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やっちゃん 37


 タヌキ女が街の井戸端情報をかき集めて分析した結果、これから起るであろう災害に備えて、外科の医師を中心に医者狩りが始まっていた。

 大規模災害時、病院に担ぎ込まれる患者の数は、病院に常駐する医師の数で決められる。

 どんなに重症の患者でも、治療する医師がいない病院には搬送できない。

 混乱を避ける為、設置される救急搬送指令本部は、一覧表で供えられた各病院の治療スタッフ数と担ぎ込まれた患者の数を常に見比べられるようにしている。

 病院とのホットラインを併用して、受け入れ可能な病院を常に把握していく。

 受け入れ態勢が整った所に、患者が乘った救急車を向かわせる。

 このように統制された緊急態勢の中では、医療費の請求だ支払だなどといった事務的な事は総て後回しにされる。 

 最終的には、政府からどんぶり勘定の報酬が各病院に支払わるのが決りになっている。


 早い話しが、大規模災害時の仕事量に関わらず、過去の診療報酬の実績から、病院の取り分が決まってしまう。

 この先確実に災害が広がるのなら、今のうちに実績を作っておきましょうという動きだ。

 世の中にはどんな時でも、人様の命を削って食い扶持にする奴がいる。

 後の請求に関わって来る実績を、今のうちに作っておいて、いざ揺れが過激になったら医者はまだ地面が比較的おとなしい処へ行って実績作りをする。

 いざと言う時になったら、実際に医者を必要としている災害の中心地には、医療と真面目に向き合う善良な医者だけが残さるってすんぽうだ。

 次々担ぎ込まれてくる患者の治療に、寝る間も惜しんで過労死していく。

 こんなシナリオで、着実にこの悍ましい計画は医師の支持をえて、実行しているのが地域の現状になっている。

 それでも今は実績作りの為、各病院に医師が散らばっただけで地域に医者が居なく成ったのではない。

 医療現場が麻痺するといった最悪の事態はまぬがれているが、このままいったら一年後には、この地域から医者が消えて居なくなってしまう。


 政府が大規模災害の予想をひた隠しにしていたのには、地域医療の崩壊を防ぐ目的もあった。

 実際に揺れが治まらず、一週間もたてばどんなに呑気な奴でも別の所に避難したくなる。

 しだいに揺れは断続的になっているし、振幅も小さく変わってきている。

 それでも、一度大きな揺れに遭遇してしまうと、暫くは微かな揺れでも過敏に神経が痛めつけられるものだ。

 現状この地域だけの揺れだが、住民は何処へ行ってもいずれ同じ状況になるのを知っている。

 この地に留まっている微かな希望だが、少しでもあそこは絶対に安全だなんて情報が流れれば、我先にとそこへ向かって車を走らせる。

 実際つまらないデマに踊らされ、地域の主要道路が渋滞で身動き取れない状況になった事もある。


 最初に起こったほど大きな揺れはないから、怪我で運ばれてくる患者は減っている。

 それと反比例して、寝られなかったり落ち着かないといった精神面でのケアが必要な患者数がグンと増えてきた。

 そんな患者は精神科で安定剤を出してもらえば簡単に落ち着けるし寝られるが、シロは投薬治療に反対の医師で、他の医師が対処療法として薬を処方していても、薬を一切出さないで患者に対応している。

 一人の患者に対応する時間は他の医師の何倍もかかる。

 患者の中には、あの先生は薬を出してくれないと苦情を言って、他の医師に鞍替えする者もいる。

 そんなクレームがあっても方針を変えず、何かに夢中になれとか深呼吸して眠りにつく方法などを患者に伝授している。

 数カ月前まで災害の中心にあった病院から、特命派遣されてきているとなると、これは経験から学び取った治療法だ。

 今は患者に不評でも、そのうち分かると言ってブーイングの嵐をものともせず、安眠教室なる特別治療室まで開設した。


 シロの治療法について他の精神科医も、本当ならシロのようにやりたいし、その方が先を見ると有効なのは分かっていると言う。

 何故そうしないのかの話になると、やはり銭金勘定になってしまう。

 安眠教室で患者が薬なしで眠れるようになっては、病院はもとよのり薬局まで潰れてしまう。 

 精神科は症状に合わせての対処療法が第一ステップで、ある程度身体的症状が緩和されてから根本治療に入る。

 シロがやっているのは、第一ステップを飛ばした根本治療だ。

 患者には、今一番気になっている身体的症状の緩和を先延ばしにしてもらう。

 我慢の治療とも言える。

 辛抱たまらんと言って精神科にきている患者には不評で、中には悪化する患者もいる。

 それでもシロがこの治療に拘っているのは、災害が長引くと医薬品の欠品が増えるからだ。

 特に、普段使われない安定剤や入眠剤はすぐに底をつく。

 医薬品の補充があっても、命に関わる治療の為の薬品が優先される。

 精神科に薬は殆ど回って来ないのが、災害時の実情だった。

 そんな苦い経験から学んだのが、薬品を使わないメンタルケア。

 一度覚えてもらえば、同じ患者が二度三度と通ってくる事はない。

 経営としての精神科医療を考えると、完全に相対した治療法になる。

 一般的な精神科では、積極的に行われていないのが実情だ。


 主に、メンタルケアア・心理カウンセラーがこのような治療をしている。

 このカウンセラーの絶対数が足りないのと、日本には精神疾患に対する偏見が相変わらず根強く残っている。

 カウンセラーの知名度は低く、カウンセリングの希望者も少ない。

 精神科の治療に頼るしかないのが今の日本だ。

 震災などで精神科にかかる患者は殆どが不安障害だから、医師は一次しのぎの抗不安薬を出して根本治療をしない。

 この不安障害を抑える薬にも問題があって、長期服用では重大な副作用が出てしまうし、薬は効かなくなって良い事が全くない。

 それでも、根本治療をしないから薬を続ける。

 断薬時の禁断症状で現れる幻覚・幻聴を抑える為、飲み続けているだけだから薬は効かないし、そこに身体症状を抑えるための薬を加えていくから、精神科の患者は薬漬け。 病院前薬局は大繁盛だ。


 平時ならばそれで世の中平穏に過ぎていたが、今は薬局や病院を繁盛させる時ではない。

 これから先の事を考えれば、薬に頼らない治療を進めるに超した事はない。

 だが、それを現症状で苦しむ患者に分かってもらうのは無理ってもので、シロは従来の治療は他の医師に任せて、自分はこれから先の治療をすると、科内での意見を取りまとめていた。

 シロは教室で覚えた事を、身近で同じ症状に困っている人がいたら、もったいぶらずにどんどん広めて行ってくれと患者に御願いしている。


 医師が引き抜かれているのは、この病院ばかりではなかった。

 賃金を上げて医師の奪い合いをしたのでは、青天井になった月給だけで病院が赤字転落しかねない。

 以前、俺が考えた、廻り廻った医師の争奪戦をするほど強欲馬鹿になった理事ばかりの医師会ではない。

 そのくらいの算盤勘定はできる。

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