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魔女

「〜〜〜♪」


「ぜぇ……ぜぇ……」


 歩き出すこと約2時間。

 鼻歌を歌い、気分よく先導するミェルさんと対照的に私は息を切らして必死に歩いていた。


「どうした月音ちゃん、君若いんだからもっと体力あるだろ〜?」


「こっちは知らない土地で必死に歩いてるんですよぉ……!配慮してください……!」


 思わずイラッときて言い返してしまった。さっきからずっとこんな調子だ。

  ミェルさんは肝心なことについて何ひとつ話してくれない。のらりくらりとはぐらかし、私の元いた世界の事をしきりに聞いてきた。


 正直、今すぐにでも逃げ出したい。……が、走ったのにいつの間にか先回りされ、おまけに傷を治したり靴を出したり、正体不明の力を使う彼女から逃げられる気がしなかった。


「おっとすまないね。……で、君の世界には――――」


「いい加減にしてください。あなたばっかり質問して、こっちの話には全然取り合ってくれないじゃないですか」


 募らせていた不安と焦りから思わず喧嘩腰になってしまう。


「ああ、落ち着いてくれ!目の前に興味深い存在が居るもんだからつい」


 悪びれもせず言い放つ彼女に不信が募る。逃げ出せるならとっくに逃げ出したい所だ、ほんとに。


「家に着いたらちゃんと質問には答えるよ!大丈夫、約束する」


「……………………」


 彼女の言葉に、さっきからそればっかりですよ、と喉まで込み上げた言葉を呑む。


 ……それから少しして、木漏れ日を頼りに薄暗い森をひたすらに歩き、そろそろ風景にも慣れて飽きがまわって来そうな頃。


「……見えてきた。月音ちゃん、あそこがお待ちかねの我が家だよ」


 前を歩く彼女の肩越しに見えてきたのは…まさに、『絵本』とでも言うべき光景だった。


 陰鬱な暗い森の中で、ただその家だけがスポットライトに当てられているかのような。


 シックな塗装の西洋建築を思わせる、大きめの一軒家。

 周囲の木々が家の周辺だけ綺麗にひらけ、幻想的という他ならない。


 まさしく、絵本や御伽噺の魔女の家。


「わ、すご……絵みたい……」


 歩き詰めで疲れが溜まっていたこともあり、非日常の中に現れたさらなる非日常に涙すら滲んできた。


「さ、入って」


 事も無げに玄関口を開け、ミェルさんに案内されるままリビングへと通される。

 窓から差し込む日光に照らされた廊下を抜けると……


「…!!!」


「そんなに驚くことかい?そっちの世界だと珍しいのかな」


 そこはリビングというより、アトリエだった。


 部屋に聳える本棚に、得体の知れぬ大釜。机に並ぶ無数の試験管からはこぽこぽと控えめな音を奏でる気泡が沸き立っている。

 装飾のついた巨大な姿見、ハンガーラックに掛けられたローブ。イーゼルに置かれたキャンバスに描かれた、判別不能な魔方陣。

 すべて、すべて余す所なく――――――


「魔女だ……」


「言われなくても、私は魔女だが」


 何を馬鹿な事を、とでも言いたげな顔で帽子とローブを脱いだ彼女はソファに勢いよくダイブする。


「ふぁぁ…珍しく歩いたから疲れたぁ…君も座りたまえよ…」


「魔女……?あの魔女…………?」


「おや、『魔女』という単語はやっぱり知ってるんだね」


 合点が行った。あの不思議な現象は、魔術や魔法みたいな……そういった類のものだとしたら。


 おずおずと彼女の向かいのソファに座る。

 聞きたいことは山ほどあるが、疲れもあって頭が上手く回らない。


「案の定、君の世界にも魔女なる存在は居る訳だ!……そうだ、ちょっと紅茶を入れよう」


 ありがとうございます、と礼を言ってキッチンに向かう彼女に、ふと疑問が浮かんだ。


 なんで日本語が通じるんだろう。

 なんで、さっき「案の定」なんて言ったんだろう。

 そもそも、珍しく外に出た癖に、あんな家から離れた場所でピンポイントに私を見つけられる……?


 コトッ


「どうぞ。熱いうちにお上がり」


「……………」


 ひとたび疑念が生じると、その疑念が次の疑いを呼ぶ。…やっぱり、この人は危ない。


「どうした?紅茶、飲めないのかい?」


「私の事、異邦人って言いましたよね」


 突然の発言に、ほんの少しだけミェルさんの目の奥が揺らいだ。


「…ああ、君は実際別世界から迷い込んだんだろう?」


「はい。状況的に間違いはありません…ですが、おかしいと思いませんか。まるで世界ごと違うのに私たちは同じ言語で喋れているんです」


 なんか、さっきから紅茶を飲むスピードが上がっている気がする。


「ほら、この世にはいくつもの世界が広がっていると言うじゃないか。全く言語が同じ世界線があってもまるでおかしくない。たまたま言葉の通じる世界に飛ばされたんだろう」


 …早い。早口だ。


「ミェルさん。失礼を承知の上、お聞きします。…何か、私に隠していませんか」


 罰が悪そうに少し目を逸らした彼女は、ポツリと一言。


「ああ……隠してるよ」




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