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やっちゃん 13

 風呂場にまで押しかけられては話を聞くしかない。

 どんな具合に作るのか大凡だけでもと聞いてみれば、それほど難しい話でもない。

 医療については曲りなりの医者だから、知らない事以外は大体分かるが、建築や設備となるとカラッキシだ。

 専門家の話は、宇宙人の言葉にしか聞けない。

 だけど、こいつの話は自分なりに噛み砕いているから、俺にも分かるようになっていて聞きやすい。

「それくらいなら俺がとやかく言うより、お前に任せっきりの方が早く進むと思えるんだけどな」

 だが「会社が大きくなると、鉛筆を一本買うのにもハンコが必要なのだよ。この件に関しては、責任者である君の承認を得てからでないと動けないのさ」

「そんなのは面倒だから、承認なんてのは後からいくらでもしてやるから、明日からでも好きなように始めちまってくれや」と言ったって驚かない。

 もとよりそのつもりだったらしく、俺の性格からやり口まで、全部見透かされているようで気に入らねえ。


「君は何時までもこの宿にいる気はないだろう、僕がいい下宿をさがしてあげるよ。それより、とりあえず家でしばらくゆっくりするってのはどうだい」

 打ち合わせが済んだら家に来いときやがった。

 お前の家ってのは、例の薄気味悪い地下室だろう。

 あんな所に住むくらいなら、病院のベンチで野宿した方がいい。

 それよりも、お前の話し方は何とかならないのかと言ってやりたい。

 時代錯誤か本ばかり読んでいて人との会話を忘れちまったか、明治時代の小説に出て来るような話し方がどうしても気になって話し辛い。

「俺の宿舎はハナッからこの宿だよ。余計な心配しはてくれなくていいから、早く仕事を進めてくれ」

 こう言い含め、その日は宴会の席から失敬した酒を持たせて帰ってもらった。

 病院の地下室で遇った時は不気味で嫌な奴だと思ったが、話してみれば普通にイラつく奴だ。

 ただ、俺と同じで裏の世界に繋がりのある人間だ。

 後で聞いた事だが、この男、ここいら界隈で随分と顔が利く。

 筋者の間では、ちょいと五月蠅いお兄さんで通っていた。


 すっかり夜も遅くになってしまい、これから宴会って気分でもない。

 部屋でこのまま寝ちまおうと支度していたら、貫太郎がタヌキ女と一緒になって部屋まで押しかけて来た。

 山城親父の名代で、今日の宴会に呼ばれていた。

 俺とタヌキ女が、病院での顔合わせにでかけて直ぐの頃、宿に到着していた。

 帰って来てから、俺は宴会に顔を出していない。

 気が付かなかったが、山城からは他にも何人か来ていた。

 元は馬鹿医者が岩牡蠣を食いたいと言い出しただけだったのに、しっかり仕込まれていた宴会だ。

 誰が何のためになんてのは気にしていなかった。

 それなのに、貫太郎まで呼びつけるとはどういった類の寄合なのか。

 詳しく知りたくなってきた。


 酔った加減で、昔の忘れ事を思い出す貫太郎の話によれば「今日は父親の祥月命日でよう、毎年この日になると宿の宴会に呼ばれてるんだ」

 どうして勘吉の祥月命日にこの宿で宴会なのか、貫太郎も詳しい事情は知らないが、父親が亡くなった日はこの宿屋に預けられていて、翌日になって山城の親父が迎えにきていた。

 勘吉の葬儀は山城の親父が一切を仕切り、その時に親分衆に引き合わされて、貫太郎はヤクザの道に入っている。

 二十年ばかり前の事で、俺が捕まった時に仮牢の中で、駐在から勘吉の話を聞かされた頃と同じだ。

 貫太郎は俺より年上だから、当時りっぱに大人だっただろうに、誰か他の人が助けてやらないと生きて行けないタイプの男だった。

 今でもどことなく子供じみていて、頼りない所がある。

 昔からそんな奴だったから、何か不手際があっても「ああ、貫太郎じゃしかたねえな」で事が済んでしまう。

 貫太郎を悪く言う奴を見かけた事がない。

 実際の所、そんなんで得してるのか損してるのか、つきあってみれば面白い奴だから嫌えない。


 正直な話、貫太郎の父親の事は随分と昔から気に掛かっていた。

 誰も事の真相を話してくれないので、何があったのかは未だに分からないままだ。

 貫太郎に聞いたって、昔からのデレスケだ。

 物事を理解していないから、事情を聞いても俺や他の人間に話してもまったく要をえないで、辻褄の合わない話になる。

 今となってはどうでも良いのかもしれないが、こうやって何かと絡みのある場所に引き回されるなら、誰かが事情を説明してくれてもよさそうな物だ。


 夜遅くになって、まだ騒いでいる宴会場にちょいと顔を出し、寝酒代わりに二・三盃引っ掛けて部屋に引っこんだ。

 貸切だからいいのだろうが、あまり遅くまでは宿の者が休めないと思っていた。

 だが、すでに宿の係りは引き揚げた後で、女将だけが戸締りの為に起きていた。

 何時頃に御開きになったのだろうか。


 翌朝早く起き出したのに、宴会場はすっかり片付いていて、朝飯を食いながら酒を飲んでいる奴がいる。

 父親に連れて来られた頃も、何度かこんな光景を見ている。

 今思えば毎年この時期に、必ず連れて来られていた気がする。

「随分早ええな」声かけると、山城の若衆だった。

 宴会が御開きになったのは夜明け前で、海岸で日の出を拝んでから若衆が後片付けを済ませていた。

「他の人達は少し前に寝に入ったばかりですから、まだしばらくは起きて来ないですよ」と言う。

 こいつに限らず山城にいる若衆は、今のところ寄せ場の世話になった者ばかりだ。

 要領が悪くて馬鹿正直だが、根性の曲がった奴はいない。

 山城の親父はこいつらを、三下で何年か勤まったら堅気にする気でいる。

 根が真面目だから、貫太郎の下で病院の手伝いがまともに続いている奴らだ。

 ヤクザ渡世じゃなくても、こいつ等を一人前に食っていけるようにしてやってくれと、貫太郎と俺にいつも山城親父は言う。

 だけど、ほっといたってもう十分堅気だ。


 昨日、タヌキ女がチラッと言っていたが、今日は朝から順繰り病院の関係者が俺を訪ねてくる。

 そんなにしてまで病院の連中に、俺が新任の医師ですと知らせる必要もないだろう。

 俺も朝飯を食ったら風呂に入って、もう一眠りするつもりでいた。

「やっちゃん先生ん御膳は、別室にこしらえてあります」

 女将に小宴会場へ通された。

 ここら辺りで俺は【やっちゃん先生】と呼ばれている。

 昨夜、タヌキ女と祭の中を歩いていたら、的屋の何人かに声をかけられた。

 的屋なら仲間内だから俺を知っていても不思議はないが、俺の手配書でも回っているのか、堅気からも声をかけられた。

 何で俺が【やっちゃん先生】なのかと聞けば、宿の女将が名付け親らしいまでは分かった。

 ヤクザのやっちゃんなんてイージーなネーミングではない事を願っているが、一度問いただす必要があると思っているだけで、なかなか聞き出せないでいる。

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