やっちゃん 47
野ざらしが、勝負の時は逃げるなと書いていたが、俺が病院に赴任してきて、ERの部長で御座いますなんて言っていたその時から、とっくに勝負はついてるじゃねえか。
それを、一人だけ悪者になって、娘の事は頼むとか後はよろしくって。
どれだけ俺をこけにしたら気がすむんだ。
どれだけかっこつけのキザ野郎なんだ!
俺が政治を知らないと馬鹿にしていたが、それなら野ざらしは回りの人間守るのに、どんな政治をやったってんだ。
何かを守ろうとしたら、必ず別の何かを犠牲にしなきゃならない。
それが此の世の暗黙の了解ってもんだ。
堅気だってヤクザだって同じだ。
人様が災難受けて死んでいくのを、丘の上から見物していられるような神経持った奴等と、どんな取引をしたら医者が医者でいられるんだ。
噴火が続く中、受け入れ患者の容体が安定すると、近隣の病院から医師や看護師が次々去っていった。
こうなってくると、噴火口から離れた病院に転院を希望する患者も増えて来る。
小さな噴火口とはいえ、毎日灰やジャリと一緒に火の粉を降らせる火山は、住民にとって途轍もない脅威だ。
逆らったって到底勝てる相手ではない。
潔く白旗挙げて、人間がどこかへ行くしかない。
噴火の勢いがどこまで広がるか分からないのに、ここに留まれとは言えないし、転院を希望する患者には早めに別の病院を手配している。
ここの状態をどこの病院も知っているから、優先的に受け入れてくれてはいるが、一時に転院する患者の数が多過ぎる。
今日・明日・すぐにとはいかない。
いらだった家族が、ロビーで事務方を怒鳴り付ける光景も、毎日の事でもう慣れた。
こんな時でもリゾートの連中は、丘の上から噴火の様子を眺めて平気に過ごしている。
でっかい花火でも見ているつもりか、災害の範囲がどこまで広がるか知っているのか。
実家の震災が盛んだった頃から、ここら辺りに自衛隊が駐屯していたのを思うと、今回の噴火も想定の範囲内だったのか。
それならこんなに被害が出る前に、それこそ避難命令でも何でも出して、ゴーストタウンにしておけば誰も死なずに済んだ。
自衛隊がいたのはたまたまだったと決めてしまうしか、今の俺達には出来る事がない。
ここまでの災害を予想していながら、避難勧告も何も出さなかったなどと思いたくない。
被災現場の救助活動最後の日、野ざらしから受け取ったノートは見ないで赤チンに預けたままにしていた。
あの日は、宿に帰って野ざらしが本当にやっていた事に気付くまで、あいつはロクデナシのクズ野郎だから手紙だけじゃ物足りなくて、ノート一杯に悪口を書き連ねてあるとしか思っていなかった。
疲れて帰ってから読む気にもなれなくて、病院のゴミ箱に捨てちまおうとしたら、赤チンがいたからお前の親父に預かったと言って渡しておいた。
気になったから、宿から赤チンにノートを持ってきてくれと電話したら、見たけりゃ自分が来いと病院に呼ばれた。
被災前なら、病院まで歩いたって行けた。
それが今は、火山灰だのジャリや火の粉が降っていて、ちょいとそこまで行くのに装甲車並に鉄板で囲ったブルドーザーで行く。
帰りもそれに乗って帰って来るから、宿から病院までの道路は、何とかいつでも使えるように整備されている状態だ。
半分ボランティアの道路管理があちこちでやられていて、移動で不自由はなくなってきたが、火山の勢いは治まらない。
街から出て行く人が多くて、空家が目立って来た。
こんな状況になっても街に残っているのは、元から住んでいる人で行き先が決まっていない入院患者の家族とか、消防士だったり警官だったりで、越すに越されない事情のある人達だけだ。
被災の中心からここに避難して来た人達も大勢いて、引っ越した人の許可をもらって空家に入っている。
公民館や学校といった所でも避難生活をしている。
俺が宿舎にしている宿にも何家族か入って来て、客こそないが人が増えたから、雇いの者が去った後の寂しさからは解放されている。
避難して来た人達からすると、ここは被災現場から近いから何時また巻き込まれるか心配で、早くもっと安全な所へと願っている。
行き先が決まればさっさと引き上げていく人達で、そうなったらまた元の寂しい宿に戻ってしまう。
女将に「京はまだ揺れてないんだから、安全な実家にいたらいいだろう」と言ったら「若旦那の御墓があるしぃ、大女将が施設におるから、うちは動けまへん」と言ってきかない。
何とか街の全員が避難できないものかと考えるが、次はどこが被災するか分からないのでは、行った先でまた同じ目に遭うなんて不運がないとは言えない。
街一つの大所帯、受け入れてくれる自治体もないわな~。
俺はどうやったって、野ざらしにも敵わない医者なんだな~。
最近、特に自信が失せてきている。
病院について地下室に直行すると案の定。
赤チンが徘徊している。
ハリネズミの家に入ろうか入るまいかしていたから「どうせ居候は全部食っちまったんだろ、今更何もたもたやってんだよ」
背中を押してやったら張り倒された。
「ノートの内容が内容だからー、危なっかしい事に慣れっこのハリネズミに相談しよかどうか困ってんのよっ」
雑な性格の赤チンにしては珍しく迷っていたところだった。
「なにがそんなに危なっかしいんだー」
ノートを広げて居る所に、ERの看護師長がやってきた。
これまた珍客で、いつも同じ部署にいても余計な会話などしない女だ。
居候している医者どもの雰囲気が変わった。
看護師長になってはいるが新卒の経験零で、全くの素人だったから教え込むのに大変だった奴だ。
今では何とか看護師らしくなってきたが、とても他の科に行って看護師長ですなんて言えない。
ERの秘密兵器だと誤魔化して、一切部外に出ない奴だ。
他の看護師と比べて容姿が若干よろしいものだから、事情を知らない外部の医師からは、ERのマドンナなどといわれている。
しかし、内部では完全に厄介者扱いだ。
「妹なんだわ」
「妹です」
赤チンと看護師長が二人並んで爆弾発言をした。
ノートがどうこうは後回しになってしまって、しばし皆で並んだ二人の観察会になった。
「本当に、本当の姉妹?」
「だから、こいつが妹なんだと」
「この人が姉なのだそうです」
どうにもこうにも信じがたい大事件なのに、当の二人はまるっきり他人事の様にしらけている。
「あたし達が姉妹どうのこうので騒いでないで、ノート見なさいよっ。親父のノート。あたしらさっき読んで、正気でいるだけで精一杯なんだわ」
赤チンがいらだった様子で俺にノートを差し出す。
「このノート、先生宛てみたいですよ」
妹が補足する。
にわか姉妹にしては、絶妙なコンビネーションじゃねえか。




