やっちゃん 36
予想していた災害でも、規模や日時までは分からない。
できれば何事もないまま、忘れて去ってしまいたい予告だった。
心の片隅で、勝手に予測されている災害はずっと先にやってくるものだと決めつけていた。
誰もが、思っていたより早く来たと言う。
高台にあった総合温泉施設が、いつのまにやら会員制の超高級リゾートになっていた。
一度どんなものか覗きに行ったら、広い敷地の入口ゲートには警備員が常駐している。
「会員になりたいから見学させてくれ」言っても「不動産屋かリゾート開発関係会社の紹介状がないからダメだ」と入れてもらえなかった。
こうなってくると、余計見たくなるのが人間の心理だ。
御決りの深夜見学会に参加したら、高いフェンスの上には高圧電流が流され、死角の無い監視カメラが設置されている。
仮にその先に行けたとしても、二重フェンスの間に軍用犬が放されていて、こっちを見て唸っている。
日本語で御手とかお座りと言ったって、聞いてくれないよな。
あいつら、オランダ語しか知らんもんな。
中は見られなかったが、施設の内容がそれ程変わっているとは思えない。
サービスやレストランの内容が高級指向になっただけだと決めつけて、見学するのはあきらめた。
風評被害が先行しているこの時期に、リニューアルしたからったって、以前のような活気が戻ってくるとは思えない。
銭あまりの連中が、金の使い道に困って始めたのだろう、俺には一生縁のない場所だ。
「さっさと潰れちまえ!」と犬に向かって吠えてやったら「ここはね、一度潰れているのだよ」ハリネズミが教えてくれた。
ハリネズミの情報によれば、派手にオープンした時は物珍しさと割引サービスや宣伝効果で繁盛していたものの、五年過ぎたあたりから雲行きが怪しくなっていた。
施設が老朽化しても改修工事の費用が捻出できず、客は減る一方。
随分前からオーナーが、施設そっくり買い取ってくれるところを探していた。
それが今回の災害騒ぎで、たたき売りもできなくなっていた。
そんな御家の事情を知って、二束三文で施設丸ごと買い取ったのが山城と一悶着あった組の残党で、今は保険屋・不動産・中古自動車やスクラップと、手広く商っている【クランク商事】という会社だった。
地回りと山城がコラボして、クリスマスにクレーンをかっぱらってヤードに放り込んでやったから、その時の代表は未だに檻の中だが、表向きは堅気の商事会社だ。
代表を替えて生き延びている。
金の出元を辿って行けば、反社会的集団が詐欺や賭博で稼いだ危ない金だ。
これを舎弟企業に一旦預けて使えば、綺麗な金になって帰って来る。
少々危なっかしい事業にも、思い切って出資できる仕組みで、稼ぎのない温泉でも、客が入った事にして利益計上する。
洗浄する金で帳尻を合わせるのだから、金の工面はどうにでもなる。
表向き繁盛しているように見せておいて、欲の皮突っ張らかした成金に仕入れの十倍ふっかけて、施設そっくり売り払う算段だ。
下手打てば詐欺だが、気付く奴はまずいない。
資金洗浄した上に、でかい施設の売り買いで億の金稼いでおいて、社長がその金持ってトンズラこいた事にする。
一気に会社を潰してしまえば、施設売買利益の脱税までできる。
次には、脱税したその金使って同じ事の繰り返し。
どんどん裏金作って行くのが【何とか商事】と名のついた企業舎弟の役割だ。
そこら辺りでウロチョロしている半端政治家とは裏金の桁数が何桁も違う。
裏金が貯まれば、鉄砲や手榴弾に変えて戦争に備えておく。
国もヤクザも、金があればやる事はそれほど変わらない。
戦争がなければ今の御時世だ、食い物や飲料水に非常用品の買占めってところで、俺と考える事は一緒でもスケールが違う。
あいつらがその気になったら、ここらの物資はすぐに店頭から消えてなくなる。
今の所そんな兆候がないので、幾分安心して過ごせている。
つい最近、代表が塀の向こうに連れていかれたばかりの会社だ。
騒動に乗じた迷惑商売に走れる程、裏資金が豊富って事でもないらしい。
きっとこの時期だから、核シェルター完備とか言って会員権を売り出すに違いないと静観していたら、今朝の新聞に【シェルター付会員制リゾート】の広告が載っている。
だから……売れないって。
広告の中では、社名の由来を自動車のクランクだと言い張っている。
人生そのものが曲がりくねった奴の集まりだから、曲道のクランクとしか思えない。
それにしても、ヤバい金の資金洗浄や脱税の為、カックンカックンの曲り道ばかり進む会社を【クランク商事】とはよくつけたものだ。
俺が今いる病院は、昔はおんぼろの小さな診療所だった。
それが、改修工事が終わった頃には、既に百人からの医師が常勤している病院になっていた。
非常勤医まで入れると、二百人の医師が在籍する大所帯だ。
いつだって人の出入りが当たり前だが、きちっと引き継ぎしないで急に辞めていく医師は一人もいなかった。
それが、今月になって三人の医師が猶予期間なしに突然辞めて行った。
のべつ幕なしに地面が揺れている。
不安になるのは分かるが、この病院だけが揺れているんじゃない。
辞めたって同じだろう。
きちっと引継ぎしてから「辞めます」と申し出ているのが、十人以上も待機している。
世の中薄情な奴ばかりだ。
日本中どころか、いずれ世界中が揺れ出すとの予測だ。
一っ所にドンと構えて医者やってりゃいいのに、辞めてどこに行こうってんだか。
馬鹿な奴等だと思っていたが、闇雲に脳足らずがフラフラ職場を変えているのでもなさそうだ。
タヌキ女が院長室に俺を呼んで「極秘の会議だから、誰にも教えちゃだめだよ」と言う。
「院長室にはな、改修工事が終わった時から何台も盗聴器が仕掛けられているから、ラジオブースで生放送するのと代わんねえぞ。どれだけ小声で話したって、秘密に成らねえべ」と教えてやった。
宿に帰って俺の部屋で、院長とハリネズミ・タヌキ女に赤チンとシロの極秘会議を開いた。
「ハリネズミを入れたら、一週間もすれば街中に知れ渡っちまうじゃねえかよ。ボケ」
ハリネズミ排除の緊急動議を仕掛けたら「ぼくには君と違って良識ってものがそなわっているのだよ。だーよ。何度言わせれば覚えてくれるのかね」と憤慨した様子だ。
ゴーサインが出るまで、他言無用に同意したから仲間に入れてやった。
いい年こいた大人でも、普段仲良くやっている連中が寄ったって会議だなどと言っている時に、一人だけ外されるのは辛い物だ。
俺は家族会議というやつからいつでも外されていたくちだから、ハリネズミがどうしても会議に参加したい気持が分からないでもない。
だけど「絶対に秘密は守るから、大丈夫」何度も繰り返し強調されると、かえって信用できなくなるものだ。




