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やっちゃん 19

 


 病院が休みの日、山城親父に連れられて私学の見学に行った。

 学校と言っても大人数が通うのではないから、競売で流れた因縁付のマンションを学校と称しているだけだ。

 宿舎がそのまま学校になっている。

 生徒はサボるもズル休みもできない。

 もとよりそんな怠けた連中ではないが、中々旨い事を考えたものだと関心するばかりだ。

 帰ろうと言う時になって、タヌキ女の務めている法律事務所の所長にでくわした。

 最初に会った時から目のクマが濃かったので、俺はこいつを大狸と呼んでいる。

 この大狸「これから温泉宿に先生と親分を訪ねて行くところだったんですよ」と言う。


 一緒に宿へ帰って話を聞けば、内容は俺に関するの事だった。

「教師が足りないものですから、やっちゃん先生にも私学の教師をやっていただきたいのですが、いかがなもんでしょうかねー」とこきやがる。

「出来る訳ねえだろ。ERはそんなに暇じゃねえぞ」とまくし立ててやったら「理事長と院長には話が通っているんですがねー」

 病院に配属になった時もそうだが、俺の知らない所で勝手に身の振り決めてんじゃねえよ。

 親父がやっている事業だって事もあって断るに断れず、医者とヤクザの二束の草鞋どころか学校の先生まで加わって、三束の草鞋を履かされちまった。

 こっちに来て直ぐの頃、小児科の手伝いをしていたからガキの扱いがまったく分からないのではないが、どうも俺は子供ってのが苦手だ。

 それなのに、ERが本格的に始動して、やっとガキの相手から解放されたと思っていた矢先にこれ。

 世の中、一寸先は本当に闇だ。


 まともな世界なら、先生になるには資格がいる。

 そこは裏社会の事で、他人の名前を使って他人の資格を使う。

 使われている奴がどうなったのか、大体の想像はつく。

 聞かないで使わせてもらうのが、この業界の掟だ。

 下手に突っついたら、自分も同じ運命を辿りかねない。

 いくらヤクザな俺だって、まだ薄ら涼しいこの時期に、コンクリの長靴履いて200mの深海まで素潜りはしたくない。

 学校には、病院で小児科の子供を教えている先生も手伝いに来ている。

 ついでといっては何だが、オカボレ野郎もくっ付いて来ている。

 堅気になりましたとは言ってるが、下心丸出しでヘコヘコしてばかりだ。

 どうにもこうにもイラッとするから、できるだけこいつとは目を合わせないようにしている。


 そんな事は知ったこっちゃない状態で、オカボレ野郎は先生ばかりか俺にまでチョッカイを出しくる。

 最初はそっちの気もあるのか勘ぐったがそうではなく、タヌキ女と宿屋の女将に近づきたいらしい。

 オカボレの上に、浮気者で見境がない。

 同類の赤チンでもよさそうだ。

「赤チンどうよ。ありありのあれこれそれもあんな事もこんな事もそんな事もやってくれるぞ。その辺の処はどうよ」と聞いたら、赤チンの事は初耳でまったく知らなかった。

 教えてしまってから、牡丹灯籠にならなければいいがと自分のしくじりに気付いたが、もう遅いわな。


 夜勤明けの朝、どうせいつもの事でなかなか寝られはしないと、風呂から上がって浴衣のままゴロリ仰向けになったらそのまま寝込んでしまった。

 布団に入らないで寝てしまうのは子供の頃からの悪い癖で、寒かろうが暑かろうが、そこが野原でも田圃の真ん中だって不用心に寝てしまう。

「お前はー、ヤクザ者のくせに、緊張感てものが感じられねえ」と山城の親父によく叱られた。

 夜勤の日は、ハリネズミの家で昼夜逆転世界に少しばかり浸ってから勤務する。

 宿に帰ってからすぐにバッタンとはならずにいたが、慣れない教員なんかをやらされたもので、疲れが一気に出たようだ。


 こんな風に警戒心なく寝ていると、決まって俺の尻を突いて起こすのが貫太郎だ。

 今日も山城親父を訪ねて来た貫太郎が、うつらうつらしていた俺の尻をチャカの銃身で突いて起した。

 現場から遠ざかっているとは言え、基本はヤクザだ。

 拳銃の感触は体が覚えている。

 おまけに起きるチョイと前で、夢と現実の区別がつかない状態だった。

 てっきりどこかのヒットマンかと焦って直ぐに反応すると、はっきり目覚めた時に貫太郎が鼻血を垂らしていた。

 カートリッジを抜いて、充填されている一発目も弾き出してあるから暴発する心配はないが、昔から貫太郎はこの悪戯が好きで、一度なんか俺にアバラ骨を折られているのにいっこう止めようとしない。


「ところでよう、この猫預かってくんねえかな、兄貴」

 前後に会話がないのに、鼻血垂らしながら『ところでよう』もないものだ。

 脈絡なんてものは昔から関係ない奴だった。

 いつも適当に聞いている。

 この猫と言うからには、どこかに猫がいるのだろう。

 部屋を見回すと、黒くて太めの猫が、診療所にいたキジトラのアインとにらめっこしている。

「何だよそいつ」

「猫だよ、兄貴。知ってるべ」

「猫に知り合いはいない。どういった素性で、どんな理由から俺が預からにゃならんのか聞いてんだよ」


 黒猫は名が見たままのクロで、暫く帰っていない俺の実家で飼っていた。

 ヤブも診療所の猫をここに置く時に言っていたが、実家や診療所のある辺りの自然現象が、ここのところ妙な具合になっている。

 クロは、何度か死ぬ思いの災害に巻き込まれていた。

 遠い所ではないから、異常現象の多発地帯になっているのは知っていた。

 随分と深刻な状況になってきているらしい。

「人間も一緒に避難してくればいいじゃねえかよ」

「近所には昔から世話に成っている人達が住んだままでいるからよう、いざって時に組の連中がいないなんて薄情は出来ないんだとよ。親父が言ってたよ」

 診療所の者も同じ様にして、災害時の救急に供えている。

 みんな危険を承知で待機しているのだそうだ。


 近いとは言え、実家の方から急患を運ぶにはヘリが欲しいくらいの距離だ。

 今の所俺がいる病院に運び込まれてくる患者は近くの者だけだが、そのうち緊急搬送先の病院になるのは確実だ。 

 そうなってくると、今の人数では医師もスタッフもまったく足りない。

 異常現象が続く中で、子供達の殆どは親戚の家に避難している。

 学校はずっと前から休校になったままだ。

 夜学に通っていた連中も、こっちに作った私学に転校してきた。

 丁度いい具合と言っていいのか、山城親父の計らいで、こっちの病院でも手伝いをする事になった。


 そんなこんなの報告を聞いていると、何だか足元でモゾモゾしている。

 それをめがけて、二匹の猫が同時に飛び掛かってきた。

 急襲に遭った俺の脚はたまったもんじゃない。

 猫の飛び出た爪が足に引っ掛かって、何本ものひっかき傷ができた。

 何がどうなったのか、辺りを見ればバッタが一匹迷い込んで来て、そいつを二匹の猫が追い掛け回している。

「一匹でも鬱陶しいのに、二匹で暴れまわられたんじゃこっちの体が持たねえ」とぼやいたら「クロは基から野良の性分だで、内まで入って来て迷惑かけるような事はしないよ」八割がた無理矢理面倒見る事になった。


 猫はどうにか外に放り出して落ち着いた。

「これからー、こっちに越してくる組の連中が挨拶に来るでよ」 

 貫太郎は、山城親父が入り浸っている私学へ遊びに行くと言って出かけた。

 私学に転校して来るなら、どうせ何日か後には顔合わせするだろうに、もめんどくせえ一日になりそうだ。

 一時間もしないで「随分と大勢の若い衆が訪ねて来ましたよ」と、女将が俺を呼びに来た。

 若い衆なら事情も分かっているから、俺の部屋に通してくれればいいのにと思う。

 ロビーに顔を出すと、いかにも観光客の顔面コテコテのデコギャルが、十人ばかりガヤガヤやっている。

 他に若い衆が見当らない。

 女将に、若衆はどこに行ったか訊ねると、デコギャルを指した。

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