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やっちゃん 24

 金は小遣いにくれてやったにしても、ロレックスは取りすぎだ。

 こいつだけでも取り戻してやれば良かろうと始めたら、店主が酷く感激した様子で、肩もみましょうかビールお注ぎしましょうかと面倒見がいい。

「御金や時計は皆でわけてもらっていいですから、クルーザーは取り返したいんですよ」

 僅か10時間ばかりで、どんな毟り方をしたら数千万のクルーザーを麻雀で勝ち盗れる。

 いかさまとしか思えない。

「おまえら、素人からかうのも大概にしろよ」

 三対一の半荘総取り勝負を仕掛かけた。

 相手は三人組んでのいかさま師だ。

 こっちも考えられる限りの反則技を仕込んでやった。

 金に時計とクルーザーも、全部取り戻してやって喜ばれはしたが、どうせ始めから取る気のない御遊び麻雀だ。

 それでも、この一件があってから、俺も外道定食をタダ食いできる立場になれたのは嬉しい誤算だった。


 何日かして海鮮料理屋に行くと、店主が麻雀の時の御礼代わりにと、病院の人事記録と相関図・勢力分布図を俺にくれた。

 どこから仕入れたかは聞かないが、成金の木偶だとばかり思っていた店主でも、付き合っている連中が半端ではないからこんな物が手に入る。

「俺はこんな物に興味ないから」と一旦は返したのに「これからの事を考えると持っているべきアイテムだよ」と問答無用持たされた。

「いったいこれから何が始まるってんだよ」聞いても「随分と入り組んだ話になるしー、起って見ないとなー、どっちとも言えない事もあるから話せない」とだけ言われた。

 同じ事をタヌキ女に聞いたら、申し合わせたのでもあるまいに、店主と一言一句違わぬ答えが返ってきた。

 気に食わないから、ハリネズミをぶん殴って事情を聴くと「君が来る前にゴタゴタがあってね、誰が仕掛けたとか騙した騙されたといった話になると、色々と関係している人が多いので詳しくは説明できないのだよ。そのうちに君が身をもって体験するのだから慌てる事はないさ」

 まったくイラつく返答しか帰って来ない。

「それに、変にしゃべって君が勘違いでもしたんじゃ、せっかく君をこの病院に呼んだ苦労が水の泡さ」

「せっかく君をこの病院に呼んだって、やはりはなっから仕組んでいやがったのか」

 耳元で鼓膜破る気になって怒鳴ってやっても、欲しい答えは返ってこない。

 辞令をもらってこの病院に転任してきた時から、上の連中の動きが妙だと気付いてはいたが、ハリネズミまでグルになって仕組んでいたとなるとただ事じゃねえ。

「はっきり企みの全貌をしゃべりやがれ」と脅したが「総てを知っている者は一人もいないのだよ」とかわされた。

 事の全容が分からないのに、この俺は誰に呼ばれてここに来たのか、尚更ややこしい話になっちまった。

 何の企みかは分からないにしても、関わった人間ならだいたい分かる。

 事が起って俺に危害が及んだら、嫌いな奴から順ぐり墓石抱かせて沖に沈めてやる。

 赤チンは沈めても生き返りそうだから、男のいない世界に隔離した方がいい。

 女ばかりの世界ではあさる相手がいないから、変態のやりようがなくて死ぬより辛いに違いない。

 しかし、山城の親父も絡んでいるとなるとどうしたものか。

 今は具合も良くなって、私学も軌道に乘ったので地元に帰っているが、いつまたこっちにやってくるとも限らない。 

 甘い物が好きだから、毒ウツギの実でも食わせれば簡単にあっちの世界に送れるが、ここらあたりで死なれたんじゃ殺ったのは俺だと自首しているのと同じだ。

 後々何かと厄介な事になる。

 できれば俺が手を下す前に、自然死ってやつで逝ってもらいたい。

 ヤブはほっといても病気の塊だから、勝手にくたばってくれる。

 ただ、これはだいぶ前から思っているのに、なかなかどうして生きている。

 きっとあいつは病気じゃ死なないから、褒め殺しがいいだろう。

 不慣れな事だから、どんな些細な善行でも徹底的に褒めちぎってやれば、絶対に体調崩して死んでくれる。

 この作戦の問題点は、誰もヤブの善行を見た事がないくらいか。


 屋部に一人、あいつやこいつの殺し方を考えていると、増々企みがどんなものか気になってきた。

 気にはかかるが首謀者を知った者がいないとなると、元々企みなんぞないのに、皆して俺をからかっているのではないかと思えてくる。

 なる程、ありもしない企みをでっち上げ、人があれこれ心配して右往左往するのを見ているのは面白おかしいものだ。

 誰もがもっともらしい事を言っているが、はっきりした事を言わないから尚更謎めいていて、引っ掛けられた者は日々気が気でない。

 だったらいっその事、一連の企み云々はでっち上げで、はなからなかった物だと思い込んでいた方がよっぽど気楽だ。

 何も心配する事もないし、いちいち気に入らん奴の殺し方を考案する面倒がなくて済む。

 だとしたら、この悪戯の首謀者はと考えると、簡単に答えが出て来る。

 俺に散々脅され殴られ蹴られても、平気でいられる奴に決まっている。

 痛覚が無いに等しい人間てのは、俺の知る限りハリネズミしかいない。

 あいつの動きさえ上手く把握していれば、少々痛い目は見てもこっちが深手を負う事はない。

 どうしても悪さが過ぎるようなら獲っ捕まえて、灯台先の崩れ落ちそうな崖に三日三晩ぶら下げて干物にしてやればいい。

 どうせ尋常ない生命力を持った奴だ。

 自己増殖できるプラナリアとたいして変わらないから、体二つにしたって死にはしない。

 二人のハリネズミが出来上がるに違いない。


 いつも急患だからと逃げている会議に、始めて出た時の事。

 副院長の【野ざらし】が吊るし上げられていた。

 副院長で給金もたっぷりもらっているのだから、美味い物をたらふく食ってデップリ肥っていればいいものを、体はガリガリでミイラ寸前。

 本人は日焼けした健康的な肌だと自慢げに言うが、顔色はいつでも浅黒く、内科医から野ざらしは肝臓の患いを隠していると勘ぐられている。

 こいつがスペシャルなのは性格まで悪い事で、立場の弱い看護師には頗る厳しく当たり散らす。

 その度に看護師長が助け船を出すのが、病院での日常茶飯事となっていて、患者もそんな光景を目の当たりにしては困惑するし、怪訝な顔をしている。


 チョットした事でギャースカやっている姿を見せつけられるのは、決して気分のいいものではない。

 ぬらりひょんみたいに大人しくしていればいいものを、きちっと弔ってもらえない怨念の悪霊に憑りつかれているのではと噂されている。

 野ざらしとあだ名されるのに合点がいく。

 野ざらしの専門は脳神経外科で、診察診断で不適切な対応があると、複数の患者から苦情が絶えない男だ。

 俺みたいにいい加減な医者でも、患者からの苦情は治療の時に痛かった程度のもので、どれだけ患者に無礼を働いたらここまで突っ込まれるのか、少しばかり興味がわいたものだ。

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