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やっちゃん 6


 俺は六百万の使い道を寝ながら考えようとして、そのまま熟睡してしまった。

 結局、面倒くさくて何をやっても上手く行きそうもないので、貫太郎に預けて闇金の資金にしてもらった。

 金貸しはヤクザ仕事の中では真っ当な方で、客さえ選べば感謝されたりもする商売だ。

 取り立ては舎弟達に任せていれば、御人好しの貫太郎でも何とかやっていけると俺は思った。

 今考えるとこれは、親譲りの無鉄砲が起した失策以外の何物でもなかった。


 羽振りの良くなった舎弟達は、病院の仕事を嫌い高利貸しからノミ屋・風俗と手を広げ、終いには薬まで扱いだした。

 暫くは大人しく見ていてやったが、あまりにも度を過ぎたので、貫太郎と相談して行き過ぎた舎弟を破門した。


 山城親父も退院して、少しばかり金に余裕が出来たので、貫太郎は事務所の住み込みに戻った。

 それでも病院の仕事は続けていて、若い衆をちょくちょく手伝いに連れて来る。


医学部に通っていた頃、人並みに勉強はしたが、根が脳足らずだから、成績はいつも留年スレスレを見事にキープしていた。

 しかし不思議なもので、落第する事なく6年たったら卒業できた。

 このように不可解極まりない結果を医学界の歴史に残した学校には、重大な構造的欠陥があると提言するべきか一瞬悩んだが、自分ばかりか他の者の成績結果に関わってくるデリケートな問題なので、黙って卒業する事にしてやった。


 卒業が決まって、即効学長に呼び出された。

 カンニングがばれたかと冷やゝ物だったが、呼ばれてバックれるのも悪いと思って会ってやった。

 実家からそう遠くない病院で、インターンを探しているから行かないかとそそのかされた。

 本来なら、卒業したら直ぐに防衛医大付属病院に派遣されるのが決りだ。

 自衛隊に入隊しないのならば、卒業までにかかった費用の総て、給料を含めた約五千万もの大金を国庫に還付しなければならないと脅されていた。

 実際はそんな大金を返せとは言っていないのを、最近になって知った。


 大金だと思っていた借金を、その病院が肩代わりしてくれるという。

 どこからどんな話になっているのか、皆目見当もつかない。

 宿舎が有って食事代はかからない上に、少ないが給料も出るとなったら断るに断れない。 

 今思えば俺は、成績も素行も良くない不出来な卒業生のうちの一人だった。

 結局、小遣い欲しさの誰かに、医師という名の奴隷として病院に売り飛ばされていたのだった。

 それでも、厳しい訓練と難解な授業の日々から解放されて、暫くは快適な奴隷生活をエンジョイしていた。


 病院からヤブの診療所までは車で一・二時間で、滅多になかったが休みの日には必ず診療所へ遊びに行った。

 医大を卒業して堅気の医者になったから、勘当は解けて実家への出入りも自由だったが、兄が何かにつけて引っ掛かって来るから帰る気になれなかった。

 診療所はヤブ一人で始めたのだが、場所が良かったのか悪かったのか遠浅の海岸に近く、ヤブの医者仲間が別荘代わりとしてよく遊びに来ていた。

 俺はそんな医者の先輩達に、奴隷として働いている病院の待遇が酷過ぎると愚痴を垂れ流していた。

 それは大変だねと言い、先輩が自分達のインターン時代について話してくれた。


 彼等が見習い医者をやっていた頃は随分と荒れた時代だったらしい。

 中の何人かはデモ隊に混じって、過激な行動に出ていたとか。

 逮捕されたり拘留されたりの前を持っている。

 そんな話を聞くと、つまらない事でああでもないこうでもないと愚痴っている自分が恥ずかしくなった。

 それも一度や二度ではない。

 折あるごとに俺が愚痴ると、先輩達がこれまた懲りずに昔の話を持ち出す。

 俺は無意識ながら、先輩達に助けを求めていたようだ。


 病院勤めを始める時に、五千万の借用書を書かされた。

 俺達が貸しだす金は、金利のところで世間様と若干意見の食違いが有って、時々社会問題だとかって話題になる数字だ。

 署名を求められた時はビビったが、よく内容を読めば何の事はない。

 金利が零で、脱走したら年利が一割五分付く程度だった。 超お手軽に借りられた。

 借用書を素直に信じるなら、ガキの駄菓子も買えねえような稼ぎにしかならない金利。

 よくもそんなんで、赤の他人に金を貸す気になれるものだ。

 世間知らずもいいところで、貸金業をなめてるとしか思えない証文の取り方だ。

 だが、よくよく考えると、最初に肩代わりしてもらった金の額が、一桁ちがっていた。

 俺はしっかりはっきり騙されていたのだ。


 学校から出た給料の殆どは博打につぎ込んでいた。

 博打と言っても胴元は山城親父だ。

 どうやったって負けようもなく、五千万の内の三千万は何とかなった。

 だけど、まったく返さないで五千万借りたままにしていた。 

 この三千万を、貫太郎の闇金にまわしてやった。

 ヤブに言わせれば「そんなもん踏み倒しちまえよ!」なのだが、自衛隊を相手に喧嘩する気はねえ。

 それに、目の前の利子の付かねえ借金三千万を、黙って見過ごすほど俺は馬鹿じゃねえ。


 病院からの借金も返せるまで手持ちが増えて、もう少ししたら腐れ病院の奴隷生活から解放される頃になって「何時逝っても良いんじゃねえ」と噂されていた親戚の叔父さんが他界した。

 勘当と家出で殆ど家にいなかった俺は、実家の親戚なんかとは大した付き合いもなく、通夜だ葬式だなんてのに行く気はなかった。

 ところが、父親が言うには、死んだ叔父さんというのが警察の御偉いさんにコネが有った人で、俺が悪さをしてしょっ引かれる度に骨折ってくれた人だった。

 俺にも、影にはそんな偉大なブレーンがいたのかと驚いたのと同時に、そんな恩人なら何があっても葬儀には行くと決めた。


 決めたはいいが、何と言っても金で買われた奴隷の身だ。

 急の休みを貰えない。

 ここはヤブや先輩達の意見のとうり大人しく穏便に、終いには土下座までして頼んだのに・・・我にかえって周りを見渡した時には数人のガードマンが倒れていて、院長が血塗れになっていた。

 病院内で起きた不慮の事故ってやつだ。

 バイタルサインモニタが「こいつ死んじまったぜい、ピーー!」と表示してくれた院長は、幸いな事に生き返ったが、それっきり病院に来なくなったと同僚から事後報告された。

 俺は現行犯だとかで緊急逮捕され、事故の現場からそのまま留置された。

 この後、どんな裏取引が有ったかは知らないが、ヤブに引き取られて今日に至っているって訳だ。

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