やっちゃん 44
シェルターの工事が一日で終って、皆して俺に有難うの御出迎えだった。
昨日の出がけには何もなかった。
風呂へ入りに来た客や宿の従業員が取り巻くロビーの真ん中に、シェルター入口と書かれたでっかい扉が作られていた。
「たった一日で鉄筋四階建ての地下に、シェルターを増築できるわけねえだろ」
絶対に騙されたと思い扉を開けると、地下に向かってエスカレーターが動いている。
どんな工事だったか聞いたが、特許の関係で工事中は関係者以外立ち入り禁止にされてしまっていた。
何をどうやってシェルターがここに造られたのか、誰も見ていない。
ヤブに頼んだのはひっそり一人用のシェルターで、宿の片隅に作ってもらって俺だけ助かる気でいた。
それが、これならここにいる全員だって一時退避できる。
長期間となると嫌いな奴もいるし、女将は最近モフモフだから二人っきりってのも若干問題がある。
それでも、二十人くらいなら何とかなりそうだ。
狭いながらもプライバシーを守りながら、共同生活が可能に見える。
きっと、千年ローンでも払いきれない。
勝手に規模でかくしやがって、万年ローンに苦しめられそうだ。
今日はシェルターの新築祝いだとか言っちゃって、隣近所呼び込んで、これから宴会が予定されている。
沈みがちな時期だから、たまにはこんなのもいい。
丘の上の温泉は、シェルターと医者がいるってだけで大繁盛している。
ここだって、シェルターもあるし医者もいる。
ところが、客が増えるなんて事は間違ってもない。
宣伝したって焼石に水だ。
一度揺れがあった地域は二度と揺れないなんて噂を信じたふりして、高台のリゾートには野次馬しに来ても、海が目の前・海抜3mの宿じゃ、恐怖心が先に立つ。
どんな話でも、聞く奴は自分が信じたい所だけ信じて、信じたくない所は嘘っぱちだと決めつける。
勝手なものだ。
後から宴会に参加すると言って部屋に入ったら、山城親父から電話があった。
「組員どころか、近所の者まで入れるでっかいシェルターを作ってくれてありがとうよ」と…御礼の電話。
パンフにも載っていない特注品だから、何十億もする代物だ。
俺がヤバイ事に手出して稼いだ金だろうと思い込んで、喜んでくれるのは有難いが、俺のローン返済期間は勝手に十万年になっている。
宴会に出ると、俺にも昼間の風呂に入れと勧めてくれる。
いつもなら都会からの宿泊客がいるから遠慮するところだが、近所から風呂に入りに来る者は俺に墨が入っているのを知っている。
そんなの気にしないと言ってくれている。
そういえばここに来て、堅気の衆とは一度も風呂を一緒した事がない。
それじゃあと風呂に入って海を眺めると、遙か沖で昨夜噴火した海底火山が噴煙を上げている。
たった一晩半日で3000mも隆起して噴火口が海上に現れたかと慌てたが「火山の熱で蒸発した水蒸気が、何千m
もの上空まで立ち昇っているのだよ、だーよ」ハリネズミが教えてくれた。
どこにでも遠慮なく出没する妖怪ハリネズミは、今日の宴会でも講談を一席打つのに呼ばれていた。
口の軽いハリネズミが、ただ一人呼ばれてそのまま来るはずもなく、風呂から上って宴会場に戻ったら、ハレンチの本領発揮して、すっかり赤チンがいやらしく酔っ払っている。
タヌキ女は本腰すえて飲む構えになっているし、女将までどら猫二匹を横に座らせ、マタタビ食わせて喜んでいる。
赤チンが本格的酔っ払いになる前に、野ざらしの娘ってのは本当はどんな奴なのか聞いた。
やはり自分を指さしているが、自分を指しながら「妹がいるけどね」完成された親馬鹿だって、赤チンを世間知らずだからよろしく頼むなどと書きはしないと思っていた。
確かめてよかったとすべきか、それとも煩わしいさが一つ増えたとするか。
まずは、その妹の正体どんなものかを知る必要がある。
「妹、どこにいるの」
「知らない」
「どんな顔してるの」
「かわいかった。悔しいけど」
「何してるの」
「知らない」
「名前は」
「知らない」
「お前、本当に野ざらしの娘か。本当に妹がいるのか」
海底火山から海底火山活動が日本海溝に沿って、拓洋第三海山へ南下している。
中米・北米の太平洋側で地震による被害も報告されている。
沖の海底火山が噴火してから24時間で、太平洋全体に脅威が広がっている。
何十年も続く災害のように言われていたが、こんなのが何十年も続いたら、人類どころか生物が絶滅してしまう。
そこんとはこうなってんのよと、テレビで知ったふりしたコメンテーターがあれこれ言っている。
どれも当たっているような、見当違いのような。
はっきり言えば、この先どうなるのか誰も知らない様子で、ジタバタしたってどうにもならねえって言ってるのに、バタバタ始める奴がこんな時には必ず出て来る。
スーパーやコンビニの棚から、日用品や食糧・水が消えたと何度も放送している。
音では「皆さん落ち着いた行動を」とアナウンサーが御願いしながら、映像ですっかり品不足になった商店の様子を流している。
パニックをあおっているのと同じだ。
こんな時まで数字に拘った結果の映像だろう。
政府の備蓄庫や配送センターにはごっそり物資が唸ってるんだから、何も問題ないから落着けと言いたいなら、物がごっそり有る所を探して流せばいいだろうと思う。
昨晩だって何不自由なく宴会ができたし、この街では棚に何も並んでいない商店を探す方が大変だ。
ついこの間まで揺れて被害が出ていた地域だって、飢え死にしたのは一人もいない。
水が飲めなくて渇死したのもいない。
普段から備えていれば、こんな時に慌てなくてすむのに、日常で災害なんか気にしていない奴に限って、非常時にパニくって我儘放題騒ぎ出す。
「ドラマなんか見ていてよくある場面で、災害にあって怪我した家族や恋人にしっかりしてー! とか言っちゃってすがって泣いたりする場面。あれよくないよな~。泣く前に救急呼べよ! っていつも思うんだよな。テレビの影響ってでかいから、そのへんの所考えてほしいよな」などと、宴会が終わった翌朝。
シェルターに供えられた大画面のテレビを見乍ら、冷かして大騒ぎしている。
しっかり密閉された空間だ。
宿のカラオケルームより防音されている。
これは具合がいいから、俺の部屋にしようと細々した物を自分の部屋から運び込んでいた。
女将が「やっちゃん先生ん部屋に化け物でも出はりましたか、内には座敷童はんしか住み付いていないはずどすが、変なのんが出たなら御払い屋さんを呼びますよって、何時でも遠慮せんとおっしゃってくださいまし」
一旦シェルターに運んだ荷物を、忙しなく部屋に戻された。
ハリネズミの講談広告に走り回っているものだから、ここのところ体力が充実していると見える。
俺が二時間かけて運んだ荷物を、三十分もしないで元に戻して平然としているのには驚ける。




