やっちゃん 2
貫太郎の紹介もあっての事だが、俺は天賦の才を買われ、史上最年少の若頭補佐として山城組に迎え入れられた。
組に入ってからは、兄貴と慕ってくれる貫太郎とも気兼ねなく喧嘩が出来るようになった。
向うは十二ばかり年上で、弱虫で頭も弱いが力だけは強い。
角刈りのでかい頭をこっちの顎に向けて突き上げた時、軽快なフットワークで俺が避けた先に鉄柱が建っていた。
貫太郎の頭が鉄柱に激突し、額がパッカリ割れて十二針ほど縫った。
治療してもらうのは、いつも世話になっているヤブ医者だ。
鉄砲玉を抜いてもらう時だって、小うるさく理由は聞かれない。
ただ、スクラップ屋をやっている父親の知人なので、内緒にしてもらうのに苦労する。
たいていは年代物のウイスキーを持って行けば事は済むのだが、貫太郎の事となると街中の様子が違ってくる。
「せがれは馬鹿野郎だから、せめて人様に迷惑かけないで生きられるように見て行ってやってくれ」
死んだ貫太郎の実父から遺言されているとかで、街中のヒネクレオヤジが俺に意見したがる。
怪我させるつもりではなかったのに、この日もヤブ医者からこっ酷く叱られた。
貫太郎の実父がどんな人間で、何をやらかしたのかを教えてくれる者は町にいない。
随分と昔の話になるが、まだガキの頃にちょっとした悪戯で駐在にしょっ引かれた。
その時、駐在がちらっと俺に言った。
「どうせ悪さするなら、勘吉くれえの悪になれや。村役場吹っ飛ばしたからって、街の者は誰も勘吉を責めとらんじゃろ。警官の俺が言う事じゃねえが、クソッタレ法律がなんだってんだよ。何で勘吉が死なにゃならんのよ」
駐在は何に酔っていたのか、その晩はやけに優しくて、すぐに帰してもらえた。
勘吉が貫太郎の父親だというのは、最近になって知った。
組長でさえ勘吉の事となると話を濁す。
それ相当の悪には違いないが、貫太郎さえよく知らないのだから俺に分かるはずもない。
叱られる理由も分からず怒鳴りつけられるのは些か気分が悪いが、俺の父親には内緒にしてくれると言うのだから我慢するしかない。
俺が負わせたのでなくても、貫太郎が悪戯で怪我をすると、その度俺がヤブ医者の所に連れていく。
いつか大工の喜公と俺と貫太郎の三人で、崖下のスイカ畑へ泥棒に行った時は、貫太郎が足を滑らせ下まで転げ落ちた。
スイカをことごとく潰した上に、腕をみっちり骨折した。
ある時は、川の水を塞き止めてダイナマイトをふっ飛ばし、浮いた魚を獲ろうとした時。
マイトが貫太郎の近くに転がって爆発し、飛び散った砂利で尻の肉が少々削れた。
流石にこの時は街中に事故が知れ渡ってしまい、父親にボコボコにされて、スクラッププレス機の中に一晩閉じ込められた。
一時間ごとの見回りで、プレス機のスイッチを入れては俺の悲鳴を聞いて、逃げ出していないのを確認していた。
父親は俺以上に残忍な奴で、俺の事はちっとも可愛がってくれない。
母親は成績優秀な兄ばかり贔屓にしていた。
この兄はやけに色が白くて、芝居の真似だと言いながら女装するのが趣味だ。
呆れるくらいのナルシストだから、まんざら芝居の真似ばかりでもないようで、鏡に映る己が姿を見ては目が虚ろになっているのを何度か目撃した。
キモイの一言も言ってやろうかと思ったが、そんじょそこらの御姉さん達より美形にできあがってしまう。
何かにつけ宴会事に呼ばれ、舞踊などを披露しては小遣いを稼いでいた。
そんな兄と比べて見る度、父親は俺を「どうせロクデナシのチンピラにでもなるんだろう」と言った。
自分の事を棚に上げるんじゃない。
あんたが極道だからこうなったんじゃないか。
兄と違って血筋をしっかり受け継いだのは俺だよ。
父親と違って、山城の親父は俺を可愛がってくれている。
極道を廃業した父親と違って、現役の極道だから当然だ。
「これからのヤクザには学問が必要だ。力ばかりでは生き残れない」山城親父の口癖だ。
組で歳のいった者は夜学に通っている。
俺も山城親父の推薦で、事実上極道のクラブ活動や課外授業が盛んな学校に通わせてもらった。
ガキの頃から悪行三昧の俺が、本気になって勉強をしようと決めたのは母親の一件があってからだ。
山城の家と実家を行ったり来たりの生活をしていて、母親が病気で他界する三日前。
パトカーに追いかけられてバイクでこけた時、脇腹を酷くガードレールにぶつけてヤブ医者の世話になった。
たいした怪我でもないのに、ヤブが母親を診療所に呼びつけたから、ガードレールより固い拳で父親にボコられた。
マッポから逃げ切っても、母親や父親に知れたのでは豚箱に入っていた方がましだ。
バイクを盗んだだけなのに父親が大層怒って、今後一切お前のような者の家への出入りはまかりならんと勘当された。
山城の家の連中は、親がなかったり悪さの限りに親兄弟の縁を切られた者ばかりで、今更俺が勘当されたからと取り立てて話題にもならず、いつもと変わらず過ごせた。
そんなんだから、普段のまま学校で平和にタバコをふかしていたら、母親が死んだという知らせが来た。
勘当されてすぐで、そう早く死ぬとは思ってもいなかった。
そんな大病と知っていたら、もう少し大人しくしていれば良かったと思いながら実家に帰ってみた。
そうしたら兄が俺につっかかってきた。
「お前のせいでこんなに早く母さんが死んだんだ!」
中学を出たあたりで、すでに明らかになっていた腕力の桁違いを忘れ、無謀にも凶器を持たず俺に殴りかかって来た。
喧嘩となるとこっちはプロだ。
いくら兄と思っていても、相手は根っから嫌いな奴だから尚更の事。
潜在意識が野生を呼び覚まし、自然に鉄拳や肘膝が反応してしまった。
容赦なく、通夜の晩に兄を七分殺しにして拘置所にぶち込まれた。
勉強が出来ると出来ないとでは、こうも扱いが違うのかと檻の中で吠えまくったものだ。
いつもの事で、俺はてっきり山城の親父が引き受けに来ると思っていた。
だが、この夜はヤブ医者が身柄請書を書いてくれた。
それからは山城親父の言い付けで、ヤブの診療所で下働きとしてこき使われる毎日を過ごす事になった。