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やっちゃん 52

 車ごと船に乗ってすぐ、自衛官の不良警官から酔い止めの薬を貰った。

 俺が酷い船酔性なのを知っていて用意しておきましたと言っていたが、慌てて病院に駆け込んで来たにしては準備が良過ぎる、絶対眠り薬だった。

 薬を飲んだ後、五分後から今までの記憶がないと言うべきか、しっかり眠らされていたと言うべきか、気絶したとすべきか。

「相当疲れていたんですね。まる一日寝てましたよ」

「嘘をつくんじゃなねえ。馬にくれてやる麻酔薬でも処方したのか、お前がくれた酔い止めの効果を知ったら、麻酔医の弟子入りが殺到するぞ」


 不良警官が見ていたテレビに、俺とシロの顔が写っている。

 色々悪さをしてきたが、指名手配を喰らったのは始めてだ。

 俺の堅気人生は、このようにして終わった。

 死刑囚候補に挙がったその瞬間から、サミュエル・シェパード医師より過酷な逃亡生活が始まったと確信したが、この部屋はなかなか過ごしやすそうだ。

 まずは、ここがどこかを知るのが先決だ。

「ここ、どこ?」

「ひ・み・つーーー」

 緊張感の欠片もない答えに我を忘れてしまい気付いた時、不良警官君は鼻血をたらしていた。

 警戒心皆無の奴と思っていたが、現役の自衛官だけある。 俺の無意識攻撃を受けて鼻血だけで済んだとは、たいしたものだタマゲタものだ。

「おひへらへまへんれふから、ふひへまへん」

 巧みにかわしたとはいえ、それなりのダメージは避けられなかったか、鼻の穴両側にティッシュを詰めいる。

 とっても息苦しそうだ。

 俺は其れを見て少しだけ自信を取り戻せた、ありがとう。


 教えろ言えないと体力任せの交渉を暫くしていたら、部屋のドアをノックする音で二人の動きが止まった。

 こんなに早く追手に見つかってしまったら、あまりにも短い逃亡劇になってしまう。

 どんなに話を膨らませても、絵本の一頁にさえならない。

「だっ誰~」

「警察だ。開けろ」

「えっ! だぁれ~?」

「警察だって言ってるだろ。早く開けろ!」

「だっだっだっ~……誰~?」

 扉を蹴破って突入する気はなさそうだ。

 このましらばっくれていれば、諦めて帰るに違いないと信じたい。

「警察だーー!」

 この言葉と同時に引き戸が勢いよく開けられた。

「兄貴ー、やったねえ。夕べから千葉テレビの臨時ニュースで大騒ぎだもの、すげえよな、有名人だべ~」

「貫太郎かよ。窓から飛び降りて逃げる所だったじゃねえか、悪質な冗談じゃ済まねえ悪戯だぞ」

 心臓に掛った負担を、いつか別の形にして倍返ししてやる。


「警察署長をさらった予定死刑囚が逃げ出したってのに、千葉テレビしか取り上げてくれねえのかよ。他の局じゃどんなニュース流しているんだよ」

 ムッとしていると、後から山城親父も入って来た。

 その横には、ぬらりひょんが白衣を着て立っている。

 成る程ここは、ぬらりひょんが逃げ込んだ地下病院の一室だ。

 静かな個室が引き戸の理由もつく。

 白衣を見て気付き周りを確認すれば、壁に突き出た酸素のコックや医療ベットに白いシーツと、毎日見慣れた光景だ。

 馴染み過ぎているから、かえって病院だった事に気付けなかった。


「よくやってくれた。お前は何時かでかい仕事をする男だと見込んだ俺の目は、まだまだ曇っちゃいねえ。本当にありがとうよ」

 山城親父が満面の笑みを浮かべて俺に寄って来たから、ハグしたらぶっとばしてやろうと拳を強く握って待っていた。

 すると、親父が初めて俺に深々頭を下げた。

 礼のつもりだろうが、警官殴って逃げてきただけで、そこまで感激されるとは。

 何と言っていいのか言葉が出ない。

 腰から曲ってしっかり頭を下げた山城親父の後に、ハリネズミがいる。

 俺には教えられない地下病院なのに、最も無縁のハリネズミがいるとは許せない。

「君のお陰で手に入れたリゾートね、君からの贈り物という事で、山城組の名で登記しておいたよ。現金は僕がもらっておいたけどね」

 トコトンせこいくてずる賢い奴だ。

 これからは客も来ないし会費が入って来る見込もないリゾートは、金が付いてきたとしても維持費で持出しが続く。 数年で赤字になってしまう厄介な施設だ。

 知っているのに、無一文の施設にして恩着せがましく山城に押し付けやがった。


 あくる日、病室に届けられた千葉日報を開いてみると、

冤罪どころか俺は逃亡者でもない。

 一躍ヒーロー扱いの記事が、三面のその裏の裏辺りに載っている。

 自分の目が信じられなくて、となりの簡易ベットで酔っ払って寝ていたハリネズミを起して確かめてもらう。

 警察署の地下牢から助けられた新聞記者が、何から何まで全部すっぱ抜いて記事にしていた。

 新聞記者ほど知恵のある者なら、そんな事をしたら世界が如何なる方向に向って走り出すかくらい分かっているのにやっちまった。

 テレビを点ければ、千葉はそこら中で暴動や略奪が起っているとアナウンサーが言っている。

 事件に影響を受けた民衆が、県内だけで治まっているのは奇跡に近い。

 どの道一週間もすれば、日本全国無政府状態になりそうな雲行きだ。

 俺の指名手配が取り消されたのは歓迎すべきだが、報道の自由にも限度というものがある。

 これまで何十年も極秘裏に進められた政府の計画が、たった一晩でお釈迦になった。


 タヌキ女に世間の状況を電話で聞けば、明日の朝には核戦争が勃発して、人類滅亡の危機だと騒いでいる。

 新聞屋がどれ程本当の報道をしたって、人間が地球から消滅しちまったら紙屑以下だ。

 怪しい雰囲気満点だが、ここはヤブが何とかけり付ける場面かと思って問い合わせて見れば、現在お客様の都合により電話を御繋ぎ出来ない状態とかなんとか……電話代払えよ。

 ハリネズミが知ったかぶりに「これしかやりようがなかったと僕は思うのだよ」余裕をぶちかましている。

 ブロック塀の角に頭ぶつけて死んじまえ。

 まるっきり嘘八百並べた記事ではない。

 尚の事始末に悪い。

 ローカル新聞六面あたりの記事で、世界が崩壊したんじゃあまりにも情けない。

 こうなったら俺が新聞社に行って、何とかしてやると言ったら「それはやめてくれたまえ。今、君が新聞社に顔を出したら、かっこうの新聞ねただよ。それこそ、ある事無い事どでかく報道されてしまうじゃないか。こうなってしまってはどうする事もできないのだよ」

 ハリネズミがのたまってくれた。


 どんなに真実だからと威張っても、新聞が戦争の火ぶたを切るものならぶっ潰してやった方が世の為人の為ってもんだ。

 一度は死刑囚候補になった身だ、今更怖いものなんかない。

 新聞社をぶっ潰してやろうと着替えて、病室から廊下に出た所で、タヌキ女と法律事務所のタヌキ面したおっさんにでくわした。

 いきり立つ俺を見て「まあまあ落ち着いて、話せば分かる。きっと分かるから」

 何で俺が怒っているかも知らないくせに、タヌキのおっさんが出しゃばって来て俺を病室に戻す。

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