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やっちゃん 42

「シェルター欲しいんだけど、何とか金を工面してくれないか」金回りのいいヤブに相談を持ちかけた。

 そうしたら、この格安シェルター工事を世界中で一手に請け負っているのが、ヤブの息がかかった企業だった。

「お前になら百年月賦で設置してやるよ」と言ってきた。 

 金取るのかよ。

 こんな事情で「俺の懐具合は知ってんだろ、タダにしてくれよ」と食い下がってみたが「タダでは有難味がないだろう」と言って、百年月賦を千年月賦にしてくれた。

 それにしてもヤブは、人の不幸を金に換えるのが上手い男だ。

 前世は絶対に悪魔か疫病神だ。

 それはそれで見過ごすとしても、大丈夫かよ強度。

 地下に埋けたら被せた土の重みで潰れちまったんじゃ洒落になんねえぞ。


 ER設置に反対していた医師が辞めて行った事で、俺達への風当たりが穏やかになっている。

 設置当初は救急搬送されて来た患者の死亡率が跳ね上がって、病院全体の評判がガタ落ちした。

 巷では「あそこに行ったら殺されちまう」と悪い噂が広まった。

 以前はどの病院でも、救急搬送されてくる患者の九割は救命されていた。

 それは絶望的な患者の搬送先病院がER一件に集中していたのではなく、何件もの病院にほぼ均一にばらけていたからなのだが、そこまで考えて噂話は広まらない。

 ERに搬送されてくる患者の半数以上は、一般の病院に運んだのでは完全に手遅れの状態だ。

 ERがどんなものか知らない街の人達から見れば、ここがあの世の入口に見えても仕方ない。


 過去のデーターと見比べれは一目瞭然。

 他の病院への搬送患者死亡率は零近くまで下がっている。

 危篤状態の患者は俺達が一手に引き受けているのが実情で、地域全体で見ればER設置後の救急搬送後生存率は確実に上がっている。

 しかし、いい所はなかなか見てくれないのが世間様だ。

 救急隊が患者の家族にERへの搬送を告げると「頼むから、あそこにだけは連れていかないで」という人が今でもいる。

 ある程度の予測はしていたが、ここまでの不評は想定していなかった。

 数字嫌いの人達に、どうやってERの有用性を説得するか、市の職員も頭を抱えた時期があった。 


 通常なら、地域医療に重大な影響を及ぼす施設の設置だから、地域住民への説明会を開いて納得してもらった上で設置する。

 ところがここは民間が経営する病院だ。

 ずっと先の事と思って下準備も何もしていない時、持ち慣れない大金を手にしたヤブが出資をしたから、一気に計画が進んだER。

 風評に踊らされ、本物が見えなくなってしまう大人の何と多い事か。

 嘆いてばかりはいられない。

 俺が震災前に地回りやハリネズミに頼んで、ERの良い噂を派手に流してもらった事がある。

 たいして期待はしていなかったが抜群の効果で、あっという間に悪い噂は消えてなくなった。

 あてにできない噂話で、自分の命の持って行き場所を決めちまうんだから、追い詰められた人間は何をしでかすか分からない。

 クランク商事が手を引いた後も、丘の上リゾートは相変わらず好評で、ER並の救急医療体制などと謳っている。

 実力のある優秀な医師もいるし、医療機器もある程度揃っているから詐欺ではない。


 この非常時に、やるに事欠いてERまで売買いするとは、どこまでいっても人を馬鹿にした連中だ。

 経験豊富な野ざらしが、リゾートの医療施設で頭張っているから安心安全とか言っちゃって、写真入りで所属医師を紹介している。

 殆どがうちから引き抜いた医師で、看護師にいたっては全員ここから出て行った者だ。

 嫌味も院内でやっているだけなら可愛いものだが、外に出てまでいやらしい広告出しやがって、腐れ医者。

 別け隔てなく患者を受け入れている俺達のERは自由席で、リゾートのERは特等席だぞとばかりの言い草だ。

 どんなに高い金払ったってタダだって、医者が患者にやれるのは治療だけだ。

 その治療だって、驚異的な違いなんてものは漫画や小説の中の事だけだ。

 どこでどうやっても使えないイカレ医者がいるのは事実だから、上には限界が有って下を見たら底が無いとした方が正しいか。

 どっちにしたって、最終的には医者の経験と腕が生死を分けてしまう世界だ。

 医者は他人の人生に踏み込んで、幸運不運を作ってしまう者だから、いつだって自分の仕事に重い責任を感じている。

 丘の上の連中は、その重責から逃げて行っただけの連中だ。

 それなのに、高い金とってリゾートでテレテレやってる連中の方が、ずば抜けて優秀な風に世間様は受け止めている。

 街の連中の中には、無理してでも会員になろうとする馬鹿タレが随分といる。

 銀行が、入会金も自由ローンで支払い可能なんてポスターまで作って、大乗り気になっている。

 晴れた日に傘貸して、雨が降ったら病人の布団まで剥ぎ取っていくのが仕事だから、やるなとは言わない。

 だが実情を知っていたら、危なっかしい事業の会員権売買への融資なんて闇金だってためらう。

 一時期流行った商売に、会員が多過ぎてコースを回れないゴルフ場の会員権ってのがあった。

 それと同じと気付いていても、貸さなきゃ食えない金貸し商売ってな。

 どうせドボン食らうのは、金を借りた奴等だけだ。

 担保がしっかりしてれば損はしない。

 政財界に顔の利くメンバーが出資して、運営を引き継いでいるまでは分かるが、そのメンバーは表に出て来ない。

 極秘情報を利用した事業だ。

 顔出しできる筈もない。

 何とかして、首謀者連中の名前だけでも知りたい。

 一発殴ってやらなきゃ気がすまねえ。


 泊まりの晩、ERに連絡が入った。

 北緯35度46分・東経142度41分、ここから160㎞ばかり沖に出た第一鹿島海山が噴火した。

 海底の山が噴火しただけなら俺には無縁の話だが、近くを航行していた客船が、噴火の水蒸気爆発に巻き込まれ、負傷者が大勢出ている。

 6000mの海底にある3000m級の山が一つ二つ噴火したってどうって事ないが、火山活動はプレートの動きと連動している。

 これから更なる揺れが起るのかと思うと、能天気な俺でも憂鬱になる。

 院長が以前話していた太陽系最大級の海底火山だって、そいつが噴火しても大きな被害はないが、連動しているプレートの動きや日本列島の火山活動の活発化で、重大災害が発生するとか言っていた。

 今まで大人しかった海底火山の噴火は、プレートの動きが活発になっているとの警告みたいなものだ。

 どちらに向かって活性域が広がっていくのか、これからが気掛かりな現象だ。


 一報が入っても160㎞沖の海難事故だ。

 高速ヘリで搬送したって、最初の患者が病院に着くのは一時間後のつもりでいた。

 のんびりやっていたのではないが、30分もしないで「もうすぐ着くから、受け入れ態勢を万全にしておいてくれ」聞き慣れた声の指示があった。ヤブ医者だ。

 なぜヤブがドクターヘリに乘っているのか不思議に思ったが、政府の極秘地下待避所建設プロジェクトに参加していたくらいだ。

 何でも有りなだと納得する事にした。

 あいつの事でああだこうだ悩んでいるより、今は急患への対応が第一だ。

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