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やっちゃん 18


 病院・開業医問わず医師には当番制があって、急患に備えて年中無休24時間体制が敷かれている。

 この時ばかりは、専門ではないからと言って患者を追い返す訳にはいかない。

 応急処置をするなり適切な措置方法を教えるなり、専門医や近くの病院を紹介してあげなければ、医師としての信用問題に関わって来る。

 そこで近所の開業医を含め、病院内でも急患を専門で扱うERをと、何かにつけ御役所に嘆願している。

 積極的な責任逃れだ。

 急患の扱いに慣れていないのに加え、自身が昇天寸前の開業医に診てもらいたくないのは患者の常。

 お役所の人間や議員さんも、その辺の心理は同じとみえて、地域に密着したER設置には協力的だ。

 病院前の道路整備も、ERが作られるのを前提として議決されていた。


 病院前道路が整備されるのは有難い事だが、当然のように一番の貧乏くじを引くのはこの病院だ。

 地域で最も手広くやっているからと、病院の都合なんかまったく考慮していない。

 道路が整備されるのは良い事だが、議決当時は運営が上手くいっている時ではなかった。

 二の足どころか、一の足も踏めないでクズクズしていた。

 そんな病院の実態に照らし合わせると、院長がER設置に積極的になったのには裏がある。

 開設の一年も前から俺みたいな半端医者を、大枚はたいて雇い入れている。

 四苦八苦の病院が抱えていた借金もチャラにして、それ以上の投資までしている。

 こんな洒落にならねえ御馬鹿出資には、ここのところ妙に金回りのいいヤブが絡んでいた。

 ザックリどんぶり勘定しても回収できない大金を、この病院に貸し付けている。


 俺は、てっきり乗っ取りか整理する気かと勘ぐったが、まんざらそうでもない。

 どんなに俺がデレスケでも、ヤブがどこかから引っ張ってきた金が危ない金だくらいは分かる。

 それでも、背に腹は代えられない状態だったから、この病院の院長は喉から手を出して受け取っちまった。

 今はイケイケの勢いが止まらないで、どんと加速して突っ走っている。

 地域の患者連中からすれば有難い事件だが、俺から見ればでっかい時限爆弾抱えただけだ。

 すでに秒読み段階かもしれない。

 それでも、とりあえず俺はそんなに悪い待遇でもないし、暫くいてもいいかなくらいに思って今のところ適当に付き合っている。 


 殆どはERの主任になった俺の御蔭だが、病院の医師達が当番でやっていた急患対応の当直が、ER開設以前の半分以下に減っている。

 減ってはいるが、当直当番はある。

 医師が代わる代わるこれを務める。

 ただし、タヌキ女と赤チンは例外だ。

 タヌキ女は理事長なんぞに納まってはいるが、医師資格がないから当然だ。

 こいつが厄介なのは、当番でも医師でもないくせに、俺が当直の時に出しゃばって来る。

 俺を主任にしておきながら「新人だから見張っていないと何をするか分からないから」と言いう。

 余計な心配だ。

 だったら俺なんかを主任にしないで、同じERのぬらりひょんにすれば良かったんだ。


「メスもろくに扱えない精神科のぬらりひょんが、救急当番してるってのに、手術の出来る赤チンが何で当番の義務を免かれてるんだよ」と聞いてみた。

「部長待遇だから」と言う。

 面白くない事この上ない。

 俺も部長待遇だから、どれ程賃金が他の医師より優遇されているか知っている。

 それなのに救急番はないし、勤務時間だってずっと短い。

 随分と不公平で勝手な規則ばかりこしらえて、それが当然だといった風に世の中がなっている。

 問題ばかりの病院だったから、こんなのは当たり前なのだろうが、ろくに仕事もしない奴がよくもまああんなにずうずうしく居座れるものだと関心する。

 ハリネズミに言わせれば「一人でいくら騒いだって何も変わりはしない」だ。

 一人でも二人でも、真っ当正直な事を言ってとがめられる筋合いはないだろう。              

 ハリネズミは【might is right 】という英語を引いて説諭を加えたが、日本語でさえ滑舌が悪くて聞き取りにくいのに、慣れない英語の発音が悪いから何を言いたいのか分からなかった。

 聞き返してみたら、強者の権利と言う意味だそうだ。


 強者の権利なんてのは知らなかったが、ガキじゃねえんだから、親分子分の関係なら昔から知っている。

 今更力関係の話を聞かなくても、頭に腐れがいると住み難い渡世だってのは分からないでもない。

 だが、強者の権利と宿直とは別問題だ。

「赤チンが強者だなんて誰が承知するものか」と院長を怒鳴りつけてやったら、違う理由で赤チンは宿直から外されていた。

 まさかそんなと思って院長の話を半分だけ信じてそ、の日は引き下がった。

 それから宿直当番がないはずの赤チンが、夜中に院内をうろついているのを何度か見掛けた。

 おおよそ泌尿器科とは無縁の整形外科病棟で見かける事が多くて、きっと何だかんだ言っても他の医師の手伝いをしているのだろうと自分に言い聞かせた。

 が、患者を病室から連れ出して自分のラボに引っ張り込んでいるのを見ると、院長の話がまんざら嘘にも思えない。

 そこまでは何とか我慢したが、外に聞こえる程のでかい声出しやがって、やはりとんでもないハレンチ女だ。

 タヌキ女の見張りがなかったら、一度御手合わせ願おうかとチラリ頭をよぎった。

 専門医とはいえ、どんな病気を抱えていてもおかしくない奴だ。

 ここは我慢のしどころで、グッと堪えてやった。


 危篤になってほしい訳ではないが、患者の症状が安定していて急患もなく、一人でぽかんとしているのはかなり御間抜けな絵図だ。

 当初は気味悪かったハリネズミの家も、今は良い暇つぶしの場所になっている。

 地下室だから以前はまったく陽が差さなかったのが、夜警のためとこじ付けて、改修工事の時に大改造した。

 屋上のソーラーパネルで昼間発電した蓄電をフル活用し、地下室を昼間並に明るくしている。

 昼夜逆転した世界に一時間もいれば、夜の眠けが消え失せてくれる。


 ここら辺りは海流が近くて、冬は他より暖かく夏は涼しい穏やかな気候だ。

 宿舎が温泉宿で年中温泉に浸かっているからか、ここの処体調が頗るよろしい。

 それに比べて山城の親父は、今日明日にでも三途の川を渡りきるんじゃねえかってほどに草臥れちまっていると近況報告を貰った。 

 俺は広い部屋をあてがわれているし、親父と相部屋だっていい。

 女将も、山城親父ならただで良いと言ってくれたので、一度こっちに来て長く養生するように薦めた。

 そんな事すっかり忘れていたら、貫太郎が山城親父を宿に連れてきた。

 思っていた程悪くはなさそうで、今は適当にあちこち挨拶まわりして毎日を過ごしている。

 あまり宿に帰れない俺を逆に心配するのか「たまにはゆっくり休め。俺より先に逝っちまう勢いじゃねえかい」と変に気遣ってくれている。


 親父がここに移り住んで半月過ぎた頃から、頻繁に若い連中が山城を訪ねて来るようになった。

 日本人離れした顔つきなので意思疎通に不安だったが、日本語が達者で会話するのに不自由はない。

 近所で全寮制学校の教師をしながら、これまで親父が助けてきた子供達の世話もしている。

 元々この教師達も山城親父に助けられた口で、闇で売り買いされている戸籍を買っている。

 行政の記録上は日本人になっている。

 親父が売りに出されている子供を買い取って面倒見るようになったのは、戦後闇屋で稼ぎまくっていた頃で、今では大人になった連中が世界中で裏稼業に精出している。

 親父が引き取った子供は、ちょっとした会話で外国籍なのがはっきり分かる奴ばかりで、いくら戸籍を買って日本人だと言い張った所で、一般的な学校での差別はなくならない。

 最近じゃ嫌がらせ程度じゃ済まされない事件も起きているとかで、裏稼業の上がりを持ち寄って温泉宿の近所に私学を作った。

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