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やっちゃん 15


 ここに来てから三ヶ月になり、もうすぐ年明けだって頃になって、リハビリで通っていた岡惚れ野郎から俺に相談があった。

 クリスマスの晩にガキどもを集めて、でっかいクリスマスツリーを見せてやりたいと言う。

「勝手にやればいいだろ」と答えてやった。

「なんだけどよ、ところがどっこい、ツリーの電球を点けるのに電気がないんなだなー、これが」


 現場の作業が殆ど終わって、仮設の電気は総て撤収されていた。

「完成した新館の電気使えばいいだろ」

「引き渡し前だから現場監督から使用許可が出ないんだなー」

 まったくどいつもこいつも分からず屋ばかりだと思ったが「俺は病院の電気をどうこうできる立場じゃねえ」と教えてやった。

 そうしたらこいつは「先生が施設責任者のハリネズミに話をつけてくれよ」と言い出した。

 それくらいなら簡単だ、あいつの家じゃ嫌だから、ハリネズミを宿の部屋に呼びつけた。


「電気を使わせてあげたら、いったい幾ら支払ってくれるのかね」

「ボゲ、てめえにくれてやれる金があるかよ。おめえの電気じゃねえだろ。つまんねえとこで欲出してんじゃねえよ」

「嫌だ!」

 面白くねえから海岸に引きずり出して、右に二発と左に五発、正義の鉄拳を与えて、倒れた腹に七発ばかり蹴りをぶちこんでやった。

 ハリネズミは他で怖がられているのに、俺との喧嘩では殆ど手を出さないで殴られてばかりいる。

 随分と丈夫な体質らしくて、いっこうに応えている様子が無い。

 殴られるのを喜んでいるようで、気味悪くなっていつもやめてしまう。

 ハリネズミには、一風変わった趣味があるのかもしれない。

 喜んで承諾してくれた。

 こういった場合、殴られた奴は大抵翌日になって「お前がやったんだから」とか因縁つけて現場科へ治療しに来る。

 喧嘩で受診する奴の半分は、俺が相手だから仕方ない。



 イブの夜。

 サンタの格好をしてガキ共がいる教室に入っていく。

 黒板イッパイに、メリークリスマスと書いてある。

 この中に、何人のクリスチャンがいるんだと言ってやりたかったが、どうせ元の事なんかどうでもいい御祭り騒ぎだし、今の自分の姿ではとても何か言う気になれない。

 皆が俺の顔を見て笑った。

 どいつもこいつもサンタクロースをやりたがるものだから、教室の中はサンタだらけだ。

 これしか用意していないと、俺まで付け髭に喜寿みたいな赤い服を着せられている。

 俺は「馬鹿ゞしいから嫌だ」と言ったのに、恒例行事で理事長の主催だから」と説き伏せられた。


 起き上がれなくてベットに横になったままの奴や、車椅子に乗った奴までいて、随分と病人に無理させていやがる。

 中には、こんな行事なんかどうでもいい奴だっているだろうに、否応なしに病室から連れ出していいのかと思う。

 俺は根っからのひねくれ者だから、学校での行事が大嫌いで、手錠かけられてグルグル巻きに縛られでもしない限りフケていた。

 たいていそんな時は、学校の裏山でウサギ狩りをしたり、河に行って魚を捕まえちゃその場で焼き魚にして食っていた。

 ここにいるガキ共は、嫌だと言ったところで勝手気ままにフケる事もできないで可哀想だ。

 それは分かっているのだーが、他にやる事がねえのか。

 いつまでも俺の周りでウロチョロして、ギャーギャーうるせさくてたまらない。


 サンタなら他にも大勢いる。

 医者も看護師も学校の先生もオカボレ野郎も、ハリネズミまでサンタクロースになってるんだから他へ行け。

 俺は、基本的に子供は嫌いだ。

 病人なんだから、少しは静かにしてられないだろうか。

 ツリーの電気設備を手配したのはハリネズミだから、いるなとはいわないが、何でこいつまでサンタやってるんだよ。

 子供にプレゼントとか言って、ニコゝの作り笑いが偏見抜きにしても気持ち悪い。


 病院の改修工事現場は足場がとれて、広場が今まで以上に広く使えるようになっている。

 現場の電気は貸せないが場所は提供できると、現場監督まで休日返上の総出で片付けていた。

 予定工期より一週間も早く広場を解放してくれた。

 建設工事では落成間際に工期が押してしまうのが一般的で、下手すれば引き渡しに間に合わなくて罰金なんて事もよくある。

 随分とまあ、この日の為に協力的な監督さんだ。

 もとより、この工事を請け負った建設会社が、筋者の集まりだってのは知っていた。

 親分の一声でもあれば、そこいら中で遊び人しているやつらかき集めて、徹夜でも何でもすると思っていた。

 工期に間に合わないなんてのはないが、解体中の足場から落ちて死にそうになったオカボレ野郎が言い出した事だ。

 どれだけひいき目に見ても、こいつは三下にしか見えない。

 そんなやつの音頭取りで、現場は動かない。

 どうしても不自然だ。

 

 タヌキ女の主催としているからには、裏で誰かが後押ししているんだろう。

 俺の記憶では、山城の親父がこの手の遊び大好き人間で、しっかり一枚噛んでいそうな気がしてならない。

 組でも、山城親父はクリスマスに限らず、ハロウィン・正月・豆まきから花見に運動会や誕生日会・学芸会にいたるまで、何でもやりたがる。

 どれ程つまらねえ子供時代だったのか聞いたら、物心ついた頃からキナ臭い時代で、子供時代は戦争の真っ最中だった。


 志願して特攻に入って、敵艦めがけて突っ込んで失敗。

 捕虜のまま終戦をむかえて、帰ってきたのが二十か二十一になったばかりの頃だと言っていた。

 日本に帰ってすぐに、米兵と喧嘩して捕まった時の裁判官と色々あって、その人を今でも大恩人だと言っている。

 大恩人の裁判官は、後にヤメ判弁護士になった人だ。

 ピンドン持って「網田さんの所だ」と言う山城親父に付き合って、大阪まで一度付き合った事がある。

 あの時は、珍しく山城親父が泣きながら墓石にピンドンぶちまけて、半分俺に飲ませてくれた。

 あまり美味い物じゃねえ。



 昨日、一日かけて広場に大型のクレーンを持ち込んで、現場の仮設提灯ぶら下げた馬鹿でかいクリスマスツリーを作っていた。

 今はもう夕飯の後だから辺りはしっかり真っ暗で、立ち上げてあるクレーンもうっすら影が見える程度だ。

 何だかわからないが、いきなりカウントダウン? 

「5・4・3・2・1・0」

 海の方で花火が打ち上げられた。

 夏場の花火大会のように派手ではないが、五・六発一斉に上がると辺り一帯が明るくなった。

 同時にクレーンの電球に電気が流され、でっかいクリスマスツリーが病院の広場に浮かび上がった。


 普段なら夕食後に菓子類を食うなと言うが、今日ばかりは皆にケーキが配られた。

 寄せ場でも季節ごとに菓子が出て来るのが楽しみだと、務所帰りがよく話していたのを思い出した。

 してみるに、立場こそ違うがココも務所みたいなものだ。

 病気の加減で砂糖がだめだったりクリームが食えなかったりで、好きなのを選んでくれとはいかない。

 どうしてもあっちが良いと泣き出して、その場をぶち壊したのが一人いたが、あとは自分の病気の事をしっかり自覚している。

 配られたケーキを喜んで食っている。


 ある子が、俺に少し分けてあげると言って一欠片くれた。

 これが甘くなくて不味いのなんの。

 甘党ではないが、ケーキは甘い物と思って食った俺のウエッとした顔を見て笑いやがった。

 こんなケーキでも、こいつには十分甘い菓子なのだと思うと、少しばかり気の毒になった。

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