やっちゃん 35
「それでなんだったっけ?」
「僕が務めている辺りの天変地異は落ち着いて安定期に入ったんですけど、これからは日本中・世界中が同じような目に遭うんですよ」
「そんな急に言われたってな~」
「急じゃないですよ。僕の代わりに来た城嶋さんが全部伝えているはずですよ。それが彼の一番の仕事で、ここに赴任されて来たんですから」
「聞くには聞いたのだかね、ぬらり君。彼の言っている事はSFでね。信じられないし理解できないのだよ、僕は。君の話も同類項なのだがね」
困った。
参った。
俺の病気やシロの嘘っぱちでないなら、もっとまじめに聞いておけばよかった。
ぬらりに話してもらっても理解できない。
やはり、ハリネズミから聞くのが一番俺には解り易い。
地下の病院が一段落。
懐かしくなったもので、ちょいと遊びに来たぬらりひょんを迎えに、ヘリが宿前の浜に降りてきた。
ちょっと前まで平穏だった海岸には上陸用舟艇が停泊し、ヘリは頻繁に上空を旋回している。
地域住民には防災訓練だとごまかしているが、裏に隠された真実をハリネズミが全部講談でバラしてしいる。
もはや国家機密が、公然と井戸端会議で噂されている。
事情は訳有って言えないが、これから俺達の住む街の病院が忙しくなるよと、ヤブからメールが届いた。
【実家の周辺で起こっていた異常気象は、これから世界で始まる災害の予告編みたいなもので、何処へ逃げたってどうなるものでもない】
ノストラダムス真っ青じゃねえかよ。
終末論の成れの果て天気予報など、この街に住む者なら誰でも知っている。
どうせどうにもならないものならば、今からびくついて生活していたのではつまらない。
これがここら界隈の多数派で、少数派の金持ち連中は高台に核シェルターを作って一安心している。
俺達はというと、世界で同時に災害が多発すれば食糧不足になるのは必至だから、カップ麺と飲料水の備蓄に精出す毎日だ。
宿の一角で鶏を飼い始めた。
残飯を食わせておけば、毎日新鮮な卵が手に入る。
ここのところ毎朝、実に健康的な朝食にありついている。
それに、病院勤めだから医薬品や非常食はどこの誰より優遇されると信じている。
無政府状態になってしまえば誰も頼れない。
しっかりサバイバルキットもそろえた。
当たり前のようにホームセンターで売っていた。
慌てて何でもかんでも買い占めるといったパニックじゃないし、ハリネズミがやんわり伝達した災害予報のお陰か、住民はみな落ち着いて普段の平和な生活に謳歌している。
ちょっと気になるのは、辺りが暗くなってくると、宇宙船みたいに光る物体が旅客機の航路を横切って、ビュンビュン夜空を流している。
あれが公道だったら、とっくに交機に取り押さえられているところだ。
パニックを恐れて災害の予報公開をためらっているのなら、夜空を飛び回る自衛隊の試験飛行訓練を昼間にする方が先だろう。
分かりやすいのだけが取り柄のハリネズミの説明でも、近く世界中が自然災害に見舞われるとの予報が出され、極秘に避難施設が作られているとまでしか分からなかった。
どうせ俺は、ここのERから離れられないし、そこまで分かっていれば十分な気がする。
患者がいて医者がいたら、あとは治療するだけだ。
他の理屈や理由なんてのは必要ないし、どうしても理由がいるってんなら、後からいくらでもくっ付いてくるものだ。
今朝、野ざらし派の内科医が一人辞めて行った。
これから病院は忙しくなるってのに、どういった了見なんだ。
誰だって楽して稼げればそっちが良いに決まってる。
だけど、こんな時期にどこへ行ったって同じだ。
ERがあるから、サイレンの音が頻繁で忙しいと感じるが、救急は俺達が処理している。
内科の業務に影響などない。
根も葉もあるデマだから、知らんふりして仕事してればいいなんて無責任は言えないが、忙しくなりそうだから他に行く、大変そうだからやらないでは、どこへ行ったって何をやったって上手くいくもんか。
自分が楽したいばかりに、病院の仲間も患者も見捨てて逃げ回れる奴の気がしれない。
野ざらし派の医者が減るのは、俺にとっては喜ばしい事件だ。
辞めたのが行った先で何しようが、そんなのはどうでもいい。
ERにつまらない難癖つけて来るやつが、一人でも減ればそれだけ鬱陶しい思いをしなくて済む勘定だ。
どうせなら、あいつら全員辞めてくれれば清々する。
ただ、そうなっては医師に不足ができてしまう。
補欠要員を決めておかなければならない。
となると、他所の病院から引き抜くしかなくて、うちに医者を引き抜かれた病院はと考えると、廻り廻ってキリがない。
とりあえず、今のままがいいのだろう。
そう思ってハリネズミの家で仮眠をとっていると、大きく下から突き上げるように地面が揺れた。
気構えは随分前から有ったから、ハハーンとうとう来やがったてなもんで、さっと起き上がって一階にあるER職員の詰所に入った。
入るとすぐ、今度はさっきより大きく病院の建物が前後左右に揺さぶられて、机にあったコーヒーカップが勢いよく吹っ飛んで壁にぶち当たった。
ガッシャッーンと危なっかしい音をたてて、割れた破片が俺の足元まで飛び散って来た。
長いこと揺れているから、立っているのも容易じゃない。
病院のあちこちで物が落ちて壊れる音がけたたましく、女・子供の悲鳴が絶え間ない。
電気が一瞬消えて非常用バッテリーに切り替わると、すぐに館内に落ち着いて行動するよう一斉放送が流された。
事務方が、院内の一般人を非常誘導している。
何度も訓練しているから、スタッフも慌てず慣れたものだ。
救急の一報が入った時は、まだ揺れが治まっていなかったのに、しっかりした対応ができている。
普通の地震なら、大きな揺れがあってその後しだいに小さな余震が断続的に続くのだが、今回の地震は大きな揺れこそ治まったものの、其の後は揺れっぱなしでいつまでたっても静まらない。
これも事前の情報として聞かされていた。
二次災害がどうこう言っていられる状況ではなく、揺れている中で救助活動をしなければならない。
揺れている最中に怪我人を救出し、寸断された道路を迂回した救急車が病院まで搬送してくる。
患者は危篤状態になって、ようやく病院に辿り付く。
運ばれて来た患者の怪我を縫うのだって、揺れている中でやらなければならない。
これが難儀で、海釣りの船で小さな針に餌を付ける作業と同じだ。
俺は酷い船酔性だから、手術中に下を向いていると気持ちが悪くなってくる。
慌てて薬剤師に酔い止めをもらって、何とか手術を続けた。
海に近い街の住人でも、俺と似たり寄ったり体質が大勢いる。
何時間も地面にフワフワ揺れられてたら、気分が悪くなって当然だ。
紙袋で覆ったビニール袋を持たされ、薬局の前に列をなしている。




