やっちゃん 33
俺はなんだか非常に嬉しかった。
非情事態で招集されたって、チョイと前まで住んでいた街が壊滅状態なのをテレビで見たって平然としている奴だ、俺がヤクザ人生の総てをかけて脅したって、本当の事を言ってくれないのは分かっていた。
だから俺は赤チンに、今月の給料全部を賭けた相談をしておいた。
赤チンが女の武器を使って、シロから地下の病院について聞き出せたら赤チンの勝。
赤チンと一緒の部屋に行くのが嫌で白状したら俺の勝。
どうやっても話さないならドロー。
俺は少しの間シロを観察して、ぬらりひょんと方向こそ真反対の変人だが、行きつく所は異常な潔癖症だ。
赤チンのような女は苦手で、一緒の部屋で一晩過ごすかゲロするか選べと迫られたら、どんな秘密だって其の場で正直に話すと踏んでこの賭けを持ち掛けた。
案の定、赤チンは自分の女っぷりに自信過剰だから、この賭けを簡単に請けた。
世の中、これ程に単純な奴ばかりだと生きやすい。
そうそう贅沢も言えないのが本当で、赤チンも地下の病院てのに興味が無いわけじゃない。
俺の考えを見通していたもので、飛切りネチッといやらしく迫った。
シロは藪から棒の御誘いに慌てて「話します! 話しますから勘弁して頂戴」
赤チンから逃げて俺の後に隠れた。
「話しますけど、国家機密扱いの情報ですからね。他で話さないでくださいよ」
いくら赤チンが恐ろしくても、国家機密並の情報をこんなに御軽い奴に明かすとは、病院の管理者もどうせろくなもんじゃねえ。
「地下の病院って言ってますけど、地下空間に作られた施設の一つに病院があるって言った方がイメージ合うと思いますよ。病院の管理責任者は、皆さん御存知のヤブさんです」
そう来たか。
急に姿くらましたぬらりひょんを、簡単に探し出した上に引き取って面倒見るなんて言い出すから、何か隠し事をしていると疑ってはいたが、そんな大それたことをやらかしていたとは。
「政府は、何年も前から自然災害の異常発生を予測していて、避難所として地下都市の建設をしてたんですよ」
どこからそんな大金が出てきた。
ヤブのここのところの金回りの良さも、その辺からきていそうだ。
ここで赤チンが、平凡だが当然の疑問を抱いた。
「何年も前に予測してたなら、もっと早く避難命令出しておけば被害は出なかったでしょ。今回の被害って、御役所仕事の弊害とか言わないでよね」
「違いますよ。僕が知る限りでは、最善の処置だったと思います。あそこは、これから一番安全な地域になる予測ですから。政府の主要機関も、総てあの地域に引っ越してくる予定です」
昨夜は日本海溝みたいな深酒はしていないし、睡眠だって十分にとっている。
シロの言葉が正しく俺の脳内で処理出来ていないようで、伝わって来る言葉が総てSF小説になっている。
「俺、何か疲れてるから、今日その話聴いても理解できないわ。とりあえず寝るから」
寝ようとしても寝られないが、横になって幻聴が納まるのをひたすら待った。
結局24時間の病院待機が在っただけ。
非常事態宣言は解除され、俺達は解放された。
実際に実家の方は災害に見舞われているのに、こちらには全く患者が来なかった。
うかつにも、過労で人の話が理解できる状況ではなかったから真相は不明だが、どうせ馬鹿でかい地下室のある病院の事だし、つまらん話だからおいおいハリネズミに聞けばいい。
そんなどうでもいいような話を聞きたいばかりに、月給をそっくり俺との賭けに負けて失くしている。
どれだけ自信過剰なんだ。
何時までも若いと思うな、今のお前には誰が見ても立派な薹が立っている。
考えなくても赤チンは馬鹿だ。
臨時に収入が見込める。
給料日には少し早いけど、私学の連中と地下室に屯っている奴等を招待して、温泉宴会と決めた。
山城親父や地元に残った組員も呼びたい。
タヌキ女に言ってみたら、自衛隊のヘリが宿前の海岸に降りてきて、山城組が久しぶりに全員揃った。
懐かしがっていると、往復したのだろう同じパイロットのヘリが降りて来て、診療所の連中ばかりかパイロットまで宿に上がって来た。
「診療所の連中は呼んでないぞ」と言ったら、タヌキ女が「ついでだから呼んだのよ」と余計な事をしてくれていた。
それは勘弁するとしても、ヘリのパイロットって何者なんだか。
事情を聴けば「いまのところ自然災害が一段落して急患もないから、近場へ出かけるのは問題ないんですよ。でも、緊急に呼び出しがあったりすると、簡単に辿り付けるところではないですから、医師の近くにはいつでも自衛隊のヘリが待機する決りになっているんです」
山城の連中は名目上、診療所の連中が外出するのに同行する形にしてあった。
どれだけ税金を無駄使いすれば気が済む。
日本国の石潰し。
政府は何だってヤブ如きにそんな権限を与えてしまったのか、それよりもこの医者の何処にVIP待遇の理由がある。
こうこうこういった訳だからと、入れ替わり立ち代わり俺に説明を試みてくれるが、どの様に考えても説明されても、まったく理解できない。
何も分からないままなし崩しに宴会となって、近くで天変地異の大災害が起こっているとはとても思えない乱痴気騒ぎが始まった。
そんな中、折角招待したのだから馬鹿騒ぎに馴染んで、浮かれ飛んでいてほしいと思うのが何人かいる。
タヌキ女の爺さんもその中の一人で、昔気質の人だから、世間様が大変な思いをしている時に自分達だけこんな良い思いをしていて申し訳ないといったところだろう。
「それはそれで今は今だー」と言ったら、事情が違っていた。
「そうじゃねえんで、いつだって金欠の先生が、近く皆を招待して宴会を主催するかしないか孫娘と賭けをして、三十万ばかりむしり取られたばかりなんでさあ」と言う。
浮かない顔で飲んでいる連中は、皆孫娘が胴元はった宴会博打の負け組だそうだ。
爺さんと院長と、貫太郎に組の若いのが二人と、ヤブまで合せて六人が負けている。
喜んで騒いでいる連中は勝ったのかと言うと、そうではない。
賭けに参加していなかったか、声をかけられていなかった。
タヌキ女は、俺が赤チンと地下病院の事で賭けをしたのを聞いて、どうせあぶく銭を稼いだら宴会で使うしか考えの浮かばない男だからと、山はって今回の賭けの胴元になっていた。
赤チンは負けても、給料の保証をタヌキ女がしていた。
簡単に賭けに応じていたのには、悍ましい裏事情があったからだった。
シロへの過激なアプローチで俺との賭けに負けて、宴会に皆を招待するように持ち込むまでが赤チンの仕事。
成功したら配当がもらえる約束になっていた。
思い起こせば俺は、この勝負もらったと確信した時、赤チンから「あぶく銭なんだから、皆を招待して宴会くらいは開いてよね。それだってあんたの儲けは十分残るだけ給料もらってんだからね、私」と言われていた。
あの時は赤チンの表情が般若に見えて、酷く恐ろしい剣幕だった。
よせばいいのに、宥めようと思い簡単に宴会の約束をしていた。




