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やっちゃん 39

 年間利用回数を限って予約制にしておけば、特定の会員が年中入りびたりの不快な状況にもならない。

 いよいよ危なくなったら、どうせ会員は施設まで到達できないし、ゲートを閉めきってしまえば入りようもない。 

 出資者には、特別室でもあてがわれているに違いない。 

 高台から外の災害を見物して過ごす気満々だ。

 とてつもなく理不尽な金の使い方だが、違法でない以上取り締まりようもない。

 政府の要人とて所詮は人間だ。

 自分の命は惜しいし、いざとなった時に家族を守ってやりたいのも分かる。

 金にモノ言わせて医師や看護師を買い占めて、貧乏人は治療もしてもらえないまま死んでも知らん顔していられる神経が羨ましい限りだ。


 施設会員名簿の筆頭に、機密情報を垂れ流した犯人の名前がづらづら書かれているのは分かりきった事だ。

 何とか調べ上げてソイツをぶちのめしてやりたいが、今はそれより差し迫った問題を解決するのが先だ。

 極秘事項だとか言って、何年もかけて地下に待避所まで作っていながら、医師の確保一つ満足にできねえで御間抜けな政策だ。

 手間暇かけて手抜きしてただけじゃねえか。

 そんなザル法の隙間から流れ出した毒で、どれだけの人間が痛い目見るか。

 いつの世だってどんな世の中になったって、貧乏人が痛い目見るのは当たり前みたいに思っていやがる。

 どいつもこいつも、一度どん底見させてやりてえ。 

 アー! 腹がたったら無性に飯が食いたくなった。

 他の奴等もむしゃくしゃするのを持って行き場がないのは同じで、いつの間にか秘密会議が愚痴のたれ合いになって、性質の悪い酔っ払いの集いになっちまった。


 地道に病院間の医師・看護師獲得合戦が続く中、丘の上リゾートに着々スタッフが引き抜かれていく。

 ヤクザなくせに、仕事熱心な奴等だ。

 よほど日当がいいのか会員集めもまめにやっていて、毎日何組もの入会希望者が見学にやってくる。

 それだけやれる情熱と技量があるなら、堅気で商売やった方が成功する。

 ヤクザ稼業なんか辞めちまえ。


 こんな状況でも何とかやっていけるのは、周囲の病院が実績を作りたいからで、新患はほとととんど来ない。

 担当医師が患者に「これからはあそこの病院に行っちゃいますけど、どうしますか」と言った具合に、外来患者もどんどん引き抜いていく。

 全体で二割ほど患者が減っている。

 医師が転院するのに伴って、患者も一緒に転院させる。 

 今ここにいる自分が、違う病院にいる自分宛てに紹介状を書くという、不真面目な現象もみられる。

 今は何とかやりくりつけている人員配置だが、災害時には全職員が総出でかかっても処理しきれない数の患者が、一気にここへ押しかけて来る。

 前回の地震では二日ばかりの徹夜で済んだが、次に何かあったらこの病院はパンクする。


 今でも稼働可能なベットに空はない。

 この先患者が増えれば、ロビーやデイルームが病室に変わる。

 改修工事の時、大規模災害に備えた作りにしていたから、普段は図書室や休憩所として利用されている空間にも酸素や非常電源コンセントが設置されている。

 地下の倉庫には、患者用に簡易ベットが百床ほど置かれている。

 通常病床が五百の病院で、臨時に百を用意するのは多い。

 それでも非常時には足りない。

 症状の安定した患者には、マットをひいて床に寝てもらうにしても、受け入れは通常の五百に加えて二百が限界だ。

 設備も医師や看護師の数も、次々やって来る重症患者に対応しきれないのは分かっている。

 分かっていても、医療従事者の絶対数が足りないのだから国だって手の施し様がない。

 緊迫した状況が続いているだけに、医師に限らず関わる人間にとって、大規模災害時の重症患者には半分ほど死んでもらうしかない現実は、強烈なジレンマとなっている。

 自分が持っている力を出し切っても、助けられるのはほんの一握りでしかない。

 人の運不運をこの手で作り出しているのかと思うと、辛いばかりが先に立つ。


 人の奪い合いが熾烈を極める最中、再び大きな揺れに襲われた。

 前回被害にあった人達は既に避難していたのに、避難所になっていた公民館の吊り天井が落ちて、怪我人がこちらに搬送されて来た。

 俺が日頃唱えている理論のとうり、倒れそうなものは倒しておけば倒れないし、落ちそうな吊り天井は避難する前から落としておけばよかったんだ。

 それより、地震の多い日本で、どうして揺れたら落ちるのが分かりきっている吊り天井が許可されているのか、理解に苦しむところだ。

 建築基準法やら消防法なんかで、公共の建造物には厳しい基準が設けられていて、検査を通らなければ使用できない決りなのに、何かが変な具合になっている。

 やはりここでも、手間暇かけて手を抜くのが通例になっていて、どうしてこの決りがあるのかを考える奴はいない。

 法律に従ってさえいれば、現実はどうでもいいなんてフザケタ世の中にいつからなっちまっていたのか。

 それでさえ、人が傷ついて病院に担ぎ込まれたって変えようとする者がいない。

 めんどくせえから予防医療と銘打って、全国の吊り天井を落として回る旅にでも出てやるか。


 危篤状態でERに入って来た患者には、特に目立った外傷はないが、意識がなくバイタルも不安定に変動している。

 天上が落ちた時、ガレキの下敷きになって強く頭を打っている。

 頭部CTで出血が三か所見つかった。

 一つは外部から受けた衝撃で弱っていた血管が切れたもので、脳幹に近い。

 この出血が神経束を圧迫して、バイタルを不安定にしている。

 危険な状態だが、外科の俺が手出しできる領域じゃないし、脳神経外科でも難しい手術になる。

 あとの二か所はくも膜下にできているもので、緊急性は無い。

 いずれも出血は収まっているが、このままでは圧迫された脳細胞が死んでしまう。

 そうなってからでの回復は困難で、そのまま彼の世逝きって事にもなりかねない。


 頭部の強打を一報でもらっていたから、脳外の医師も立ち会っていた。

 俺は脳外の助手として手術室に入った。

 すると、後から野ざらしが入って来た。

「君~達に、神業というものがどんなものか見せてあげるからね。ようく見て、その眼に焼き付けておきなさい」

 勝手に執刀医になって、どんな時でも生意気な奴だ。

 手術室でなかったら、こいつの死亡診断書を書いてから張り倒しているところだ。


 しかし、後輩が見ている前で、自分の手術を神業と言うだけの事はある。

 速い。

 的確で非の打ち所がない。

 数年間手術をしていないと聞いていたが、きっとどこかで小遣い稼ぎにアルバイト手術をしていたはずだ。

 だから、野ざらしは休みも決りのままだし、勤務時間だってキッチリ決められただけしか病院にいない。

 この時俺は確信した。 

 病院でも手術をすればそれなりの手当は付くが、副院長にはその手当が出ない。

 どうせやるなら、外でやった方がずっと得だ。

 世界中の金を全部集める気か、そんなに稼いだって使い道がないだろう。

 強欲な奴だ。

 俺は増々野ざらしが嫌いになった。

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