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やっちゃん 38

 無人島で育った世間知らずでも、自分に不幸を招く悪事は働かない。

 医師を引き抜くからには、それなりの理由があっての事だ。

 どこかで医師を集めて、良い思いをしている奴がいるに違いない。

 しかし、近隣でこの事態を特別喜んでいるといった、不謹慎な噂は耳にしない。

 医療関係施設でしか医師を必要としない世の中だ。

 病院やリハビリ・介護施設といった処しか転職先として思い浮かばない。

 何処の施設も医師会と連係した施設で、医師の移動はこの地域内ならガラス張りで隠し様がない。

 研究機関なら、現役の医師より優秀な学生の方が適任だ。


 雲隠れでもしたか誘拐されたか。

 ひょっとしたらスカウトが俺の知った医師の所にもと、いつもハリネズミの家で仮眠している医師達に聞いたが誰も誘われていない。

 しっかり院内の交友関係を把握した上での引き抜きか?  

 親方の野ざらしが在籍しているから気にもしなかったが、よくよく考えてみればこの病院を辞めて行ったのは、野ざらしにくっ付いて来た医師ばかりだ。

 何かトラブルがあると必ずどこかに影を落としている救えねえ悪漢だが、医者には違いないから患者の為にならない事はしないだろう。

 多少の治療法や診断の行き違いは勘弁してきてやった。 

 それがどこまで根性腐っている。

 地獄に落ちたいなら仕方ねえ。

 さっさと彼の世に行ってもらうべか。


 俺一人殴り込みかけて殺してしまったのではただの人殺しになっちまうから、タヌキ女と一緒に副院長室に行った。

 野ざらしはいつものとうり深く椅子に潜っていて、俺達が怒鳴り込んでも驚く様子がない。

 それどころか待ってましたと言いたげで、机の引き出しから一冊のファイルを出してこちらに差し出した。

「気付くのが遅いよね~。僕なんかさ、始めの一人が動いた時から何かが変だと思ってね。ここ一ヵ月ばかり職員の動きを調べてみちゃったよね~」

 自慢したいならしてくれてもいいが、どうやってもこいつは嫌味な表現しか出来ない男だ。

 同じ空気を吸っているだけで具合が悪くなってくる。


 野ざらしが職員の動向調査としたファイルには、ERの反対派ばかりでなく、事務方も当然の様に調べているし、私学から手伝いにきている学生の名前まで載っている。

 こんなに暇な事やってるより、手術の一件でもやってみろと言いたかったが、さっと目を通したタヌキ女が青ざめて野ざらしに「貴重な資料をありがとうございます」

 何時になく低姿勢になったものだから、俺の怒りも勢いもすっかり冷めてしまった。

 急いで副院長室から出て、院長の所へタヌキ女が走るまま後に付いて行ったら、これから先は秘密会議だからついてこないように忠告された。

 しかし、院長室で何か一言でも発したら、一瞬で世界中に情報が広がるぞと忠告してやった。

 タヌキ女は、慌てて盗聴器の事まで忘れてしまっていた。


 この夜、またもや俺の宿舎で秘密会議が開かれた。

 今回は貴重な資料を提供してくれたので、嫌いだが野ざらしも仲間に入れてやった。

 なのに「ここの温泉は始めて~。一度入ってみたかったのさ~」とはしゃいで風呂を行ったり来たり。

 まったく話の輪に入ろうとしないから放置した。

 野ざらしが作った資料を鵜呑みにすれば、常勤医師の三分の一に当たる三十人ほどがスカウトの対象になっていた。

 そのうちの半数は、すでに移動契約が済んでいる。

 既に十人以上辞めている。

 緊急事態で交通網がマヒしたら、非常勤は当てにできない。

 過激なシフトが待っている

 その上十五人からの医師に抜けられると、確実にERの医者は過労死に追い込まれる。

 それを知ってか野ざらしも、呼ばれてはいるが返答はそのうちにと伸ばし伸ばしにしていた。


 医者をかき集めていたのはクランク商事。

 広告では、シェルターばかりが売りの施設としか読み取れなかった丘の上の会員リゾートに、付属施設として医療施設から検査機器まで揃えた総合病院を作っていた。

 金の使い道に困った連中が、日用品の買占めよりもっと悪質な、医師の買占めに走っていた。

 非常時の重症患者優先ルールに従うのが嫌だからと、専属の医師や看護師を雇った形になっている。

 会員専用病院だから、急患は受け付けない完全プライベート医療施設。

 医療保険を使わないから政府の許可も必要なく、医療施設の届け出もしないで設置していた。

 雇われた医師や看護師は、資格があるから病院や診療所といった箱がなくても医療行為は可能だ。

 非常事態の急患に忙しい思いをしないで済むし、何よりも一番安全なシェルターに、いつでも退避できる場所の勤務。

 これほど安全な職場はない。


 こうなってくると、行方不明になった俺の前任が絡んでいるのではと疑いたくなる。

 部長職を振って突然消えた医師。

 事件として取り上げたのに、一週間もしないで事件性は無いとして捜査を打ち切っている。

 僅かの間に事件として始めた捜査を打ち切るには、本人が警察に事情を説明したか、上からの圧力があったかのどちらかだ。

 前任ならば病院の事情に詳しいし、誰にどういったアプローチをすればスカウトが可能かの手段も提案できる。

 前任が絡んでいると勘ぐると、俺が来る前に行方不明になっている。

 それよりずっと前から、今回の災害情報を入手していた人物が裏で動いていると見るべきだ。

 国家機密なみに厳重に管理されていたであろう情報を、ハッカーや泥棒が簡単に盗み出せはしない。


 一連の荒稼ぎを仕切っているのはクランク商事の様に見えるが、リゾート開発といい専属医師の獲得にしても、クランク商事程度の三流ヤクザが資金繰りできる額ではない。

 詐欺転売や泥棒の計画なら同業から出資をつのるのも可能だが、どういったつもりかヤクザは堅気の商売に出資するのを嫌う。

 出資した金がどこから湧いて出た金か追及されると、組が一つ二つ潰れてしまうリスクを避けるのが第一なのだ。

 悪事にしか出資しない癖がついているから、まともな出資に慣れていない。

 出資するにしても、出資最低限度が年間利益率50%で、この利益率はヤクザ業界の基本ルールになっている。

 堅気の商売は、出資の候補にもならない。

 そんな世界ではクランク商事が仕切っているリゾート開発のように、どんなに頑張っても利益率が30%にも成らないような物件は、誰かを騙して売り飛ばすのがセオリーだ。

 初めから売り飛ばす計画なら、今回の様にはやりっこない。

 医療施設に専属の医者まで手配しているとなると、金蔵を三つ四つ持った奴等がこぞって出資して、終いには会員そっちのけ。 

 自分達が避難所にする予定の施設を、せっせと作っていると推理できる。


 会員制の施設にすれば、入会金や年会費と称して大金を集められる。

 初期投資の全額回収はできないまでも、マスコミが災害情報を流して民衆の恐怖心をあおっているうちは、会員の申し込みが絶えない。

 いい稼ぎになるのは確実だ。

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