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6.宴の場 その1

 それから数時間後、ドラゴスール王国の宴会場には多数の将校が集ったスカイの将軍就任の宴が開かれていた。城下町でも祭りが開かれ新たな将軍の誕生が祝われていた。


 笑い声が絶えず、あちこちから国家が聞こえ、盛り上がる祭りとは対照的に場内の宴会は静かに、重苦しく始まった。それもそのはずである。スカイの将軍就任に最も強い不満を抱いたのは将校たちである。その将校だけが集められた案会が盛り上がるはずなどなかった。


 しかし、時間が経つに連れ、酒が増えるに連れ、ここで文句を言っても仕方ないという空気が流れ、せっかくの宴会、楽しまなきゃ損だという気持ちになり、あちこちから笑い声が聞こえ、歌が聞こえ、踊りだすものまで現れた。


 ドラゴスールの者は基本的に陽気である。いくら人事に腹を立てたとて、宴会の場を楽しまないという選択はなかったのである。

 結局いつもどおり賑やかになった宴会場の一角でひとり泣き声を響かせる女がいた。


「ひーめー、わたしはやっぱり納得いかないです! ワタル君があまりに不憫で……不憫で……うぇーん」

 四騎将改め五騎将の紅一点、唯一の魔法使い、水聖の魔導士ティアであった。その聞き役は姫アイレスとちゃんと聞いているかどうかは怪しいが二人の後ろで寝そべっている護衛竜ソニンであった。


「ティアさん、お気持ちはわかります。しかし、きっとおじ様にも考えがあってのことなのだと思います。それにワタルが未熟なのは事実ですから仕方ないですよ」

 ティアを泣き止ませるためにアイレスはそう言ったが、ティアは一層大きな声で泣き始めた。


「姫! 姫までワタル君を見捨てるなんてあんまりです!!」

「違います! 違いますよ、ティアさん! 決してワタルを見捨てたわけではありません」

 アイレスは周囲をキョロキョロ見渡してからティアに耳打ちする。


「それに私が国王になった時はワタルには戻ってきてもらうと約束しています」

 その言葉を聞いたティアは今度はしくしくと嬉し泣きした。


「姫……姫、私は信じていましたよ。姫は決してそんな薄情な人間じゃないと」

 ティアにも事前に話していたはずなのにとアイレスは思うが、酔っ払いに正論を述べても無駄なことはこれまでの経験でわかっていたので苦笑いで受け流した。


「ワタルを呼び戻す、実際それは可能なのでしょうか? アイレス様」

 そう問いかけながらアイレスとティアの向かいの席に五騎将のリーダー格、鋼鉄のゲルニカが腰かけた。


「ゲルニカ、それはどういう意味ですか? 私が国王になればワタルを兵に復帰させるくらいは何も問題ないはずです」

「そうだそうだ、何が問題なんだ」

 酔っぱらった取り巻きのティアの顔を見てゲルニカはしかめった面を一瞬舌がすぐにいないものと考えアイレスの方だけを見た。


「私も当初はそう思っていました。しかし、ワタルを城から追い出した日の国王の行いを聞いて考えが変わりました」

 ワタルを城から追い出した日の行い、すなわち竜たちに指示してワタルの家を壊したことだ。ワタルの帰る場所を、ワタルと共に造り上げた竜たちの手で破壊させる。その行為はあまりにも無情で野蛮なであった。その場に居合わせたアイレスが他の誰よりもその行為の酷さと、非道さを実感していた。


 その時のことを思い出しアイレスは手を強く握り占め、震わせた。そのことに気が付いたティアはその震える手を両手で優しく包み込んだ。アイレスの震えは止まった。


「アイレス様が国王になった時、カミゼーロ様は国王代理から相談役、すなわち国のナンバー2となります。間違いなくカミゼーロ様はワタルの復帰を反対するはずです。それを無視してアイレス様がワタルを復帰させれば、カミゼーロ様と対立することになります。……アイレス様はその覚悟はおありですか?」

 アイレスはゆっくりと目を閉じた。


 周囲は相も変わらずどんちゃん騒ぎをしているはずなのにその卓の付近だけは妙な静けさが広がっているように感じられた。

 目をゆっくりと開きアイレスは答えた。


「あります。例えおじ様と対立しようともワタルはこの国のために、いえ、この大陸に住む人たちのためにワタルは必要なのです」

「大陸?」

 酔っぱらったティアが呟く。


「大陸? それはどういう意味ですか?」

 ゲルニカも同様の疑問を抱いていた。アイレスはしまったと顔をして目を泳がせた。


「い、今のは聞かなかったことにしてください」

 慌てて誤魔化すアイレスの向かいの席すなわちゲルニカの隣にひとりの男が腰かけた。


「御三方、私にはこのような誰の耳にも届いてもおかしくない場にふさわしくない話をしてるように聞こえましたが、気のせいでしょうか?」

 五騎将のひとり、智将フレイドであった。


「おお、フレイド、これは失敬、其方の言う通りである」

「おいおい、なんだ楽しそうな話してるな。俺も混ぜろよ」

 そう言いながら側面の席に座ったのは五騎将残りのひとり問題児とされる山賊のキョウヤであった。


「なんだお前ら、さては最初から近くに控えて居ったな」

「自意識過剰は嫌われるぜ旦那」


「私が思うにそれはゲルニカ殿も似たようなことをしていたではあったのではありませんか?」

 ゲルニカはふんっと鼻で笑い

「さて、どうだか?」

 と、とぼけた。


「姫様よ、俺は姫様が王になった時あんなガキを戻すかなんかどうかよりもよ、本日の主役様をどうするかの方が興味あるんだが」

「本日の主役と言いますと……スカイさんのことですか?」


「そうそう、あの、なんかあっさり将軍の座まで上り詰めたいけ好かないあいつだよ。姫様が王になってもあいつは将軍のままなのかよ?」

 苛立ちを隠さぬままそう言い切るとキョウヤは持っていた瓶の中の酒をグビグビと一気に飲み干した。


「おい待て、キョウヤ。お前、まさかアイレス様が王になったらスカイから将軍の地位を剥奪しろと言っているのか? そんなことをしてみろ、アイレス様とカミゼーロ様の溝はさらに深まるぞ」

「おいおい旦那、本気で言ってるのか? 人間、溝なんてできたらその時点でおしまいよ、深さなんか気にする必要なんてないんだよ」


「それはいささか暴論だ。溝が浅い方が修復も可能というものだ」

「おっ、なんだ? 実体験か?」

 ニヤニヤするキョウヤとフレイドは決して目を合わさなかった。


「うーん、でも私もこの小悪党の気持ちはわかるよ。あっ、溝の方じゃなくて、スカイ……まあ、いっかスカイで。スカイを将軍から云々の方ね」

 ティアはキョウヤとは違い目上の、そして年上の人間に敬意を払わないような人間ではない。そんなティアがスカイを呼び捨てにするのは如何にいけ好いていないかの証拠でもあった。


「誰が小悪党だ、人聞きの悪い」

 元山賊であるキョウヤは給仕から新しい酒瓶を受け取りながら言う。


「貴殿が小悪党で済まされるのは前代の王すなわち、アイレス殿の父君の計らいがあってのことだろう。それがなければ貴殿は今頃よくて檻の中、悪ければその首と胴体は繋がってないだろう」

 キョウヤは鼻をふふんっと鳴らして嬉しそうに笑う。


「じゃ小悪党じゃなく大悪党って呼べ」

 キョウヤは酒瓶を大きく傾けて麦酒を喉へ流し込んだ。


「キョウヤさんが悪党ですか? お父様からキョウヤさんは義賊で根は良い奴と聞いていますが」

 得意げに悪ぶった顔をしていたキョウヤは口に含んでいた麦酒を盛大に吹き出し、ゲホッゲホッとむせた。


「ちょっ、汚っ!! 何してるのよ、根は良い小悪党」

「誰が根は良い小悪党だ!」


「そう照れるでない、小悪党の振りした義賊」

「照れてるわけじゃねえよ! あと、義賊って言うな、腹立たしい。話を戻そうぜ。それで、どうなんだよ姫様。あの野郎をクビとまでは言わないけどよ、将軍の座ぐらいからは降ろすべきだと俺は思うんだが、その辺はどうお考えで?」


「……そうですね」

 アイレスは目を伏せ考え込み始めた。そんなアイレスを見てゲルニカは慌てた。


「アイレス様、悩む必要などありませんよ。ワタルの復帰は必須ですがスカイを将軍から降ろす必要は別にありません。理由はよくわかりませんがスカイはカミゼーロ様のお気に入りです。そのスカイを降格させわざわざカミゼーロ様の機嫌を更に損ねる必要はありません」


「確かにカミゼーロ様の機嫌は損ねるだろうな。だがそれでもやる価値はある」

「どういうことだ?」

 ゲルニカは眉をしかめた。


「そうだな、そのことについて説明するには先に話しておくべきことがる。姫派筆頭の旦那の耳には入ってないだろうが、今、軍内でカミゼーロ様を代理ではなく正式な国王にしようとしている、いわゆるカミゼーロ派ができつつある」


「なんだと!」「嘘っ! 私も初耳なんですけど!」

 ゲルニカとティアが驚きの声を上げると同時に周囲の何人かがギクッとしていた。


「お主、このタイミングでその話をするとはどういうつもりだ?」

「フレイド、あなたも知ってたの?」

 フレイドはばつの悪そうな顔をしていた。


「知っていたと言えば知っていた。しかし、此奴の説明には悪意があり、誤解が生じる。その件については私から説明します。いいな、キョウヤ殿」

「へーへー、勝手にどうぞ」

 キョウヤはテーブルの上の鶏肉を手でつかみ口に運んだ。


「お主から始めておいてなんだその言い草は」

 フレイドも呆れながら鶏肉を箸でつまみ、一切れ口に入れゆっくりと噛んでから飲み込み、お酒を一口飲んだ。


「アイレス姫、ゲルニカ殿、ついでにティア殿」

「ついで言うな」

「ついでだろ」

 睨みあうティアとキョウヤを無視してフレイドは話を進める。


「まず真っ先に訂正したいことがあります。キョウヤ殿はまるで王国内にカミゼーロ様派閥、それと姫派閥があるように言いましたが、そんな派閥があるわけではありません……私が知る限りですが」

「それではキョウヤ様が言っているおじ様派とは一体何なのですか?」


「今、王国内にできた派閥、いえ団体、それは王国法の不変三項の一部を変えようとしている者たちの集まりです」

 ドラゴスール王国にも当然法律はある。およそ900年前にドラゴスール王国は誕生したと言われている。誕生と同時に王国法が作られ、現在に至るまで様々な変化を遂げてきた。しかし、最初から絶対に変更してはいけないとされている3つの法律がある。


一、王政を廃してはならない

二、王位は王の第一子が代々継ぐものとする

三、王となるものは竜の谷で儀式を行うことにより正式な王と認められるものとする

 以上の3つが不変三項である。


 二については王が子供を生むことなく亡くなった場合の王位継承者などの細かい捕捉分がある。

 また3についても儀式の内容についての捕捉文があるが、こちらについては公開されておらず、王都一部の人間だけが見ることができる文書に記されている。


「そいつらは不変の意味を理解していないのか?」

 ゲルニカが毒づいた。


「勿論わかっているはずです。しかし、不変である必要性がわからない、というのが彼らの考えです」

「おいおいまどろっこしいぜ、さっさと本題に入れよ」

 キョウヤのいちゃもんにフレイドは表情は変えなかったが、ふーっと鼻から大きく息を吐く動作は怒りを我慢しているように見えた。


「彼らが全てを変えたいわけではありません。彼らが変更を求めているのは不変三項の二つ目だけです。つまり……」

 そこまで言ってフレイドはアイレスの顔を見て言葉を詰まらせた。事情を察したアイレスが言葉を引き継いだ。


「つまりは、法を変え、私ではなくおじ様を正式な国王にしたい人たちがいるということですね」

「厳密に言えば違うのですが、姫様からすれば同じことなのでそう思っていただいて結構です」

「ちょっと、どういうことよ?」

 膨れっ面のティアが尋ねる。


「皆が皆カミゼーロ様を正式な国王にするためだけに改正を求めているわけではない。今後第一子が国王にふさわしくないものが現れた時を考えているもの、国王は男性がなるべきと考えているもの、王族の中から優秀な者が王になるべきと考えている者、第一子が継ぐのに反対はないが継ぐ年齢を16歳では若すぎると考える者。理由は異なるが皆不変法第二項の改正を求めているという点で一致し結託しているのだ」


「そうは言っても、その中心、呼びかけを始めた奴らはカミゼーロ様を王に、って奴らだ」

 キョウヤは愉快そうに笑い瓶の酒をグビグビと飲み干した。ほぼ同時に、ゲルニカがジョッキに注がれていた麦酒を一気に飲み干した、そして叩きつけるようにジョッキをテーブルに置き、次いで己の頭をテーブルに叩きつけた。


「申し訳ありませんアイレス様。こんな大変なことが国内で、軍内部で起きていたというのに全く気づけず……恥ずかしい限りです」


「気にすることないわ、ゲルニカ。それに、きっとその人たちはゲルニカには気づかれないよう細心の注意を払っていたはずなのですから」


「姫様の、ついでにキョウヤ殿の言う通りです。この案に最も反対すると予想され、そして姫様、カミゼーロ様に次ぐ権力を持つゲルニカ殿には実際に議題に上げる日まで知られないように慎重に事を運んでいました。しかし、彼らの企みもキョウヤ殿を仲間に引き入れようとしたことで失敗に終わったようです」

 フレイドは話し終えるとグラスに手を伸ばし味わうようにして葡萄酒を飲み干した。


「ちょいちょい、なに他人事みたいに言ってんのよ。フレイドもその、なんだっけ、その不変の法を変えようとしている集まり……なんか名前ないわけ?」

「彼らは不変法改正委員会と名乗って活動している」


「そうそう、そういうのよ」

「委員会ってなんだよ、だっせぇ名前」

 その場にいた誰もがキョウヤと同じことを思ったが決して表には出さなかった、酔っぱらっていたティア以外。


「うんうん、で、そのダサい名前委員会のことを知りながら姫にもゲルニカさんにも報告しなかったフレイド、あんたも同罪よね」

 目の座ったティアは赤くなった顔で微笑んだ。


「わかっている。覚悟の上だ。しかし……」

 フレイドは姿勢を正しアイレスの方に向き直した。


「姫様、ゲルニカ殿、決してお二人を裏切る気などはありませんでした。ただ、国をより良くするために法の改正は議論の余地があると判断したため報告いたしませんでした。本当に申し訳ありませんでした。どのような処分もお受けいたします」

 フレイドは深く頭を下げた。アイレスも姿勢を正しフレイドを見た。

 フレイドの目はどんな処分も受け入れる覚悟をしていた。


※1話が長かったため2つに分けました。そのため不自然に区切られ、読みにくいと感じる可能性がありますが、ご了承ください。


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