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やっちゃん 21

 拒否権は俺にないし、カウンター席に座った理由を正直に言う訳にもいかず、仕方なく奥の座敷に座った。

 店には宴会場もあって、観光バスの立ち寄り所になっている。

 景気の悪い店ではない。

「弁護士事務所とは店主の父親である初代からの付き合だしな。弁護士事務所が東京で旅行代理店をしているからみもあってよ、こいつにはただ飯を食わせているんだよ」

 店主が言い訳してくれる。

 それにしたって、外道定食と言ってタヌキ女に出す皿には、上がったばかりのマグロがテンコ盛りになっている。 

「近海マグロが外道なら、いったい何を追っていた船なんだよ」

 何を言っても結局は、惚れちまった弱みだろうな。


 一度タヌキ女に誘われて、店主の漁船で沖釣りに行った事がある。

 海の近くで産れ育ったが子供の頃から船が苦手で、酒に酔った勢いで漁船をかっぱらったまではいいが、漁港から出ばかりの所で船酔いになって、コマセマキ器になっているところで捕まった過去がある。

 それ以来船には乘らなかった。

 乗船前に酔い止めをタップリ飲んだら、酔わずにいられた。

 素人が遊びで釣るのだから、大したのは来ないだろうと始めたが、船頭の腕がいいのかたまたま良い魚影を見つけたのか。

 僅か二・三時間ばかりの釣りなのに、宿に泊まった客へサービスに出して余るほど釣れた。

 してみるに、店主の言うのもまったくデタラメではない気もする。


 店主も混じってそんな話で盛り上がっていると、俺の座っていた右側にある窓が半分あいた。

 外には、いつか宿屋へユンボの事で調書取りに来た警官突っ立っている。

 何もやましいところがなかったので、ボーとしている警官の頭をチョイと小突いてみる。

「お前も上がって飲んでいけ」と誘ってやと「ありがとうございます、御馳になりやす」ヒョコヒョコ上って来た。

 非番に制服着てモデルガンぶら下げて、大酒飲んでるのも洒落っ気があっていいが、他所から来て事情を知らない観光客には奇異に映るから制服を脱がせ、玩具の鉄砲は預かった。


「こいつがとんでもない奴で」と、山城の島で悪さばかりしていた頃の話で警官をからかっていると、パトカーが店の前に停まった。

 警官が二人出て来て俺達に敬礼する。

「何事だよ」と聞いたら「病院で騒動がありまして、上司が御二方にその事を知らせる為ここへ来ているはずなのですが……」

「その上司ってのは、コイツか?」へべれけを指さす。

「酷似しておりますが、別人だと言わざるを得ません。これ以上の質問には、お答えできません。我々はこれで失礼いたします。署に帰り『上司は本日、急遽非番になりました』と報告しておきます」


 一大事で病院の理事長を探しにきたのに、肝心の用事を簡単に忘れて勤務中に酒飲んで騒いでいられるこいつ。

 県警も昔と違って、グウタラにとって居心地のいい場所になったものだ。

 昔は無茶な悪戯ばかりしていたが、今は警察に入って部下までいるってのに、子供でもできる遣いっパシリができない。

 常識の断片も持ってねえ。

 だから何度昇進試験を受けたって落とされるんだ。

 酔っ払いに拳銃持たせるのも辛いから、銃と制服はパトカーの警官に預かってもらった。

 酔っ払い三人でタクシーを呼んで病院に向かったが、車内で警官君の様子が危なっかしくなった。

 潔く途中で降りてもらった。

 病院に行ったって、どうせ使いものにならないまで出来上がっている。

 女将に電話して、酔いが醒めるまで俺の部屋で休ませてくれるよう頼んだ。


 病院につくと、空を見上げた野次馬が大勢外にたまっていた。

 屋上に目をやれば、患者だろう女が今にも飛び降りそうな降りなさそうな。

 たいそう危なっかしい光景だが、幾分酔いが回っているせいもあってか、わざわざ非番の俺まで出張って来る事件とは感じなかった。

 下には消防がエアーマットを広げてあるし、たとえ飛び降りても高層ビルではない。

 大怪我はしないと素人でも分かる。

 どうせ病院に来てハリネズミの家で寝るつもりだったから、入口を塞いでいる警官に「ここの医師と理事長だ」と説明して中に入れてもらった。

 俺は中に入ると「寝るから」と、俺の腕にしがみ付いているタヌキ女を引き離して、そのまま地下に向った。

 地下ではハリネズミが、病院の事件中継をテレビででっかい音にして見ていた。

「寝たいから音を下げてくれよ」と頼んだが「滅多にない事だから、できないね」と聞き入れてくれない。

 勝手に人の家に上がり込んで寝かせてくれと言っているのだから、俺の立場でテレビをぶち壊す訳にもいかない。

 何かと具合の悪い事態で、説得に苦戦している警察や家族に任せるしかないものの……「うるせえなー」


 あまりにもモタモタやっているから、寝不足が怒りに変わってきた。

「あんな悠長な事やってっから、いつんなっても患者が決心できねえんだ」

 屋上に上がって飛び降りようとしている患者に「飛びたきゃさっさと飛び降りちまえ」

 怒鳴ってテニスボールを投げつけたら、上手い事頭に当たって落ちて行った。

 下で野次馬やっていた連中も、患者が落ちてしまえば何の事はない。

 なんだこんなものかといった具合だ。

 今までの事が嘘だったように、シラーとひいて行く。

 大きなエアーマットにスッポリ包まれてかすり傷一つない患者は、タンカに縛り付けられて病室に運ばれた。

 思い切りよくやってしまえば、すんなりいくものだ。

 もしもの時に誰が責任をとるのかまで考えると、動きは極端に鈍くなるものだ。

 誰も下手打ちたくないから、自分に責が及びそうな提案があれば、難癖つけて他の案を支持する。

 そんなこんなの繰り返しで、何時間も死にたがりの病人を屋上の寒風に晒していた。

 俺はどんな時でも考えが単純だから、倒れそうなのは倒しておけば間違っても倒れない。

 食われてしまいそうな物は、食ってしまえば人に取って食われる心配がないと結論する人間だ。

 今回の事件だって、下に二倍の高さから落ちたって何の心配もないマットが敷かれている。

 飛び降りを下手に止めて患者の容体を悪化させるより、飛び降りるのくらい好きにやらせればいい。


 俺は飛び降りの手助けしてしまったから、ひょっとしたら殺人未遂あたりでしょっ引かれるかとも懸念したが後の祭り。

 今更なかった事にはしてもらえない。

 タヌキ女と院長同席で、警察に調書をとられた。

 タヌキ女はいちおう弁護士だが、酔っ払っているからたよりにならない。

 俺は正直に【死にたいとまで思いつめた理由は知らないが、患者を何時間も屋上の吹きっ晒しにするのは医師として我慢ならなかった】と言ってやった。

 他にも理由はあったが、その他の事は一切口に出すなとタヌキ女に言い含められていた。

 だから、それだけだとしておいた。

 これを聞いた院長が「先生も患者さんの事をさぞ心配なさっていたようで、同じ医師として見習うべきところばかりです。私が居乍ら、先生に大変な思いをさせてしまって何とも申し訳ない事をしてしまいました」

 俺を御縄にしようと目論む警官をけん制する。

 その上「今日はさぞお疲れでしょう、夕方から予定していた私学の授業は御休みにしていただいて結構です。私が代わりに授業しておきます」と言う。

「たいして疲れちゃいませんよ。産れ育ちがヤクザな者だから、こんなちんけな事件は子守唄ですよ」と答えてやった。

 院長は何を思ったか、暫く俺の顔を見ていた。

「しかし顔がはれぼったいし、目も充血していますよ。疲れってのは自分では気付かない所で溜まっていくものですよ」と注意した。

 徹夜明けで寝ずに酒飲んでいたから、顔も腫れるし目だって充血する。

「それじゃあ御言葉に甘えて、今日は宿舎でゆっくり休ませてもらいます」宿に帰ろうとした。

 すると院長が「これで帰りに御飯でも食べて行ってください」小遣いをくれた。

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