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やっちゃん 51

 接収された病院に、防衛医大のOBで作るボランティアの医師団が派遣されて、俺達は古巣に戻った。

 防衛医大でしごかれた俺には訓練の延長みたいなもので、作戦と言っても患者を治療しただけだ。

 たいして疲れはしなかったが、他のスタッフは疲れ果てた様子だ。

 野ざらしは何処へ行ってしまったのか。

 これから赤チンとマドンナはどうするのか。

 聞いても「分かんねー」他の奴が答えをくりかえし、ボーとした日々を過ごしていた。

 ERに緊張感が無い=世の中が平和だから良い事だ。


 ジャグジーから誰もいなくなったリゾートを眺めると、ハリネズミがリゾートのジャグジーに入っている。

 あの野郎、空家になったのを良い事に、勝手に人様の施設に上がり込んで好き放題やってやがる。

 一声掛けてくれりゃ付き合ってやったのに、薄情な野郎だ。

 それに、あそこは事件現場だから立入禁止のはずだ。

 下手うったら豚箱行きだ。

 慌ててリゾートに行ったら、何人か見た事のある医者連中がウロウロしている。

「この野郎、何しやがったー」ぶっとばしてやったら「手入れの最中に、ドサクサに紛れてリゾートの権利書をいただいたのだよ。捜索が入る前に施設全部を、僕が買い取ってあった事にして登記したのだよ。だーよ」

 戦争している連中が欲しいのは組織の全容が分かる資料だから、リゾートの持ち主が誰だろうが関係なしで、リゾートは簡単にハリネズミの物になっていた。

 今回の一件で一部始終を知っていながら何の役割も無く、ひたすら傍観者となっていたハリネズミ。

 いつもなら俺にも何かやらせろと五月蠅い程催促する性格なのに、大人しくしていたのが不思議だと気付くべきだった。

 泥棒の上前跳ねるその上前がでかすぎる。

 こいつは絶対に俺より早く組織に殺される。

 俺より早死にしてくれなきゃ、世の中が信じられなくなる。

 いっそ今直ぐこの場で俺が殺してやろうか。


 リゾートでくつろいでいるのは、一度はこの街から逃げて行った医師達のようだし、こんな施設を横取りしてハリネズミはいったい何をやらかす気なんだろうか。

 殺すのは後回しにして、気になる使い道を聞いてみた。

「医療施設・シェルター付のリゾート。このまま使うのさ。客は来ないし、入会金や年会費の口座は差し押さえられないでそのまま使えるからね。たまに来るお客さんの話相手でもしてやるさ」

 要領の良い奴には、何をやってもどんな時でも叶わないと痛感した。


 何日かリゾートで遊んでいたハリネズミだったが、そんな御大臣遊びに飽きたと見えて、病院の地下室に帰って来た。

 俺と同じで、お天道様の下歩く人生は苦手のようだ。

 ハリネズミの家で古いガチャコンポンプから赤さび色の水を汲んで遊んでいると、不良警官が訪ねて来た。

 慌てて走って来たのか、喉がカラッカラで声が出ない。

 赤さび色の水を飲ませてやった。

「まだ警察にいたの?」

「急に辞めると疑われますから。そんな事じゃなくて、これから先生方を逮捕するのに、警官隊が病院を取り囲みますけど、逃げないで暴れないで素直に逮捕されてくださいよ。抵抗すると殺されちゃいますから」

「何で逮捕?」

「テロ事件の時に、逃げた警官ぶっとばしていたのを通報されて、警察署長とか警官誘拐の主犯にされてます。凶悪犯ですから~」

 其れだけ告げると、すぐに走ってどこかに行ってしまった。

「どんな事になってんだ、警官をなぐる蹴るしただけでテロリストの主犯にされたんじゃ割が合わねえだろ。それなのに大人しく捕まってくれって言われても、素直になれないのは堅気だって同じだろう」

 シロに意見を求めたら「ここは言われたとうり、大人しく捕まっておきましょうよ。暴れて撃たれて彼の世逝きじゃ、それこそ割りが合いませんよ」

 堅気の考える事は堅実だ。

 なるほど、それもそうだと思って、適当に近寄って来た警官を三人ばかりぶん殴ってから捕まってやった。


「暴れないで素直に逮捕されてくださいって言ったのに、暴れちゃうんだから。やるとは思ってましたけどね」

 署まで連行するパトカーの運転手は、自衛官の不良警官だった。

 同乗しているもう一人は、海鮮料理屋で吞んでいた時に不良警官を迎えにきた奴で、この男…かと思ったら婦警さんだったのも自衛官だった。

「これから僕達は、先生方にさらわれて行方不明に成っちゃいますから。どう言って辞めようか考えたんですよ、二人で結婚して辞めるとか、彼女の提案ですけどね。無理がありまよね。それで、ちょうどいいから誘拐されたって事にしちゃいましょうって。もちろん、上司の許可はとってありますから。心配しなくていいですよ」

「そんな心配してねえよ。これ以上濡れ衣の上塗りされたら、捕まった時完全に死刑だろうよ。どうしてくれんだよ」

「大丈夫ですよ。上塗りしなくても死刑確定ですから~。やだな~。冗談きついですよ」

「冗談きついのはどっちだよ」

 シロが「君達を誘拐するなら手錠を外してくれないかな、痛いんだよね」

「その気になってんじゃねえよ。死刑だってよ! し・け・い! 分かってる?」

「今でも死刑じゃ逃げるしかないですよね」

 なるほどそのとうりだ。

 堅気の生活が長いと、こんな時は無実を主張して裁判に臨むのが当然だと勘違いしてしまう。

 冤罪を作ろうとして俺達を逮捕するなら、間違っても無罪にはならない。

 ならば逃げるしかない。

 流石に精神科医だ。

 実に落ち着いた判断をする。


「逃げるなら徹底的に逃げるでいいんだけどな、前も後ろもパトカーでがっちり固められているじゃねえか。こんな危機的状況から、どうやったら逃げられるんだよ。どうやって逃げる気なんだよ」

「左折しまーす」

「そんな単純な話じゃなくてさー、振り切れないだろ。すぐに海岸だよ」

「逃げ道は作ってありますから。大丈夫ですよー」

 前の車が直進していくのを眺めながら、俺が乘ったパトカーは左折した。

「バイバイ」と囁き乍ら手を振ってやった。

 左折した途端、後方のパトカーがサイレンを鳴らして追って来る。

 先程まで前を走っていたパトカーもユーターンして追いかけてきた。

 狭い路地では追って来るだけで、こちらの車を停められない。

 そのうち海岸が見えてきた。


 浜には仮設の道路が敷かれ、その先には自衛隊が仮設橋に使うはしけが並べられている。

 ずっと先の上陸用舟艇まで繋がっている。

 俺達のパトカーが上陸用舟艇に乘ると、船が勢いよく発進した。

 途端に、片端が船で支えられていたはしけが、バラバラ散らばりだした。

 上に乘っていた追手のパトカーが、はしけに乗ったまま漂流しだした。

 車から降りて、追ってきたおまわりさん達に手を振ってやった。


 あくる日なのか数日後なのか。

 目覚めてはみたが、体中が痛い。

 明らかに筋肉痛でなはい痛みで、痛むところを見れば青あざがそこら中にできている。

 俺は冷凍マグロと同じ扱いだったと容易に想像がつく。

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