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8.最果ての村

 ドラゴスール王国は東西に横長い形をしている。そして、首都であるドラゴスール王国城下町は、王国の北にある大陸を分断する湖『竜の涙』に面し、中心よりやや東寄りにある。そのため、首都からドラゴスール王国再最西の村が首都から最も離れた村であり、最も田舎と呼べる。


 その最西の村の名はヴィーガ村。

 農業が盛んで特に芋類はドラゴスール王国の芋類の収穫量の実に70%がヴィーガ村のものである。他にも、小麦粉、米の昇格量も国内一である。畜産、酪農も盛んで、牛、豚、鶏、羊、いずれの飼育数も王国最大である。


 つまりは最も田舎と揶揄されるヴィーゴ村はドラゴスール王国の食の要であり、ドラゴスール王国にとって欠かせない村なのである。


 村外の農家たちはヴィーゴ村の農家に決まって尋ねることがある。どうすればそんなに収穫できるのか、と。そしてヴィーゴ村の農家は決まって言う、竜の教えだ、と。


 ヴィーゴ村にはもうひとつ特徴がある。それは竜の谷から最も近いという点だ。それ故に生まれた冗談だという認識が一般的だ。

 だが、その言葉が真実だと思っている者たちがいる。ワタルとアイレスそして今のヴィーゴ村の村人たちだ。


 村人たちも少し前までそんなこと信じていなかった。自身の親が、祖父母がそう言っていたから真似ただけで、格好良く言うなら伝統を守ってきただけであった。


 事が一変したのは約8年前。それまで竜が村の近辺を飛んでいるところを目撃されることは度々あったが、決して竜が村の周囲に降り立つようなことはなかった。しかし、その日は違った。


 葉が緑に色づき始め、日差しが強い初夏のことであった、2頭の竜が村の上空を旋回していることに村人のひとりが気が付いた。すぐに他の村人たちも気が付き、村は騒ぎになった。騒ぎの中2頭の竜は村へと降り立った。


 村人の多くが逃げまどい、残りの少数は物陰に隠れ竜たちを見張った。

 竜たちは何をしに来たのか。残った村人が警戒する中、竜の背中から幼い少年が降りてきた。


 なぜ少年が?

 村人たちが驚き困惑する中、少年は「どなたかいませんかー?」と歩き回り始めた。


 状況が理解できず村人の大人たちが誰も動けぬ中、幼い少女が物陰から飛び出し少年に歩み寄った。

 少年は照れ臭そうに笑った。


 以来、ヴィーゴ村と竜の谷に住む竜たちと竜に乗って現れた少年ワタルの交流が始まった。

 ワタルは週に一度のペースで村を訪れ竜と共に村の仕事を手伝った。その報衆として食料を受け取り竜の谷へと帰っていく。


 最初はワタルたちを警戒していた村民たちであったが、実に素直に働くワタルと竜たちを見てその警戒心は解かれていった。


 3カ月経った頃にはワタルが竜に育てられ人間社会に触れてこなかったという事情を把握した村民たちは話し合い、報酬の食料を少し減らし、金貨を渡すことにした。そして、その金貨で食料を買わせた。二度手間ではあるが、こうしてワタルに金貨の価値を教えていった。更に、仕事中にも積極的に話しかけ、人間の習慣や文化を教えるようになった。気が付けばワタルは村の子供のように可愛がられる存在になった。そして、ワタルにとってヴィーゴ村はもうひとつの故郷と呼べるものになっていった。


 村民の中でも最もワタルをも世話してくれたのは、村唯一の飲食店『ヴィーゴ食堂』を営む老夫婦とその孫娘のハンナである。


 ハンナは最初にワタルに歩み寄り声をかけてくれた少女であり、年齢はワタルと同じだ。村には約50人の子供がいるが、ハンナは言うならばはざまの世代で、もっとも近い子供でも上も下も5歳は離れていた。それ故にハンナはワタルを大層気に入った。それはワタルも同じであった。ふたりはすぐに仲良くなった。


 ワタルは村に来れば真っ先に食堂に来るようになった。朝ごはんを食べながらその日の手伝う仕事を確認する。お昼休憩にも食堂で昼飯を食べ、仕事終わりには夕食のために食堂に戻る。ワタルにとってヴィーゴ食堂の味はお袋の味というべきものであった。特に食堂の豚汁とヴィーゴ村の特産品であるじゃが芋を使った肉じゃがはワタルの大好物となった。


 ヴィーゴ食堂の夕食時はいつも宴でもあるかのように賑やかになる。しかし、この日、つまりはスカイ将軍就任祝いの夜は違った。正真正銘の宴が開かれていた。ただし、この宴の主役はスカイではなくワタルであった。


 ほぼ丸一日飲まず食わずヴィーゴ村を目指したワタルはなんとかお昼過ぎにヴィーゴ村に辿り着いた。ワタルは一直線にヴィーゴ食堂を目指し、嬉しそうなハンナの祖父母から出された朝昼兼用飯を喰らい、そのまま眠りに就いた。次に目覚めた時、ワタルはお誕生日席にいた。


「おっ、ワタルが起きたか。それではみんな注目。これよりワタル生誕祭を始める。それでは、ワタルおかえり、そして成人おめでとう。というわけで乾杯」

「カンパーイ!!」

 村人ほぼ全員が集まった『ワタル生誕祭』は村長の音頭で始まった。宴は


「ワタルおかえり、そしておめでとう。成人のお祝いなんだからこれ飲んで」

 ハンナのお婆ちゃんがグラスに青い葡萄酒を注いだ。


「ありがとう婆ちゃん……これどういう状況?」

「ワタル帰って来てご飯食べてすぐ寝ちゃったでしょ? その後にハンナも配達から戻ってきたんだけど、ハンナが今日ワタルの誕生日だって言ったらお爺ちゃん張り切っちゃって、村中に今日ワタルの誕生会やるぞって触れて回ったらこうなっちゃったのよ」


「あー、なるほど……そっか、今日俺の誕生日だったっけ。爺ちゃんは?」

「お爺ちゃんなら、厨房で楽しそうにお酒飲みながら料理作ってるから気にしなくていいよ」


「そっか。あとでちゃんと会いに行くよ……ハンナは?」

「もう少ししたら来るよ」

 ハンナのお婆ちゃんは笑った。


「久しぶりワタル」「ワタルおめでとう」「ワタル会いたかったよー」

 その時、ワタルより少し年下の子供たちがワタルのテーブルに来た。そこからは本日の主役らしく、村中の人がワタルの元に集まっては去っていった。そのたびにワタルはグラスにお酒を注がれては空にしていった。半時後、初めて飲むお酒でワタルはすっかり酔っぱらっていた。


「ワタル、顔真っ赤だけど大丈夫?」

 いくつかの料理と共にようやく表れたハンナは心配そうに言った。そういうハンナの顔も少し赤かった。


「らいじょうぶ、らいじょうぶ」

 ワタルの呂律は既に怪しかった。


「全然大丈夫じゃないじゃない。はい、これ」

 ハンナはワタルの目の前に豚汁を置いて、ワタルの隣の椅子に腰かけフライドチキンをつまんだ。


「これで少しでも酔い覚ましなよ」

「ありがとう、ハンナ…………あれ? いつもの豚汁と微妙に違う」

 ハンナはドキッとした。


「なんだろう? 甘い?」

「い、芋を食べればわかるんじゃない?」


「芋? あっ、芋が里いもじゃなくてじゃが芋なのか」

「そ、そうよ。じゃが芋好きのワタルにはその方が更に美味しいでしょ?」


「うん、確かにこれはこれであり」

「どうだいワタル美味しいかい?」

 ハンナのお婆ちゃんがワタルに尋ねた。


「うん、やっぱ爺ちゃんの豚汁は最高だよ」

「嬉しいね。でもその豚汁を作ったのは爺ちゃんじゃないんだよ」


「ん? そうなの? でも芋が違うだけであとは大好きな爺ちゃんの味そっくりだぞ」

「ハンナが爺ちゃんから教わってワタルのためにアレンジしたんだよ」

 そう話す二人の横でハンナは耳まで真っ赤になっていた。


「そっか、ありがとうハンナ」

「ち、違う違う、ワタルのためってわけじゃなくて、私もそろそろ料理を覚えなきゃって思っただけで、じゃ、じゃが芋に変えたのはそっちの方が美味しいかなって思っただけだからね」


「いやー、ハンナ大正解だよ。個人的にはこっちの方が好きだわー」

「に、肉じゃがもあるわよ」

 ハンナはさっとワタルの前に肉じゃがを移動させた。ワタルはいただきますと一言だけ言ってすぐに口に運んだ。


「もしかしてこの肉じゃがもハンナが作ったのか?」

「そ、そうだけどどこか変だった?」


「いや、滅茶苦茶美味しい」

「そ、そう。なら良かった」

 ハンナは火照った体を覚ますように手で自身の体をパタパタと扇いでコップの中の透明な液体を一気に飲み干した。飲み干すとハンナはゲホッゲホッとむせた。


「ハンナ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。そ、それよりもワタル、なんで急に帰ってきたの? それに竜も誰もいないし」

 ワタルの動きがピタッと止まった。


「ワ、ワタル?」

 ハンナがワタルの顔を覗き込むとワタルは泣いていた。


「ワ、ワタル!! ど、どうしたの!?」

「うう、聞いてよ、ハンナ」

 ワタルはハンナにここまでの経緯を話した。一週間前に急にクビを言い渡されたこと、竜たちがワタルを無視し突然現れたテイマーに従うようになったこと、そして竜たちがそのテイマーの命令で一緒に建てた家を壊されたこと。ワタルは話している間ずっと泣いていた。ただ悲壮感はなく、駄々をこねる子供のように泣いていた。そのため周囲の者は泣き上戸か、と笑っていた。


 しかし、ハンナは違った。ハンナはワタルと一緒に泣いていた。それはワタルの話をしっかりと聞いていたからというのもあるが、最大の理由はハンナも泣き上戸だったからだ。


 豚汁と肉じゃがを作っていて宴会の場に先ほど参加したばかりのハンナがいつそんなに酔っぱらったのか? その答えは先ほど飲んだ透明な液体にある。ハンナが水と思って飲んだ物はアルコール度数60%のウォッカであった。なぜそんなお酒がテーブル上にあったかというと、お酒初体験のワタルが飲んだら面白いなと思って、ハンナのお婆ちゃんが置いていたからだ。


 結果的に、お婆ちゃんの思惑通りにはいかなかったが、これはこれで面白いからいいか、と思いながら再びウォッカを入れたコップをワタルたちのテーブルの上に置いて二人を見守るのであった。


 ワタルとハンナは泣きながら国王カミゼーロに怒り、テイマーを名乗るスカイに怒り、そのテイマーにあっさり付き従った竜たちに怒った、怒って泣いた。それから必ず戻すと約束してくれたアイレスに感謝し、喜び、泣いた。


 それから二人は泣くのをやめ互いに近況や思い出を話し大いに笑った。こうしてワタルの誕生日の夜はなんだかんだで笑顔と共に更けていった。


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