表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/53

やっちゃん 32 

 事の成行を院長に報告して、翌日の会議で他の職員にも事情を説明した。

 俺は行方不明の患者が見つかって、社会的問題を起すでもなく次の職場で元気にしているのだから、それで好いと思っていた。

 とこがここへきて今度は、直接の上司である俺の問責だと野ざらしが騒ぎ出した。

 ぬらりひょんの事で副院長室にねじ込んで行ったから、今でもその事を根に持っていて、この時とばかり反撃に出てきやがった。

 俺の責任も何も、奴が出て行く引き金引いたのはお前だぞと言ってやろうとしたら、いきなりタヌキ女が意見しだした。

「本来、この様な場では中立であるべき立場でありますが、議論の焦点が些かずれている様ですので、修正の御願いも含めて発言させていただきます。

 そもそも今回の失踪事件は、日頃の激務に失踪した医師が耐えられなかった事が根源にある事例かと思われます。

 その点、メンタルに重大なる虚弱性を持った者を、ERという重責且つ体力消耗の激しい部署に配置したと言う点で、我々運営の過失責任は免れようのない処であります。

 人事権の暴走を知りながらも抗議する事無く、これまで耐えてERを支えてきてくださったスタッフの方々には、感謝に堪えません。

 皆様方共々、科の代表医師を問責する権利も資格も私どもには無い物と思慮いたします。

 今回の事件をどなたかの過失とするならば、全責任は私ども人事権を持った運営にあるもので、運営サイドには当然の事ながら、副院長も含まれるところで御座います。

 本件は理事長である私を含め、運営の不徳の致すところであり、一切の責は運営にあるものとすべきであります。

 この場で、皆様方には多大なご迷惑をお掛け致しました事、深く陳謝いたします。

 院長共々、このとうり御詫びする次第で御座います。

 どうかお許しください」

 院長が起立して、タヌキ女と二人でオデコが赤くなるほど机に頭を押しける。

 運営の一人と指摘された副院長の野ざらしは、意見するでも謝るでもなく不機嫌な顔をして座っている。 

 議長になっていた外科部長の一声で、会議はすぐに終わった。

 これから先、この件に関しては誰一人として俺を責めなくなった。

 タヌキ女が珍しく弁護士らしい仕事をしたので、褒めてやろうと院長室を覗いたら、院長と二人で藁人形に五寸釘を打ち込んでいた。

 黙って其の場から逃げた。


 ぬらりひょんがいなくなって二週間が過ぎた時、ヤブの紹介で一人の医師がERに配属された。

 ぬらりひょんが転任した病院にいた精神科医だという触れ込みだが、本当に在る病院なのか疑わしいところだ。

 こいつは先天性白皮症で、見掛けが真っ白なのはそのうちに慣れるとしても、性格がぬらりひょんに負けず劣らず同格の変人だ。

 白は総ての根源であり、白こそが精神の静寂と健康の源であるなどとのたまう。

 城嶋というのだが、この城を取って【しろ】と呼ぶ事にした。

 俺は【城】のつもりだったのが、言ってしまってからまたしくじったと気付いた。

 気に入らなかったら変えるとしたのに「白ですか、いいですね~。シロいいですね~」

 勘違いして喜んだものだから、白黒の白からのシロになった。


 こいつは偏見に晒された経験がないのか、アルビノをまったくハンデと思っていない。

 変人の方向が、ぬらりひょんと真反対に明るくハキハキした者だ。

 どういった素性かもっと詳しく知りたかったから、何度かこちらからヤブにメールを送った。

 暗くなりがちな科だから、かえってシロみたいなのがいたらいいだろうとメールが届いたきり、実家のある地域とは音信不通になってしまった。

 ニュースでは、実家の辺り一帯が異常気象の多発地帯になっている。

 通信を含むライフラインが崩壊状態になったらしい。

 県知事の要請で、自衛隊の救援活動が本格化しているとの報道もある。

 貫太郎が、こっちにクロ猫を連れて来た頃からボチボチ変な噂は聞いていたが、いよいよ本格的に危ない地域になっちまった。


 報道番組でくぎづけになっていると、ER職員に非常招集がかかった。 

 非番だったが緊急事態だ。

 女将が用意した握り飯を持って、病院にすっ飛んで行った。

 すぐにでも急患が自衛隊のヘリで搬送されてくるからと連絡され、一般病棟の医師も災害時緊急体制で待機している。

 シロは最近まで勤務していた地域の医者だったから、あの地域は今どんな事態になっているのかと訊ねると「騒ぎが始まってから僕はずっと地下の病院にいたんで、外はここに来る時にチラッと見ただけですよ。詳しい事はわかりません」

 自分にはまったく関係のない世界の出来事ですとばかり、平然と俺が持って来た握り飯を食っている。

「美味しいですねこのおにぎり、鯛めしのおにぎりなんて初めてたべましたよ。贅沢な物ですね」

 どこまで呑気なポジティブなんだ。

 すぐ近くの街一つが崩壊しているというのに、不安という感情がないのか。

 これなら、重責に耐えかねて自身が崩壊する心配はない。

 下手に感情の起伏が激しい俺みたいのは、見習うべき所の多い男だ。

 こんな奴だから、ヤブがここによこしたのかと一瞬思ったが、そこまで気が利く人間じゃない。

 ぬらりひょんと入れ替わっただけだ。

 良からぬ方向に向きそうになった自分の脳を修正した。


 院長が、防衛大臣と県知事からの要請で、職員に非常招集をかけた。

 休みの職員も総動員されているのに、職員は院内待機と指示されただけだ。

 症状が安定している外来は、あらかじめ書いておいた処方箋を受付で渡すだけ。

 急患が来るまで医師の仕事は殆どない。

 ERを持った病院が、被災地域からヘリで搬送される患者だけの受け入れ態勢となると、近隣の一次二次病院や開業医にまで緊張が波及していく。

 普段なら、受け入れ病院を探すのはERに向って走る救急車内だが、非情事態宣言が出されると、緊急性のない患者は他の病院にまわされる。

 人手が足りなければ、応急処置の手伝いもできるよう訓練されているから、非常時は事務方も総員呼び出されている。

 ところが、急患が搬送されてくる様子も連絡もないまま、半日が過ぎた。

 病院は何時もより暇で、患者より職員の方が多い。


 何時になったら解放されるんだか。

 手術室に入るのか帰っていいのかも分からないまま、地下にあるハリネズミの家で横になっていた。

 臨時雇いだった私学の連中も来ている。

 怪我人が運び込まれてこないから、手持無沙汰のまま花札博打に熱心だ。

 ハリネズミにしっかりカモられて、裸にされて泣きべそかいてる奴までいる。

 平和過ぎる。


 シロがぬらりひょんと入れ替わりなら、奴は地下の病院にいるとなる。

 病院が地下なら、ヤブの言っていた住所もまったくデタラメでもなさそうだ。

「ぬらりと入れ替わりだったなら、あいつが今は地下の病院て所で医者やってるのかい。その病院てのはどんなところなんだよ」

 シロは黙って何も言わない。

 赤チンがジーっとシロの顔を見ている。

「あんた、良く見ればいい男だわよね。ちょっと奥に行かない? それとも全部白状する?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ