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やっちゃん 14


 小宴会場ではタヌキ女と赤チン(赤い服ばかり着ている破廉恥女医だから赤チンと呼ぶ事にした)が、朝から酒盛りをしていた。

 タヌキ女は底無しのザルみたいな奴で、昨日の夜も随分飲んだろうに、足りなくて徹夜で飲んでいやがる。

 すっかりすっぴんになっていて、化粧が剥がれるとまだガキみたいな顔つきだ。

 赤チンは白衣を脱ぎ捨て、ミニスカートであぐらをかいて座っている。

 尚更いやらしいみかけになっている。

 どんな宴会でも下座に座って手酌で通してきた者だから、初めて上座のど真ん中に座らされて何だか変だ。

 これでは俺が主役の宴会みたいになっている。

 タヌキ女に「これって何の宴会だよ」聞いたら「あんちゃん赴任祝いの宴だよ」らしい。

 だったら俺の居場所はここでいいなと、妙に納得してしまった。


「もうすぐ昨日会った先生達もやってくるわよ。救急もやっている病院だから、一斉には集まれないのね。入れ代わりで、一日一晩かけてここに集まる予定になってるの」

 赤チンがこれにヤバい話を付け加えてくれる。

「外出許可が出たから、今日はぬらりひょんも来られるとおもうわよ」とか言ってるが、いいのか、あいつを外に出して。

 ちょっとした旅行のつもりだったのに、ここまで来ると何が起こっても驚けないものだ。

 しかたないから、今日はとことん腰を据えて飲んでやるか。

 酔っ払って寝て起きれば、全部が夢だったという事になっているかもしれない。


 ぼちぼちやっていると、昨日からの宴会を続け始めた連中が、ずば抜けた大声で俺を呼び出しては帰りの挨拶をする。

 その度にロビーまで見送りに出たり入ったりしていたから、誰がどこの組なんだかどの課なんだか。

 病院から来た祝い客を、十何人目までは覚えているが、そこから先はヤクザも堅気もごちゃまぜになって訳が分からなくなった。


 俺が病院で誰かを先生つけて呼ぶのは何時もの事でなれているが、一日に何百回も人様から先生と呼ばれるのは応えた。

 先生と呼ぶのと呼ばれるのでは雲泥の差だ。

 何だか耳の奥がムズムズする。


 学校時代からそうだったが、俺はどんな所からでも抜け出すのが得意だ。

 授業を抜けて早弁したり、学校の旅行先で宿から抜け出して酒飲みに出かけたりはよくやっていた。

 どうせ一度には覚えきれない程の客がくる。

 一日中付き合っているのも馬鹿らしい。

 それでも、昼前までの三・四時間ばかりは出たり入ったりしながら付き合っていた。

 俺がいないからと別段困った風でもなく、適当に宴会は盛り上がっている。

 まあいいだろうと、風呂に入ってから一旦部屋に戻った。


 部屋に戻ったら、ハリネズミが「どうだい」と聞いてきた。

「勝手に人の部屋に入って来るんじゃないよ」

 ハリネズミの足元で、薄気味悪い毛むくじゃらまでウロチョロしている。

「宿にペットの持ち込みは禁止だぞ」と教えてやったら「こいつは君のだよ」と言う。

「俺はペットなんか連れ込んでないぞ」

 毛玉を見ると、ヤブ医者の所のトラ猫がゴロゴロしている。

 俺をこの宿に連れてきた張本人は、俺が風呂に入っている隙に診療所に帰った。

 俺がいないのを良い事に、診療所に住み着いた野良猫をしばらく俺に預かってくれるよう、ハリネズミに頼んでから帰っている。

「頼む相手が違うだろう。何でお前が承諾してんだよ。御前のペットをこの野良猫に食わせちまうぞ! ウラ!」



 病院に赴任したからと、直ぐに仕事が在るでもない。

 一週間ばかり病院をあちこち見て回った。

 本格的に機器の設置が始まるのは、躯体改修工事が終わってからだ。

 ER設備設計の打ち合わせばかりが、一ヵ月も続いた。

 その間、時々急患の処置に駆り出される事はあったが、暇な時は大抵小児科病棟で子供達の相手をさせられていた。

「何で俺が、キャッキャうるさい奴等の相手してやらなきゃならないんだ⁉」

 院長を怒鳴りつけてやったが「理事長の指示だから仕方ないよね」と適当にはぐらかされてしまった。


 今でも時々、理事長のタヌキ女が病院にやって来る。

 宿屋で宴会の時、地回りの親分から「孫娘だからよろしく」と頼まれ、山城の親父からは「タヌキ女にだけは逆らうな」と釘を刺されている。

 あの女を出されると、嫌と言えないのがこの病院で最大最悪のストレス要因だ。


 ERの為だけではないが、来たばかりの頃は病院の増築・改修工事が真っ盛りだった。

 重大事故こそなかったが、チョイと切ったグキッと捻ったと、作業員がよくやってきた。

 経営が行き詰ってるのだから、正直に診察料を取ればいいものを、御人好しの院長が工事関係者の受診料をタダにしていた。

 現場の怪我でもないのにやってくる奴もいて、専用の窓口と受診科が作られる始末だ。


 殆ど総ての受診が予約なしの急患扱いで、ERのいい練習になるからと、何人かのスタッフと俺がこの新設された【現場科?】の担当に抜擢された。

 この科の看護師長になったのが、新卒現場経験零って奴で、俺が辞令を受け取った前日、東京で開かれたセミナーでタヌキ女が行き合った女だ。

 どんな奴かタヌキ女に聞いたら、あいつは根っからいい加減な者で、セミナーの後に一緒に飲んで暴れただけの仲だった。

 本人は、セミナーの内容はおろか、セミナーのタイトルも忘れていた。

 いくら臨時の科だからって、一回一緒に飲んだきりの新米を看護師長にするか。

 縁故採用なんて生温いものじゃない。

 交代要員の医者だって、入退院を繰り返している精神科のぬらりひょんだけでは当てできない。

 仮に、あいつが毎日来られるようになっても、現場の怪我や喧嘩の怪我で来る患者専門の課では、使い物にならない。

 現場の職人は、精神科の世話になる程メンタルやわじゃねえし。



 病院の改修工事も一段落付いて、足場が上から順に撤去された。

 院内も使いやすく整備されてきた。

 当初、地下に設置するはずだったERも、薄暗いハリネズミの縄張りでの仕事は嫌だから、急患をすぐに受け入れられる一階にすべきだと強く訴えて、何とか一階にしてもらった。


 まだ設備が完全に設置完了していない時、鳶が解体中の足場から転落し、危篤状態で担ぎ込まれた。

 生憎どの先生も手術室も塞がっていて、急きょERの初仕事になった。

 幸い、二ヵ月ばかりの入院とリハビリでこの鳶は退院できる見通しがついた。

 暇を持て余したのだろう、この鳶がフザケタ奴で、小児科病棟で子供達に読み書きそろばんを教えている女教師に岡惚れしやがった。

 毎日小児科病棟まで車いすでチョッカイを出しに来る。



 ここでのER医師は、応急処置・救急救命を主に担当している。

 その後は、すぐに適切な担当科医師に患者を引き渡して終わりだ。

 緊急時に手術をした患者だからといっても、担当医にはならない。

 ならないのだが、現場科と平行して子供の相手もさせられていた俺は、この作業員とよく顔を合わせていた。 

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