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邂逅

  陰鬱とした森の中に、甘露な声が響く。

 木々の影から現れた声の主に、思わず息を呑んでいた。


  光を拒む森に不釣り合いにたなびく、無造作に跳ねた銀の長髪と、その髪を押さえつける漫画でしか見ないようなとんがり帽子。


 その下に覗く顔は精巧に作られた西洋人形のように美しい。

  ノワールな色彩のローブに身を包み、ダウナー然とした彼女の容姿はまさに…御伽噺の『魔女』そのもの。


「お嬢さん。…お嬢さん?大丈夫かね?」


「ひゃ…っ!はい…。実は迷子、というか遭難に近くて…」


  あまりにも非現実的な美しさに面食らい、変に声が上擦ってしまう。


「く…っ、くくっ。そうだろうそうだろう…!」


  1人で勝手にわたわたする私の目前に音もなくぬるりと歩み寄る。


「っ…近いですよ!!離れて!」


「お嬢さんっ!間違いない、君はこの世の者でない…異邦人だろう!」


  やけに高揚した様子で、お構い無しにまじまじと私の顔を覗き込む彼女。

 赤みがかった非人間的な、猛禽類を想起させるクマのついた瞳が舐めまわすように観察してくる。


「ち、ちょっと…!いきなりなんなんですか!?」


「ああいや、失敬失敬。…少し舞い上がってしまった」


  なおも口角を吊り上げたまま、愉快そうに笑う彼女と対照的に冷ややかな視線を送る私。

 …親切心から声をかけてきた訳では無いことは明らかだ。


「しかし迷子である事には変わりないだろう?君には色々『お話』も聞きたいからね。是非我が家に来たまえよ」


 言葉が詰まる。

  得体の知れない森の中で、もっと得体の知れない魔女風の女性。

 のこのこ着いて行って人体実験の材料にでもされたら、それこそ一巻の終わり。


「どうせ、他に行く宛も無いんだろう?」


 …だとしても、こんな見るからに怪しい人に着いていくのはあまりにも危険だ。

 先程まで失っていた冷静さが戻り始め、警戒心が湧いてくる。


「すみません、まずなんであなたはこんな所に?」


 失礼な言い回しになってしまったが、仕方がない。

 緊張と恐怖で震える舌を無理やり動かし彼女に問う。


「そりゃあ、家が近くにあるし散歩だよ散歩。お嬢さんは散歩したことないのかね」


「ありますよ散歩ぐらい!こんな森の中でですか?」


 昼間なのに暗い森の中にローブだけ羽織った軽装で女性が1人…?明らかにおかしい。

 もし熊にでも出くわしたら?不審者に襲われたら?いくら家が近くても、こんな場所をうろつくような真似私だったらしない。


「そうだよ?いいじゃないか、散歩なんてどこでしても。ささ、早くうちに来なさい」


 ジリジリと彼女がにじり寄る。逃げなきゃダメだと本能的に感じる。


「さぁこっちへ――」


 言うが早いか、背を向けて全力で私は走り出した。足に突き刺さる枝も小石も関係ない。

 とにかく今は彼女から離れた場所へ。


「はぁっ、はぁっ、はぁ…っ!」


 いくつもの木の間をすり抜け、とにかく森の奥へ奥へと必死に逃げた。


「はぁ…っ!はぁ…っ!んぐ…はぁはぁ…っ…」


  とにかく森の奥へ奥へ進んで、倒れるように膝を折る。


「も……だめ…走れない…」


 肩で息をし、必死に呼吸を整える。バグバクとした鼓動の音がうるさく鳴り響く。


「はぁ…はぁ〜っ…なんなの、もうやだ……足痛ぁ…」


「そんな格好で走るからだろ〜、整地もされてない森の地面だよ?」


 すぐ真後ろで、聞き覚えのある声がした。


「いやぁぁぁぁっ!やめて!来ないで!」


「おいおい心外だな!取って食おうって訳じゃあるまいに!……ほら、治してあげよう」


 後ずさる私の足に指を向け、ぱちんっと子気味よく鳴らす。

 するとどうだ、瞬く間に滲んだ血はいつの間にやら消え去り、マジックのように傷跡が塞がった。


「あれ、痛くない……?」


「これで信用してくれたかい?見ての通り私は君に危害を加えるつもりはない。興味があるだけさ」


「治してくれたのはありがたいんですけど、一体なんですかこれ??なんで治ったの??」


 馬鹿っぽい感じになってしまったが、それくらい訳が分からない。

 ファンタジー世界の魔法とか、そんなレベルの摩訶不思議現象だ。


「教えても良いんだけどねぇ、立ち話もアレだし、君も疲れてるだろ?」


 つまり家に来い、ということ………。


 真意はどうあれ、この人は私の傷を治してくれた。分からないことだらけだけど、これは事実だ。


「さっきは急に逃げちゃって、すみません。差し支えなければ、お家までお願いします」


「うん、無理もない。詳しい話はうちに着いてからにしよう」


 内心警戒心は保ったまま、深々とお辞儀した。


「……ところで自己紹介がまだだったね」


 私に向き直った彼女は、端正なその顔を再び妖しげな笑顔で歪ませた。


「ミェール・ウィッチ・ラヴェリエスタ。この辺りの森に住んでいる。君は?」


烏丸月音(からすまつきね)です。」


 み、みぇーる?……半分くらい聞き取れなかった。


「月音、月音…やっぱりこっちとは命名法則から違うのかな…」


 ぶつぶつと、独りで思考の海に沈み、そのままズンズンとかなりのスピードで歩き出してしまった彼女を追いかける。


「あ、待ってください!私裸足でっ…」


「…?おっと失礼、そうだったそうだった!せっかく治してあげたのにね」


 言うなり、いきなりひざまずいて私の足を指でなぞる彼女。


「っ、ちょっと、何を……」


「サイズはこれくらいかな?」


 ぴとっと足に吸い付く感覚がしたかと思えば、中世で見るような革作りの靴がいつの間にか私の足にハマっていた。


「え!?ありがとうございます……!?」


 ひらりと手を振って、事も無げに彼女は返事する。


「歩きづらいかもしれないけど無いよりマシさ、さぁ行こう」


 親切なのかなんなのか。得体の知れない力を使い、私を家に招こうとするこの人を、果たしてどう判断すればいいんだろう。


 ひとつ分かるのは、この人は私の元いた世界の人たちと根本から違うということ。


「ミェールさん、あの」


「ミェルで良いよ〜、短い方が呼びやすいだろ」


「じゃあ、ミェルさん。お家まで、あとどれくらいですか?」


「そうだねぇ。…すぐだよ、すぐ」


「時間にすると?」


「3、4時間かな」


 …やっぱり根本から違うな、この人。





 

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