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やっちゃん 23

 豪勢に出航したのはいいが、全員オデコではプロの恥。 

 大物狙いのトローリングで、暫く船を巡航させてみた。

 ところが、アウトリガーも出して10本もルアーを流したのに、まったくヒットしない。

 誰もクーラーボックスを持ってきていないのだ。

 初めからやる気のない釣りにとられても仕方ないが、店主は「この船にもレーダー付けなきゃ釣りにならん」と不機嫌になっている。


 赤チンは店主がクルーザーを購入したと知って釣りにと言い出したと見えて、目的達成に上機嫌でいる。

 ハリネズミに始めてのクルーザー乗船の感想を聞いてみたら「雑誌なんかで見ていたからね、どんなものかは知っていたけど、見ると乘るでは大違いさ。実に良い物だね」赤チン以上に満足げだ。

 俺も良い経験をさせてもらったとは感じるが、船酔いは別としても、変に気取ったクルーザは性に合わない。

 二度三度乗せてもらいたいとは思わない。

 俺には荒っぽい漁船の方が似合っていると自分で思う。


 俺は空を見ながらヤブの事を考えている。

 金ができたらでっかい家を建てて自分を居候させてくれと小うるさい奴を、一度この船で沖まで連れて行ってアンカー縛り付けて沈めてやったら、どれほどすっきりするだろう。

 いくらいいい船でも、使い道が釣れない釣りしかないんじゃかわいそうだ。

 組で使い道が出来た時は、ぜひとも借りたい。

 心にもない事ズラズラ並べ立てて、船を褒めちぎってやった。

 そうしたら店主の機嫌が急上昇した。

 もうひと押し「最近、タヌキ女がお前の事を気にしだしているぞ」と囁いてやる。

「こんなクルーザーで良かったら、使いたい時は電話で連絡してくれればいつでも貸しますよ」と言わせておいた。

 成金は軽薄だとよく聞くが、その典型とも言うべき男がこれ程身近にいるのに驚けた。

 今回釣りに出て、一番の大物を釣ったのが俺だって事にタヌキ女が気付いて「船をどこかに売り飛ばすとか、沈めて保険金詐欺程度なら弁護もやりようがあるけど、誰かを沖で沈めたとなったら弁護士を降りるからね」とくぎを刺された。

 ヤブはやはり、浜に穴掘って埋めるしかないようだ。


 港に入ってから一時間ばかり、船でのほほんとしていた。

 何を思い出したのか、突然「帰ろうか」と赤チンが言い出したので、船から下りて帰路についた。

 病院の勤務形態は、通常勤務医が一週間を七日で区切っているのに、俺が勤務するERは五日が一週間で【泊り・明け・泊り・明け・公休】になっている。

 泊りとは24時間の勤務で、明けは24時間の非番になる。

 五日で二日しか働かないから、一見いい条件のように錯覚してしまう。

 せこい仕掛けの勤務トラップだ。

 五日で48時間労働は8時間労働に換算すると、五日で六日分の仕事をしている勘定になる。

 この明け公休の時だったので、俺は連休のようにして遊んでいたけど、明日は24時間の連続勤務が待っている。 

 赤チンは夜勤がない上に、七日間に公休が一日と、研究日と称して一日、自由に使える有給日がある。

 加えて、年に数回の学会にも有給休暇がもらえる。

 いい御身分だ。


 帰りの道すがら赤チンが「先生は山城さんの私学で教鞭を執ってらっしゃいますわよね~」

 唐突なので一瞬何事かとたじろいだが、私学の教師であるには違いないから「はい、不出来なやつらばかりでして」と答えた。

「校長先生から依頼がありましてね、私もそこで教壇に立つ事になりましたの」

「……」絶句。

 赤チンが学校で生徒に何を教えるってんだよ。

 校長も何を血迷ったか、どうやっても取り返しのつかない愚行に走っている。

「先生は生徒さんから随分と評判がよろしいようですのね。『君も負けないように頑張ってくれたまえ』と校長先生から喝を入れられましたの。喝だけで残念でしたわん」

 何を教える気でいるのか、予想はつくが想像するのが恐ろしい。

「そう言えば、私にも山城さんからそんな依頼がありましたよ。施設管理を教えてやってほしいとか何とか」

 珍しくハリネズミが人間らしい発言をしたと思えば、今度は山城親父の暴挙が露呈した。

 この先私学はどこに向かって進むのか、不安が頭の中で渦を巻き始めた。

「やっちゃん先生が勤務の時は、末成先生も学校に行くって言ってましたよ」

 タヌキ女が平然と言う。

 うっかり「ホ~」と普通に聞き流したが、ぬらりひょんは自分の事で精一杯で、人に物事を教えている余裕なんて微塵もない男だ。

 ひょっとしたら山城親父と校長は、私学で極道界に新風を巻き起こすモンスターを作ろうとしているのかもしれない。

 とんでもない計画に関わっちまったもんだ。


 今頃になって船酔いが始まったか、急に目の前が真っ暗になって、気付いたら自分の部屋に寝ていた。

 どこらあたりからかは分からないが、これまでの事はリアルな悪夢だったと思いたかった。

 部屋では、釣りに行ったままの格好そのままのメンバーが麻雀に興じている。

「過労ね。明け番の日にロクに寝ないで吞んだくれて釣りだもの、倒れて当たり前よ」

 プロ雀師風にテンパイタバコをくわえた赤チンが、すかさず「ロー~ーン!」ハリネズミから一万二千円を現金でまきあげた。

 点棒無しの現金デスマッチで、レートは一点一円。

 俺みたいな博徒からすれば高くはないが、こいつらのような素人・堅気ではなかなかやらない高レートだ。

 一晩で月給をそっくり振り込むなんて不運も稀じゃない。


 牌を積んでいる時の慣れ具合いからすると、赤チンはそんじょそこらの博徒じゃ勝てない腕前に見える。

 以前、ちらりとプロ資格を持っていると聞いた。

 タヌキ女だって博徒の血筋だ。

 そこそこの腕前で、アマチュアの全国大会で二度ばかり優勝しているし、世界大会で6位まで勝ち進んでいる。

 赤チンにでかいのを振り込んだハリネズミだって、辿って行けば昔からその道の人間だ。

 場にはまだ札束を残して勝負している。


 今時、雀荘では全自動機械が牌を積む。

 積み込みなんてほゞいかさまの技術は使えないが、ここは自動卓じゃないから、三人してやりたい放題に積み込んでいる。

 そんな三人の実力を知らずに始めたに決まっている店主は、技術も運もないからすってんてんの破産寸前。

 いくらもしないでギブアップだ。

「ドベが抜けた後には先生が入る予定だよ」

 勝手に決められていた。

 どれだけの持ち合わせで始めた博かは知らないが、店主がこれ見よがしに付けていたロレックスのサブマリーナをハリネズミが持っている。

 叩き売っても70万は下らない高級品だ。

 貧乏神に憑りつかれたって、このレートでそこまで負け込むには気が遠くなるほど長い勝負をしている。

 外を見れば真っ暗で、時計は12時ちょいと前だから、俺は倒れたきり10時間近く寝ていた。

 感謝するのは心外だが、倒れた時すぐ近くに変態医者の赤チンがいてくれて良かったのか? 倒れている間に治療とか言って、変な事してないだろうな。


 しっかり寝たから気分がいい。

 夕飯に取った出前の寿司があったからすきっ腹に詰め込む。

 店主に「どうやったってこいつ等には勝てないから、いい加減なところでやめて俺と変われ」止めるのを急かした。

 すると「ズッポリ負けがこんでいてな、このままじゃ止めるにやめられないんだよ」駄々をこねだした。

 底なしのアリジゴクで、生血吸われているのに気付いていない。

 赤チンがどんなに強いったって、所詮は素人に毛の生えたレッスンプロの雀士。

 いざとなったら命の張合いもする極道が、本気で博を打つのに勝てるはずもない。

「負けた分はきっちり取り戻してやるから、大人しく見ていろ」無理矢理場から引きずりおろしてやった。

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