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やっちゃん 27

 客があれでいいってんなら俺がとやかく言える立場でもない。

 いい加減にしておけよくらいは言って聞かせるが、やめろとまで強要する気はない。

 すると赤チンが「ハリネズミが何を思ってあんな真似をしているか分かる?」聞いて来たから「そんなもの助兵衛心がニョキッとむき出しになっただけだろう」と答えてやった。

 そうしたら赤チンは「ハリネズミがあんなことをやっているのは、助兵衛には違いないからいい加減な話をしているように思うかもしれないけど、満更デタラメを言っているのでもないのよ。あからさまに病院の内輪話をするのは憚るでしょ。妖怪話仕立てにして、古今の病院に関わる裏話を語って聞かせているの。聴き手もその事は先刻承知の上でね、たとえ話の中に病院の現状を聞き取って、どの医者の診断はいい加減なものだから信じちゃいけないとか、あの医者ならまかせっきりで大丈夫だとかの判断材料にしているのよ」


 ハリネズミは代々病院の敷地を有した家の者で、親の代から病院に勤めている強みとでも言うべきか、赤チンの話も納得の行くところ。

 そういったつもりでさっきの話を思い出してみると、思い当たる節がいくつもある。

 なんだってハリネズミは急にそんな事を始めたのか疑問に思うと問う間もなく赤チンが「この講談は、ここら辺りでハリネズミの親のそのまた御爺さんよりもっと前から受け継がれて来たお家芸でね、いわば知る人ぞ知る地域限定無形文化財なの」だそうだ。

 世が乱れればその都度、時の御上や政府、江戸・東京の情勢や世間の悲哀を風刺して話を作り、村人に聞かせていた。

 新聞が自由に報道できるようにり、一時ほどの流行りはなくなっていた。

 テレビやラジオで簡単にニュースが聞ける時代で更にすたれたが、演目を限られた地域の事柄に置き換えて細々と続いて来た演芸らしい。

 客にお題をもらって、即興の講談に仕立てたりもする。

 ハリネズミは、奥深い芸事の家元にあたる人間だった。


 世が世ならば、乳母日傘の御坊ちゃまといった処だろうが、どんなにひいきしてみたってただのスケベ野郎だ。

 それに、いかに実しやかな話でも、変態の赤チンが言うから信憑性が微塵も無い。

 信じろと言う方が間違っているのに、この話は秘密にしておいてくれと言う。

 秘密にするも何も、信じていないから人には話さない。 

 これまでどうり、ハリネズミは張り倒す。

 病院の争い事を風刺して語り部するのは勝手だが、元来病院で生業している者なのだ。

 意見は堂々と前に出て来て言うべきだ。

 周囲の者が、ハリネズミの講談は病院への抗議だと知っている。

 肝心な時にだんまりを決め込んで逃げ隠れしている族よりはいいし、自分なりに堂々病院に意見していると取ってやってもいいが、俺に何の説明もなく女湯を眺めているのはどうしても許せない。


 今の所俺は病院にあっては中立の立場で、誰とも戦争なんかしていないが、いざ誰かと鎬を削るような事になったら、日頃からの恩義忘れたとは言わせねえ。

 講談なんか語っている暇があるなら、敵の本拠地に爆弾抱えて特攻してこいと送り出してやる。

 覚悟しておきやがれ。

「俺は今の所、副院長に何がしか抗議する気はない。ハリネズミには断固とした態度で接する」と言ったら赤チンがおおいに狼狽して「そんな事をされたら、あたしがあんたに講談芸の裏話を教えたのがばれちゃうでしょうよ。張り倒すのは止めてよ」と嘆願する。

 だったら言わなけりゃよかったものを、大抵の男の弱みを握っている赤チンの弱みを握れば、世界征服だって夢じゃない。

 今直ぐどうこうしようとは思わないが、これから使えそうな与太話だ。

 大切に使って、赤チンを揺さぶってみる事にした。

 それにしても普段は慎重な赤チンが、この件に限って随分と不用心な事をしたものだ。

 何か特別な理由でもあるのか、少々気になるところではある。


「絶対に内緒だからね」

 念を押す赤チンの言う事なんか聞いてやるもんか。

 話てしまってからしまったと思ったのか、いつになくそわそわと落ち着きがなく、日ごろの赤チンからは想像できない女々しさだ。

 同業からは偉大な研究者みたいに言われているが、所詮はただの人。

 どんな時だって冷静沈着に振る舞っていているつもりでも、いざとなったら基礎からボロボロと簡単に崩れてしまう。

 素人と極道の違いだ。

 駆け出しの三下だって、修羅場になれた者ならこんなになりはしない。

 今になって慌てたってもう遅い。

 ハリネズミの講談がどんなんだろうと大した事ではない。

 赤チンは、何よりも俺に使われやすい弱点が自分自信にある事に気付いていない。

 俺にすれば有難いところだから「どうせ話したって誰も信じないから、講談の話なんぞさっさと忘れてやる。俺だって男だ。山城の人間だ。二言はねえよ」

 言いきってやったら安心した様子で、いつもの赤チンに戻った。


 話はしないが、一つ気掛かりがあるから教えてくれないかと、以前途中になっていたこれから俺の身にも降りかかるだろう大事ってのはどんな事かと聞いてみた。

 すると「内緒にしてもらって言い難いけど、それはそれでこれはこれだわね。あたしも詳しくは知らないのではっきりした事が言えないの」と前置きする。

「ER設置が決まる前に、あんたと同じに他からスカウトされて病院にやってきた医師がね、一人行方不明になっているの」だと教わった。

 ヤクザの世界では昨日隣に座っていた奴が突然消えて、数年後に白骨になって見つかるなんてのはよくある話だ。

「医者が消えたとなると一大事だ。警察沙汰になったろうから、俺達が知らないはずないのに変じゃねえか」

 そんな極めて素朴な疑問に対する答えは「事件性がないとして警察が捜査を打ち切ったの、それから先の事を調べていた新聞記者も突然消えちゃったし」

 赤チンはキョロキョロ辺りを気にしながら、ドンドン小声になっていく。

「それからというもの、誰もが事件の事を口に出して言うのを恐れて、総てが闇に葬られている途中が今のこの時って訳よ」

 ハリネズミの講談話より、行方不明になった二人の話の方が他言無用の事柄に感じるのは、俺がヤクザだからじゃないだろう。

 だけど、列車強盗や要人暗殺の打ち合わせをしているのではないのだから、そこまで神経質になる事もない。

 そんな話は、ここに来てから噂話や冗談にも聞いていない。

 地元では酷く恐れられている何者かが絡んでいるのかとも考えたが、ここら辺りに生きている人間で一番恐れられている奴と言ったって、タヌキ女の爺ちゃんくらいしか思い浮かばない。

 あの程度のヨレヨレが界隈一の強者となると、他に誰が関わっていようと恐れるに足らず。

 俺にも災いが降りかかって来ると懸念しているなら、余計な心配だ。

 俺はいつだって、毘沙門天に背中を預けている。

 地獄の閻魔が出張って来たって、負ける事なんかありはしない。

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