影に潜む恐怖の話だった。本能が逃げろと叫び、彼はそれに従った。絶望に打ちひしがれながら、彼の足はかろうじて地面に触れ、村の中心に向かって進んだ。そしてついにたどり着いたとき...何も変わっていなかった。彼の世界は永遠に変わってしまったのだ。
カイは村にたどり着いたが、かつては平和な場所であったものが、今では見分けがつかなくなっていた。炎が家々を焼き尽くし、空気は血と破壊の匂いで重苦しかった。道路には死体が散乱し、家族全員が壊滅した。その光景はあまりにも残酷で、受け入れることは不可能に思えた。「こんなことが起こるはずがない」とカイは思った。
村に一本しかない道を一歩一歩進むのは、途方もない努力だった。心臓の鼓動は速く、息をするのもやっとだった。彼の目は涙でいっぱいで、周りの荒廃した光景から目をそらすことができなかった。しかし、彼を圧倒したのは悲しみだけではなかった。絶望、苦悩、家族や友人を守れなかったことへの圧倒的な苛立ちがあった。ゆっくりと、涙を流しながら、彼は村の端にある自分の家に向かって歩いた。
カイはようやく家にたどり着いた。彼を待っていた光景は、彼の肺から空気を奪った。そこには両親が死んでいた。父・春人は母・愛子の上に横たわり、愛子を守ろうと最後の必死の努力をしていた。血に覆われた二人の動かぬ体は、かつて居心地の良かった家庭を純粋な恐怖の光景に変えていた。カイの心臓は止まった。その光景に釘付けになった彼の目は、自分が見ているものを信じようとしなかった。彼はその場に立ち尽くし、麻痺し、身動きひとつできなかった。時間が凍りつき、一秒一秒が永遠に引き延ばされるようだった。
その時、彼は感じた。村への逃走中に彼を追いかけてきたのと同じ悪寒が再び襲ってきたのだ。目に見えない鎖に縛られたかのように、体が硬直した。息もできず、まばたきもできなかった。その時、「シーッ」という柔らかく冷たい音が耳に響いた。
命が抜かれていくような感覚が体を支配した。彼の中に希望や喜びのかけらでも残っていたなら、それはもう吸い取られ、冷たく絶望的な空虚感だけが残った。肩に重く氷のような手が置かれるのを感じた。その圧力が消えると、カイは懸命に森の方を向いた。
その時、彼は目を見た。目を。肉食獣のように暗闇の中で光る、いくつもの赤い目。その目は、彼がこれまで経験したことのないような悪意を持って彼を凝視していた。10対以上の目があり、どれも猫や爬虫類のような細い瞳孔をしていた。その中央に、一対の異なる目があった。赤ではなかった。オレンジ色の虹彩に囲まれた緑色の瞳孔がそれを覗き込み、カイにはこの存在が理解を超えた何かであることがすぐにわかった。
その姿は遠く、木々の間100メートルほどだったが、その存在は息苦しかった。カイに見えたのは、その目と、見えない口を覆うようにその下に置かれた手だけだった。そしてまた、「シーッ」という音。そして一瞬にして、すべての目が闇の中に消えた。
カイは何の反応もなく、死者と炎の中に立っていた。あてもなく。何が待っているかわからないが、失うものは何もないという苦い確信とともに。
カイは何時間もさまよった。何日も。時間はもはや意味を持たなかった。一歩一歩が痛みと絶望の入り混じったものだった。生身の彼の足は血を流したが、彼は何も感じなかった。彼の体は四方八方から殴られたように疲れ切っていたが、体の痛みは彼の中の虚無感に比べれば取るに足らないものだった。かつてはあれほど活発だった彼の心は、今や遠いこだまに過ぎなかった。もはや論理も計画も欲望もなかった。ただ怒りと痛みだけが残った。
残っていたのは、冷徹で冷酷なただひとつの真実だけだった。その道のりがどれほど長いか、どんな代償を払わなければならないかは問題ではなかった。彼の心に残ったのは力のイメージだけだった。今の状態では、森の野生動物にさえ立ち向かえないことはわかっていた。ましてや... 彼の村を破壊したもの。カイは数え切れないほど何度も倒れたが、いつも立ち上がっていた。まるで地面が終わりではなく、運命へのもう一歩に過ぎないかのように。
そしてついに、体がもうもたないという瞬間に倒れた。周囲は真っ暗になり、筋肉は衰え、頭は真っ暗になった。静寂の中、カイはひとり、無防備に倒れた。
カイはパチパチという火の音で目を覚まし、何かが燃えている匂いで心臓が高鳴った。自暴自棄になった彼は衝動的に立ち上がったが、目の前に男がいて、火のそばに落ち着いて座っているのを見て立ち止まった。男は細心の注意を払って魚を焼いており、その手は安定し、身振りは計算されていた。カイと彼の間で、煙がゆっくりと立ち上っていた。
「ここで何をしているんだ？
男は、その質問が来ることをすでに知っていたかのように、穏やかに顔を上げた。その視線は穏やかで、ほとんど父親のようだった。
「落ち着きたまえ、若者よ」彼は穏やかだがしっかりとした口調で言った。「私の名前は黒田達也。毎日この森に狩りと釣りに来ている。それで君を見つけたんだ...道の真ん中で倒れていて、足から血を流していた。何があったんだ、小僧？」
達也の言葉がカイの心に響き、彼が失ったものや目撃した恐怖がフラッシュバックするようだった。カイは何も答えなかった。彼の視線は失われ、虚ろで、遠いものを見るように炎の中を見つめていた。彼の顔には苦痛と絶望が満ちていた。
「赤い目...野生動物の瞳孔...」と達也は呟き、青年の反応を注意深く観察した。
カイは固まった。氷の穴に投げ込まれたかのように体が震えた。呼吸が不規則になり、冷や汗をかいて拳を握りしめた。その言葉は鋭利な刃物のようにカイを襲い、彼が忘れたいと思っていたすべてを呼び覚ました。
「じゃあ、見たんだね」 達也は、カイが背負っている重みを理解したかのように、わずかにため息をついた。
- 見た？- 彼はためらった。- 具体的に何を見たのかはわからない。ただひとつ確かなのは、死体...私が知っていて愛した人たちの死体。それらはまるで使い捨てのように、地面に、そこにあった。燃えさかる家々、漂う死の匂い...。そしてあの目... - 彼は拳を握りしめた。- 野獣のような赤い目が至るところにあった。まるで私の役立たずぶりを嘲笑っているかのようだった。彼らは私を生かし、私がこの苦しみを背負うようにした...。彼らは死よりも悪い運命があることを知っている。でも、もうひとつの目が...彼らの中に...。
それまで無表情だった達也の表情が変わった。雰囲気が重くなったように見えた。
- 他の目？- 声は小さくなったが、言葉の端々には明らかな緊張感が漂っていた。- その目は何だ？
カイは達也の視線を避けるように頭を下げた。
- オレンジと緑の目 - カイの声はかろうじてささやくようだった。- でも...僕はちゃんと見てなかったのかもしれない。暗闇が...森が...。何が現実なのかわからなくなった。すべてが...混乱していた
達也はしばらくの間沈黙し、その表情はさらに真剣になった。オレンジと緑の目。オレンジと緑の目。
- 本当にそうなのか？- と達也が声を荒げた。
カイは首を振るだけで、まだ目を上げることができない。
タツヤは数秒間火から目をそらし、物思いにふけった。これが本当なら...。と彼は思った。思ったよりずっと早く事態は悪化するだろう。今日私たちが知っていることは、完全に変わってしまうかもしれない...。彼はこのことをさらに調査しなければならないと思った。
- 君の名前は？- と達也は尋ねた。
- 僕はカイ。久永カイです - と少年は答えた。その声は弱々しく疲れていて、まるで言葉のひとつひとつに苦しみを背負っているかのようだった。
朝のそよ風が二人の体を吹き抜け、髪を風になびかせた。達也は注意深くカイを見ていた。初めて見る少年だったが、何か特別なものを感じた。タツヤはカイの村を破壊したものを知っていたし、その怪物がめったに生存者を残さないことも知っていた。「この少年は...。この少年は......何かを内に秘めている。それは祝福にも呪いにもなりうるものだ」達也はそう思った。しかし、カイの信頼を得られるのであれば、それを確かめようと思った。
- カイ、これからどうする？どこに行くんだ？これからの予定は？- タツヤはしっかりとした声で、しかし好奇心を含んだ調子で尋ねた。彼は立ち上がり、少年を見つめたまま答えを待った。
カイは視線を上げて達也を見つめたが、血まみれの足と震える手に目を落とした。その状態では、森の中で長くは生きられないだろう。どんな脅威が襲ってきても、簡単に負けてしまうだろう。少年は達也の目を直視した。その目は多くの戦いを見てきたようだった。恐怖を目の当たりにした者の目だったが、打ちひしがれるどころか、ますます強くなっていた。カイは自分の中に決意が芽生えていくのを感じた。
- もっと強くなりたい。- 僕からすべてを奪った奴に復讐したいんだ。僕だけじゃなく、苦しんでいるすべての人のために......村の人たちのために、両親のために。この生き物を倒せるほど強くなれるかどうかわからないけど、誰かを救えるなら......」。- 彼は立ち止まり、適切な言葉を探した。- 私が経験したことを、もっと多くの人が経験するのを防ぐことができれば、無駄ではなかったと思える。私はもっと強くなる。弱い意志は邪魔になるだけだと父は教えてくれた。私ならできる
甲斐の瞳に輝く決意に、達也はわずかに微笑んだ。少年は信念に満ちていた。まさに達也が長い間探し求めていたものだった。
- 本当に強くなりたいのなら」達也はさらに真剣に言った。- それなら俺と一緒に来い。トレーニングは明日からだ。そうは見えないかもしれないが、私はすでに君の村を滅ぼした多くの者たちと対峙してきた。戦い方を教えてやる。そして、どの武器が一番自分に合っているのかも分かるだろう。カタナが最も一般的な選択だが、覚えておいてくれ......」。- 彼はわずかに身を乗り出し、カイを見つめた。- 未熟な者の手にかかれば、それはただの鋭利な鉄の塊だ。
達也は沈黙にしばらく身を任せてから続けた：
- あなたが直面する敵に対しては、これだけでは不十分でしょう」達也は低く重々しい声で、暗い知識に満ちて言った。彼は地面から小さな石を拾って投げ捨て、それが森の中に消えていくのを見ながら、まるでカイが直面する危険を心に描いているかのようだった。- 君の行く手には3種類の敵が立ちはだかる。だが今は、最も弱い 「修羅 」に集中しよう。
カイはマスターの言葉を注意深く見ていた。石が落ちる音が静寂の中に響き渡り、これから起こることの重大さをより強く感じさせた。
- 修羅道とは精神的な戦士のことだ。時を経て、彼らは人間性を失い、戦うために生きる生き物となった。果てしない戦いの中で、彼らは人間であるためのすべてを失い、今はただひとつの目的、死ぬまで戦うことだけを求めているのです
その説明にカイは胃が痛くなった。
- 彼らは通常、5人から15人のグループで歩き回り、まるでひとつの存在のようにシンクロして攻撃する。しかし、一匹でふらふらと歩いているものもいる。彼らはより衝動的で、理不尽な怒りをもって襲ってくる。
達也は一瞬立ち止まり、その目に緊張が走った。
- しかし、集団で歩く者たちは話が違う。彼らは致命的な正確さで連携攻撃をする。最近、何かが変わった。まるで彼らが消えていくかのように......いや、もっと悪いことに......達也は地平線に目をやった。- 何か大きなもののために集まっているかのように。何か危険なもののために。
カイは背筋がゾッとするのを感じたが、決意は固まった。
- でも、間違えるなよ」達也は鋭い視線をカイに向けた。- 弱いものでも致命傷になる。倒し方は簡単だ。急所に一撃入れればいい。彼らは再生しないし、体はまだ生きている。それが彼らの弱点だ
達也の笑顔は険しかったが、そこには自信の光があった。
- 準備だけはしておけ。一歩間違えれば、一歩ためらえば......。
カイは頷き、決意を固め、達也の後を追って家に向かった。そこで彼は、これまでの生活が置き去りにされることを知った。絶望の淵に立たされたとき、人々が彼に声をかけてくれるような強い人間になるために。信頼でき
