7.宴の場 その2
アイレスは微笑みながら言う。
「フレイドさん、お顔をお上げください。この件に関しては……不問といたします」
「アイレス様!!」
アイレスの答えにゲルニカは思わず立ち上がった。
「アイレス様、それはいくらなんでも甘すぎます!」
「そうよ姫、なんらかの処分は与えるべきよ」
「将軍剥奪とかどうだ?」
ゲルニカたちの助言に対しアイレスは首を横に振った。
「国のために法を変えようとする、おじ様を正式な国王に推す、そう考え動いている国民を抑えつけることなど私にはできません。私は彼らの意思を尊重します」
アイレスの言葉にゲルニカは感動し、ティアは膨れっ面になり、キョウヤはつまらなさそうな顔をした。
「ただ、フレイドさんにひとつお願いがあるのですけど、よろしいですか?」
「なんでしょうか?」
「皆さん、国のために動いているのです。そんなコソコソ活動しないで堂々と活動してください。近日中に団体名と団体の代表者、団体所属者名簿を届け出て正式に活動してください」
アイレスはニッコリと笑った。
アイレスの真意はわからないが4人の将軍は抜け目ないお人だと思った。
「わかりました。私が責任を持って必ずそうさせます」
「ありがとうございます」
「姫、できなかったときは今度こそ処分いたしましょう」
「減俸だ。給料の7割カットにしようぜ」
アイレスは苦笑いするだけで肯定も否定もしなかった。否定してくれないのかとフレイドは内心思った。
「それでキョウヤ殿は内密にと念に念を押されていたはずの彼らの存在をばらしてまで何を話したいのだ?」
「そうであった。おい、キョウヤ。この話とスカイを将軍から降格させることがどう関係してくるんだ?」
「ゲルニカさん、声大きい」
忘れてはならぬがこの場はスカイの将軍就任を祝う宴の場である。
「す、すまん、つい。スカイに聞かれたらことだな」
ゲルニカは声量を下げ会場全体をキョロキョロ見渡した。そこでようやく主役がいないことに気が付く。
「ん? スカイはどこだ?」
「旦那、今頃気づいたのかよ、奴ならかなり前にカミゼーロ様と一緒にどっか行ったぜ」
「なんだと? それは本当か?」
「本当よ。出て行く前に姫とソニンには丁寧に挨拶していったからね」
「お前には?」
ティアは眉間にしわを寄せた。
「失礼、の一言だけよ」
キョウヤはゲラゲラと笑う。
「いやー、それについてはあいつが正しいな。お前よりソニンの方が偉いからな。なあ、ソニン」
ソニンの反応は薄く閉じていた目を開いてキョウヤをチラッと見てすぐにまた閉じただけであった。
「職業柄、人よりも魔獣との関係性を大事にしているということか?」
「ゲルニカ殿、そんな真面目に考えなくても。ただ単にティア殿を舐めているということだけでしょう」
「なんだ、そういうことか」
「そういうことかじゃないわよ、キイイイイ」
ティアは怒りの金切り声を上げてからグラスの酒を一気に飲み干した。
「姫、キョウヤの言う通りあいつの将軍は取り消しましょう。そして、代わりにワタル君を将軍にしましょう」
「そんな私情たっぷりの人事できませんよ」
「いいじゃないですか、カミゼーロ様が今やってるんだから」
相当酔っているのかティアは誰もが言いいにくいことをさらっと言った。
アイレスは苦笑いするしかなかった。
「そんなことないと思いますよ。おじ様も色々考えてこのような思い切った人事に踏み切ったはずです」
「カミゼーロ様の考えがどうであれ、こいつみたいにスカイの大出世に不満を持っている奴は多い」
「あんたもじゃない」
ティアの指摘にキョウヤは鼻で笑う。
「だが俺やお前以上に不満、いや怒っている奴らがいる」
「私より? 今の私の怒りは相当なもんだけど上がいるっていうの?」
「なるほど、委員会の者たちか」
フレイドが呟くとキョウヤはニヤリと笑った。
「そういうことだ。さっきフレイドは委員会の奴らは色んな考えがあって法の改正を求めると言っていたが、結局中心となって動いている奴らはカミゼーロ様を国王にって奴らばかりだ。そんで、奴らの一番の狙いはカミゼーロ様を国王にしたことによる受けるであろう恩恵、すなわち昇進だ」
「ふんっ、結局はそういう話か」
ゲルニカは怒りと呆れが混じったような表情をした。
「俺が聞いたかぎり奴らは2年近くもカミゼーロ様を国王にするために動いてきた。なのに、突然現れた謎の男がカミゼーロ様に重宝され将軍の座に就いた。こんなつまらないことはない」
「なるほど、それでアイレス様にスカイを将軍から降格させることに価値があるということか」
「えっ? どういうこと?」
酔っているティアの頭は追いついていなかった。
「つまりは、姫様が国王になった場合、スカイ殿を将軍から降格させるとわかれば、カミゼーロ様を国王にしようとする者の中から姫様を国王にしようと寝返るものが現れるかもしれないという話だ」
「はあ? なんでよ? そうなったら自分の昇進がなくなっちゃうじゃない。まあ、そもそも本当に昇進するかどうかもわからないけど」
「そう、昇進できる保証はない。それに対しスカイは既に将軍の地位が確定。嫉妬っていう感情は面白い、自分が得しなくても妬む相手が損するならそれでいいとすら思う、人間の醜さそのものだ。そしてそういう奴らを見るのは最高の酒の肴だ」
キョウヤはケタケタと笑って酒を飲んだ。
「悪趣味な奴ね。あんたもそいつらも」
「同感だな」
ティアとゲルニカは呆れた。
「確かに、キョウヤ殿の言う通り姫様がそう公言すれば寝返るまでは言わぬが委員会から離脱するものが現れるであろう。しかし、そんな発言をできる場があるとは思えんが」
「おいおい、何言ってんだ? そんな場なんか必要ない。今、ここで、少し大きな声で言うだけでいい。そうすりゃ聞き耳立ててる奴らが勝手に広めてくれる」
「公式の場どころがこんな酒の場での話、そんなんで動く奴がいるとは思えんが」
「まあ、俺や旦那だったらそうだろうけど姫様なら別だ。姫様なら例えこんな酒の場でも適当な発言はしないっていう信頼があるはずだ」
「あー、確かに、姫ならそう思うかも」
ティアは声に出して納得した。ゲルニカとフレイドも声には出さなかったが納得していた。
「というわけで改めて聞くぜ姫様。姫様が王になった時、スカイを将軍から降ろす気はありますか?」
今度はゲルニカも何も言わずアイレスの返答を待った。
「そうですね……」
アイレスがそう言うと、キョウヤの読み通り聞き耳を立ててるものが多数いたようで、急に多くの者が黙り、辺りは宴の場らしからぬ妙な静けさを保ちアイレスの言葉を待った。
「それはこれからの働き次第です。私の就任予定の日は約半年後ですので時間は十分にあります。それまでの間に、彼が将軍に値しないと感じた場合は改めてふさわしい役職に任命したいと思います」
アイレスの答えに静けさを保っていた周囲が微かにざわめいた。
「おいおい姫様、ここまでの話聞いてたんだろ? 本当にそれでいいのかよ?」
アイレスはキョウヤの顔を見てニコッと笑った。
「少し昔話をしてもよろしいですか?」
アイレスの唐突な申し出にキョウヤは眉をしかめた。キョウヤ以外の者たちもアイレスが何を話すのか予想ができず眉をしかめた。
アイレスは数秒の沈黙を許可と捉え話始めた。
「あれは正にお父様がキョウヤさんを将軍に任命しようとしていた時のことです。子供の私にも色んな人がキョウヤさんが将軍になるのを反対していたことがわかりました。それに私もキョウヤさんの噂は色々と聞いていたので私も反対でした。だから私、お父様に尋ねたのです。なんで皆の反対を押し切ってまでキョウヤさんを将軍にするのかを。それにそんなことしたらお父様が皆に嫌われてしまうのでは、という私の不安も伝えました。私は大真面目だったのにお父様は笑いました。そして、お父様は言いました。人を評価するとき、感情に惑わされてはいけない、自分の感情にも他人の感情にも、と。それから、自分の判断が正しいと思うなら多少の非難は覚悟してでも押し通せ、その覚悟がないなら口にもするな、とも。私はお父様の言葉に従いますスカイさんが将軍にふさわしいかどうか誰の感情も乗せず評価します。それはスカイさんだけではありません。キョウヤさん、ティアさん、フレイドさん、そしてゲルニカでも将軍にふさわしくないと思ったら、私は迷いなく降格させます」
思わぬ流れ弾を受けた四騎将は各々何とも言えぬ珍妙な顔をした。
「それは将軍だけではありません。全役職、全兵士、この国に仕える全ての者に対して同じです。その人が与えられた役職に対し力不足だと感じたら同様に降格させます」
その場の空気が重くなるのを誰もが感じた。
「ですが、その逆も同じです。役不足だと感じればふさわしい役職に昇進してもらいます。ですので皆さん、安心して己の今の職務を全力で全うしてください」
アイレスの言葉はいつの間にか完全に周囲の者たちにも向けられていた。
「この話はこれくらいで終わりにして宴を楽しみませんか?」
「そ、そうですな。キョウヤもいいな?」
フンっと鼻を鳴らしそっぽを向いたが、少し離れたところの給仕を見つけると大声で呼んだ。
「おい、こっちに大量の酒を持ってこい、なんでか知らんがどいつもこいつも空のグラスを間抜けな面して持ってやがる」
間抜けな面をしていた奴らは、次々と「こっちも頼む」「こっちもだ」と酒を催促した。
間もなく大量の酒が運び込まれ皆のグラスを一杯にしていった。まるで乾杯の前のようであった。なんなら姫であるアイレスに乾杯とまではいかないが飲みを再開する音頭を取ってくれないか、という空気が流れ始めた。
「あっ、すみません、ひとつ大事なことを言い忘れていました」
そんな空気を読み取ったのかアイレスが口を開く。
「なんですか、アイレス様」
思わずその場にいたほとんどの人間がグラスを持った。
「ワタルのことです」
そして、皆がグラスを置いた。
「私が王に就任したらワタルを必ず復帰させます、この国のために。例えおじ様が、いえ如何なる人が反対しようとも押し通すつもりです」
アイレスのその言葉はとても力強かった。
「アイレス様、わかっております。安心してください、ここにいる者は少なくても反対しません」
「それは良かったです」
変な沈黙が訪れた。酒を口にしていいのに誰も口にできずどうすればいいのかわからぬゆえに起きた奇妙な沈黙だった。
「おい、旦那どうにかしてくれよ」
キョウヤが小声でゲルニカに言う。
「仕方ないな」
ゲルニカは立ち上がると大声で国家を歌い始めた。
ドラゴスール王国の国家はテンポが良く歌詞の内容も明るく宴にはもってこいの曲である。
ゲルニカが歌い始めるとすぐに数人が立ち上がりゲルニカに合わせて歌い始めた。歌いだす人の数はどんどん増え、どんどん広がっていき、やがて宴会場全体を巻き込む大合唱となった。
歌が終わるとあちこちから「ドラゴスール王国万歳」と声が上がり乾杯を始めた。
それに合わせてアイレスたちも乾杯をした。
宴会場は一気に熱を取り戻し、どんちゃん騒ぎとなった。
「うまい方法を思いつくものですね、ゲルニカ殿」
「なに、昔からある伝統の方法だ。ドラゴスール王国の国家は飲んで騒ぐために作られたと言われてるくらいだからな、宴の場で困ったらとりあえずこの歌を歌えとされている」
「そんな歌が国家ってどうなの? って思うけど、この歌聞いたら酒が進むのよね」
ティアはご機嫌そうにグラスに自ら酒を注いだ。
「お前は関係なく飲んでいるだろうが」
「より進むって話よ」
「お酒が進む歌……この歌は大人になったらそういう風にも思える歌なんですね」
アイレスはティアがキープしている酒を恨めしそうに見た。
ドラゴスール王国では16歳で成人とされ、酒が解禁される。アイレスは半年後に16歳の誕生日を迎えるのでまだ酒の味は知らない。
「姫はまだお酒はダメですよ」
私の酒はやらんと言わんばかりにティアは酒瓶を我が子のように抱いた。
「わかっています……ただ、今日ワタルがいたらワタルも皆さんと楽しくお酒を楽しめたはずなのに、と思いまして」
おや? とゲルニカたちは思った。ゲルニカたちはワタルとアイレスが同じ年齢だということを知っている。よってワタルはアイレス同様お酒を飲めないはずである。
「アイレス様、ワタルの奴もアイレス様と同じ15歳、お酒はまだ飲めないのでは?」
今度はアイレスが おや? と思った。ゲルニカはおかしなことを言うと思ったが、他の3人も似たような反応であることに気が付いた。
「あの皆さん、もしかして知らないのですか? 今日はワタルの16歳の誕生日ですよ」
4人はほぼ同時にアイレスから目を逸らした。
「やっぱり知らなかったんですね……」
「そもそもよ、あいつに誕生日なんてあったのかよ」
「誕生日はあるに決まってるでしょ」
「正確には竜に育てられたワタルの誕生日を知る術があったのか? という話だ」
「あっ、竜がワタルを見つけた日を誕生日にしたとか?」
3人は竜の谷についてワタルの生い立ちについて詳しいことを知らない。ただワタルは竜の谷で竜に育てられた少年とだけ教えられれてる。
「お前ら勘違いしてるな。ワタルは捨てられてるところを竜が見つけたのではなく、ワタルの親が自らの意思で竜の谷の竜たちに託したのだ」
「えっ? そうなの? 全然知らなかった」
「その辺の話はあまりしないようにお爺様に話さないよう言われていたので私もワタルも話さなかったので御三方が知らないのは当然です」
アイレスにそう説明されてドキッとしたのはゲルニカであった。
「すみませんアイレス様、もしかして今のは言ってはいけないことでしたか?」
「いえ、今のは大丈夫です」
今のはという言い回しが気になったが4人とも触れないことにした。
「じゃあワタル君、今頃ひとり寂しい誕生日を過ごしてるってこと?」
「その可能性が高いと思います」
「片や将軍の就任を祝って国を挙げての宴、片や成人の誕生日でありながら何もなしか」
フレイドは今の綿rの姿を思い憐れんだ。
「竜の谷についていたら谷に残っている残ってる竜たちが祝ってくれるんだろうが……徒歩で1週間ではまだ着かんだろうな」
「そもそも歩いていくような距離じゃないだろ」
「馬もダメとか、ちょっと酷いよねカミゼーロ様」
完全に酔ったティアに遠慮はなかった。
「カミゼーロ様はワタルを戻す気はないからな。ワタルに馬与えるとは馬一頭を無料でくれてやることと一緒だ。馬一頭の損失は大きい……仕方のない判断だ」
「でも……」
「私もそう思います」
ティアの言葉をかき消すようにアイレスは言う。ティアは納得のいっていない表情であったが無理に続きを言おうとはしなかった
「今更どうしようもねえよ、仕方ないからあいつの分まで俺たちで酒を飲んでやろう」
「それもそうね、今日はワタル君の分まで飲むわよ」
キョウヤとティアは珍しく意気投合した。
「せめて近くの村まで辿り着いていればいいんだけど……」
アイレスはそう呟きながらソニンの頭を撫でた。だが、ソニンは無関心であった。
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