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やっちゃん 31

 病院の医師が、外で人様を傷つけたりしやしないか。

 やっちまったら大騒動だ。

 ERどころか、病院の威信に関わる大問題に発展しかねない。

 確かに、ここに来た医師達が言うのは真理かもしれない。 それじゃあ、病院の評判を守る為なら、一人二人の患者を切り捨てたって良いって事になっちまう。

 それより、こいつ等の理論には、ぬらりひょんが同じ病院で働く仲間だって気持ちが微塵も感じ取れねえ。

 俺はこう考えて何か言おうとしたが、こいつ等に言って聞かせるにはずっと遠回りしたところから説明して行かないと、何一つ真面に通じ合えるところが見当らない。

 俺は言うより拳固の方が早い人間だから、こんな分からず屋共と話していると怪我人を次々作り出してしまう。

 野ざらしも早めの処分と騒いでいる連中も、病人を銭の源にしか思えないクズばかりだが、頭の出来は俺よりずっと上等だ。

 ここで腹を立てて喧嘩の限りに全員ぶちのめしてやれば、俺の気分はすっきりするが、ぬらりひょんにいい結果とはならない。

「てめえらの能書きにゃ呆れて怒る気にもなれねえ」

 たんか切って部屋を出てやった。

 俺の堪忍袋もでかくなったもんだ。


 こんな事があって、実に嫌な一日だったと下宿でハリネズミに愚痴った。

 俺は自分の事を可哀想な人間だと、人にグチグチ言いふらすのはみっともない事だと思う。

 吞んだって滅多に愚痴は溢さない。

 それが、ヤブとハリネズミには気兼ねなく話しているから不思議だ。

 すると、今まで黙って聞いていたハリネズミが、奮然として起ち上がった。

 こりゃ放っておいたら、野ざらしの所に殴り込む気か。 

 一暴れしそうだと感じて引き留めた。

 俺との喧嘩じゃふざけて手出しして来ないが、噂じゃ、昔はチンケな組に一人で殴り込みかけて、その組を再起不能にした男だ。

 怒りのまま出かけて行かせたら、病院までそっくり壊されちまう。


「大丈夫だよ。僕はぬらり君の事を友人だと思っている。その友人が大変な時に、彼の足を引っ張るような事は控えるくらいの良識は持ち合わせている人間さ」

 風呂に入るといって部屋を出て行った。

 ならばよかろうと思って部屋にいると、ハリネズミが即興で一席かけるからと息切らせた女将が俺を呼びに来た。 

 いつからか、ハリネズミの講談は週に三回の月水金と決まっていた。

 時々気が向くと、即興で一席打つ。

 暇つぶしに何度か見ているうちに面白くなって、俺も今ではファンの端くれにしてもらっている。

 そこんところを知っているものだから、予告なしに始まる即興の時は、女将がこうやって俺を呼びに来てくれる。

 始めるよと宣言してから支度して、話が始まるまでには間がある。

 出だしの肝心な所を聞き逃す事もない。

 それに引き換え女将は忙しいもので、風呂でそんな気配があったら確認して、すぐさま館内を宣伝して走る。

 このごろは講談が無い時でも走り回っていて、事情を知らずに女将を見かけた客は、元気な女将も有ったものだと笑っている。


 今日はどんな話を聞かせてくれるのか。

 注意深く聞き入ってみると、さっき俺が話した事をそっくりそのまま物語っている。

 ハリネズミの話の中にも野ざらしは野ざらしで、ぬらりひょんはぬらりひょんとして出て来る。

 怪談話が多いから都合が良かったとかで、二人は頻繁に出て来るキャラだ。

 俺は知っていたので始めから面白く聞けた。

 二人のキャラが登場したばかりの頃は、誰が野ざらしか、どいつがぬらりひょんか客は分からずだったのが、何話かしているうちに正体が知れていった。

 聞いている爺さん連中が「やはりね~、あいつならやりそうだ」といった風に、講談の最中から話に尾ひれ背びれが付いて行く。

 話が終わり頃になると、野ざらしは勧善懲悪の大悪人として世に君臨。

 現実と作り話がゴッチャになっている。

 ハリネズミは話の中で悪漢を退治しないで、殲滅されなければならない族は未だ野放しの状態のまま次回に続くとなる。

 巧な集団催眠だ。

 時代を百年も戻せば、歴史に残った支配者以上に優れた独裁者になれただろう。

 今の時代の人間で良かった。

 ハリネズミが戦中にいたら、きっと歴史は変わっていた。


 翌日から野ざらしを支持するER反対派の医師は、連日患者からのクレーム攻撃をうける事態に陥った。

 そうなってくると、どんな時でも自分が大事な連中だから保身に精出す。

 結果として、ぬらりひょんの問責なんてのはどうでもよくなってしまった。

 二・三日患者と医者のゴタゴタが続くと、ぬらりひょんの失踪事件までもがアヤフヤに忘れ去られて行った。

 普段から影の薄い男だ。

 このまま発見されなかったら、いずれは皆の記憶から消えて「そんな奴いた?」となってしまう。

 のかな~と思わなかったのではないが、人一人身の回りから突如消えたと言うのに、一週間もしないで忘れ去られてしまうとは可哀想な奴だ。

「これで、アタフタしないでぬらり君を探せるだろう」

 ハリネズミは、どうだ俺の底力思い知ったかと自慢するが、ぬらりひょんが帰って来た時に、間違って今起きている実情を知る事があったら、お前はあいつに何と説明するつもりだ。

 一歩間違えば、チョイと前に屋上から飛び降りた患者の二の舞だ。


 頭の中が大人になったぬらりひょんが、計画的に家出しただけあって簡単には見つからない。

 どうしたものか困り果てていたら、十日も過ぎてヤブから電話があった。

「ぬらり君は家で預かってる。身柄を受けたいなら、一億持って診療所に来い。警察には絶対に言うなよ。言ったら御前の恥ずかしい動画をネットで流すからな」

 金が欲しいなら、恥ずかしい動画を流すと脅せばいいだけだろ。

 文無しのぬらりひょんを誘拐する意味がない。

「ふざけてんじゃねえよ、あれでも必要な医者なんだから。帰って来るように説得してくれよ」

「んー、無理!」

「何処の病院かは教えられないんだけどね」と言って、近況報告代わりに、ぬらりひょんが病院で元気そうにしている動画が送られて来た。

 ここに居た時より顔色もいいし、なによりやる気が見られる。

「ぬらりひょんを変な薬の人体実験に使ってんじゃねえのか、目つきがぶっ飛んでるじゃねえかよ」

「活き活きしてるとか、目が輝いているとか言えないかな

~」

「ぬらりひょんがそれでいいってんなら無理に帰って来いとは言えないし、あいつが元気なのがなによりだけど……」

「奴の事は気に掛けて、注意深く診ているから大丈夫だー」とヤブが言う。

 不安材料がないわけではないが、ぬらりひょんはヤブに任せる事にした。

 とは言っても、ヤブはいい加減がエネルギー源の生物だ。 丸投げして後は宜しくでは心配だ。

 いつか皆でぬらりひょんを訪ねて行くからと言って、病院の住所だけは聞き出しだ。

 のだが、やはりヤブに任せっきりでは心もとないというか危険過ぎる。

 地図で病院の所在地を確認してみれば、そこは畑のど真ん中で、ビニールハウスの一件さえ建っていなかった。

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