やっちゃん 17
情報通のハリネズミの事だから「今日の貸切宴会の客はどんな奴等なんだ。知ってるか」聞いてみた。
「ああ、クリスマスの時に、クレーンでツリーを作っていた連中だよ。一仕事終えて丁度暮れ正月だから、バッと派手にといった所らしいがね。宴会のかかり一切は元締めが出しているよ。山城組の連中や診療所の面子も揃うようだけど、聞いてないのかい。君はエンガチョされているみたいだね」
何となく嫌な予感はしていたが、夏に俺をこの宿に連れてきてそのまま置き去りにしておきながら、あいつ等よく来れたものだ。
それはさて置くとしても、この時期にどれだけでかい稼ぎがあったら宿借り切って宴会が出来る。
それに、この時期の予約は壱年も前からじゃなきゃ取れねえ。
深く考えなくても、クレーンが絡んでいるくらいは分かる。
あいつら、工事が始まる前から、今回の一連を計画していたに違いない。
ここは俺が任された島ではないが、俺が務めている病院だと知っていながら、その鼻っ先でクレーンかっぱらって売り飛ばしたあげく、俺が下宿している宿借り切って宴会とは、いい度胸してるじゃねえか。
あまりにも面白くねえから、貫太郎に電話して怒鳴りつけてやった。
どうせこの宿を指名したのは貫太郎だろう。
となれば、クレーンの売り買いにあいつが関わっているのは確かだ。
いくら年上でこの道の先輩でも、今まであまりにも馬鹿ばかりやってきた奴だから、せめて悪さだけはしないように色々と世話して来た。
ここに来て、俺に内緒でバレゞの泥棒家業じゃ洒落になんねえ。
貫太郎から「夕方には自分も宿に着くからよ。その時に詳しい事情は話すよ。早く着いた連中は好きに放題遊ばせてやってよ」と言われた。
しかたなく、部屋でハリネズミと酒飲んで海岸を眺めていた。
まだ昼前だというのに第一陣がやってきたようだ。
下の階が賑やかになって、海岸にもちらほら人影が見え始めた。
宿前の海岸は、宿の真ん前以外は両岸とも岩場になっていて、他の海岸とは区切られている。
宿の泊り客以外は、滅多に海岸で遊ばない。
当然、早くからガラの悪いヤクザばかりが、寒いのを我慢して墨の見せ合いをすると思っていた。
だが、予想は大幅に外れて、ちっこいのでっかいの子供達が凧揚げを始めた。
さてどうしたものか、様子が思っていたのとだいぶ違う。
女将に何がどうなっているのか聞いてみると、貫太郎の実父・勘吉が、昔しでかした事件についてみっちり聞かされた。
異常に長い話で、貫太郎は宿にしてみれば有難い奴だってのは分かった。
でも、それと今回の話がどう繋がってるのか、さっぱりだ。
今日の宴会にいたった経緯については、貫太郎から聞いてくれと言われた。
とりあえず、部屋に入って来た貫太郎を思いっきりぶん殴ってやった。
どれだけ大人ぶっても所詮ヤクザな性格で、俺も貫太郎も一殴り始まれば骨の折れる音でも聞かないかぎり収まらない。
これがいつもの喧嘩だが、今日ばかりは貫太郎が素直に謝って、警察が出張って来る大騒ぎにならずにすんだ。
「兄貴には黙っていて、悪い事したと思ってるよ。でもよ、俺にだって事情ってのがあってよ。山城の親父の言い付けだから、兄貴をエンガチョしたんだよ。勘弁してよ」
仁義を貫く極道の世界で、組長の言い付けは絶対だ。
世界中の軍隊を敵に回しても、守り通さなきゃならねえ。
俺にことわりなく盗みを働いたのは山城親父の企みだったと言われると、それ以上殴る蹴るもできず、貫太郎の話を鵜呑みに聞くしかなかった。
クレーンは俺が思っていたとうり、とっくにばらされて東南アジア行の船旅に出ていた。
元からニコイチ(※1)のクレーンで、山城組傘下のレンタル会社が、企業舎弟の保険屋を使って保険に入っていた。
そこへ、貫太郎の実父・勘吉が役場をふっ飛ばした事件の時、山城組と敵対していた組の残党が、山城の傘下とも知らずに保険の営業をかけてきたのが、今回の泥棒騒ぎのきっかけだった。
徹底的に潰してやるとばかり、大がかりな保険金詐欺を仕掛けて、取れるだけ取ってから残党の保険屋が持っているヤード(※2)に、ニコイチの片割れクレーンを運び込み、警察にクレーンを盗んだのはあの保険屋だと垂れ込んでいた。
女将から勘吉の話をしっかり聞かされて分かったのだが、山城親父は事件の時に一発も拳銃を撃てなかったのを今でも悔やんでいて、当時関係していた勘吉絡みの出来事や残党の動きには過敏な反応をする。
いつも冷静な親父が、時たま怒りに任せて相手を半殺しにして簀巻きの河流しにしていたのは、殆どが勘吉事件の時に対立していた組の残党だった。
親父の手前、何人も簀巻きにして川に放り投げたが、俺が知ってる限りでは、後で全員川から救い上げてやっている。
俺の知らない所で何人殺されたかは分からないが、いくら事情を知らなかったとは言え、随分と余計な事をしていたようなしていないような。
悪さの限りを尽くして極道家業。
医者との二束草鞋のせいか最近になってようやく、やって良い事といけない事ってのが分かってきた気がしていた。 どうにも見当が違って混乱している。
「親父はよ、兄貴は真っ直ぐな性格で悪さのできねえ男だから、できれば今のまま堅気の医者になってもらいてえってよ。だから、下手打てば懲役喰らうような仕事の時は、声かけるなって言われてんだよ」
山城親父が俺の事を思ってエンガチョしてくれたのならこれ以上暴れる理由はない。
「それにしても、テメエらが面白可笑しく遊びたいばっかりに、病院のガキをダシに使って盗難保険とニコイチクレーンの片割れを売っぱらっての二重取りってのはいけすかねぇ」
怒ってやったら、それさえも俺が思っているのと事情が違っていた。
今回の貸切宴会は、縄張りから離れてしばらく俺が一人でこっちにいたものだから、皆の稼ぎを持ち寄って俺や宿の連中に楽しんでもらおうとやった事で、クレーンの金は一切使っていなかった。
クレーンで稼いだ金は、昼間海岸で遊んでいたガキ共を買うのに使っていた。
放っておけば、臓器売買の闇市に売り飛ばされちまう子供達だ。
山城親父がかなり前から余分な金が入る度、筋を通して裏社会のバイヤーから子供を買い取っていた。
裏社会で生きる俺達が、人道的だの何だの綺麗事言ってたんじゃ誰も助けられないのは分かっちゃいるが、何ともやりきれない人助けだ。
子供の臓器売り飛ばす鬼畜野郎は、警察にチクるか殴り込みかけてぶっ潰しちまえばいいとしか考えられねえ俺には、百年がかりの逆立ちしても、天動説が地動説にひっくり返っても真似できねえ。
親父が俺に事情を話したがらねえわけだ。
※ 1
【ニコイチ】
二つの物を一つと偽り、所有者や利用歴などを曖昧にする詐欺の手口。
また、その行為を総称した裏社会の隠語。
時には戸籍や学歴・資格までも共有する場合があり、三つ一であったり四つ一であったり、比率は様々である。
最もポピュラーな手口は盗難車のニコイチで、正規売買車両の書類を偽造して盗難車に利用する。
自分で乗り回したり、事情を知っている第三者が乘ったりする。
また、自分達で排除した人間の戸籍や住民票を、不法入国者や指名手配されて逃亡中の犯罪者が利用して、パスポートを作ったりする場合もニコイチと呼ぶ時がある。
※ 2
【ヤード】
盗難車や盗難重機などの車体番号・エンジン番号を削ったり、後で組み立てられる程度に総て分解し、海外にスクラップとして転売する為の作業場等の総称。
合法的に作業する為の場所も、ヤードと呼ばれるので見極めは非常に困難。
アメリカなどでは、正式な自動車修理工場が兼任している場合が多く、屋根・壁があり作業環境はよろしい。
これに比べて日本国内のヤードと呼ばれる施設は、高い鉄製の板塀で囲っただけの施設がほとんどである。
雨風をしのげない劣悪な作業環境であるにも関わらず、この状況を労働基準監督署に訴え出た作業員は、現在まで一人もいない。




